「ある入院準備」


 各国語に「郷に入っては郷に従え」の諺があるが、各々の事情によっては譲れない一線というものもあろう。日本では抵抗なく受入れられる事でも言葉、慣習、信条によっては意外な齟齬をきたし、紛糾することもあるのだ。

 甲状腺疾患を患っている、滞日年数も長いと思われるある女性からかなり昂奮した声でその電話は入った。この分野では権威といわれる医師の執刀を受けるため東京の病院に入院予定であるが、本人の大部屋希望に対し、病院側からは個室に、という指示があったという。外国人だからという理由からではなく、大部屋は経済的事情のある患者のため、という説明に彼女は自分にも経済的な理由があると主張し、納得しない。また、病院食は好みと合わず、他の持病もあるので家族が食事を持ち込むことを許可してほしい、その場合食事代は差し引いてほしい、という。それまでも複数の病院での入院経験があるが6人部屋でも問題を起こしたことはなく、自分は「静かなる外国人」である、という自信のほどを述べた。彼女は現在の主治医の実力を評価しているので転院の意思はないが、今回の要望は患者としての権利であるので受入れられなければ然るべき相談機関に持ち込まざるをえないと強い口調で結んだ。

 微妙な感情的問題に発展しかねない状況であったが、通訳相談員は慎重に言葉を選び、相談者の気持ちを尊重しながら次のように対応した。「次回、入院準備の話し合いの際、電話通訳をします。万が一、明らかに外国人として差別されている場合は医療現場での人種差別の相談窓口としてオンブズマンを紹介しておきます。しかしいつでも自分の希望が叶うわけではなく、例えば食事に関しても時に譲歩や妥協も必要かもしれませんね。お電話お待ちしています。」すると、相談員の冷静かつ丁寧な口調に、相当苛立っていた相談者の気持ちも平静を取り戻した模様だった。

 一週間後、うってかわって晴やかな声音で同じ患者から再電話があり、丁重な報告とお礼の言葉を受け取ることができた。病院側との話し合いで合意に達し、希望が受入れられたからである。院内でも意見が分かれ、多くの議論がなされたようであるが、外国人患者の受入れに関して病院側としても配慮を視野に入れた実例となった。規則や慣習を差別と解釈すると誰しも感情的になるが、そういう時こそ相談員に沈着冷静な態度が求められるのである。通訳相談員の仕事の奥の深さをあらためて感じたことであった。(センター東京 O) ◆◆◆

(AMDA国際医療情報センター NEWSLETTER NO.59より)


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