ケース紹介

imageimageimageimage  

電話相談=告知


 ある病院から、昨日入院した患者さんに治療について説明したいので電話で通訳をしてほしいとの依頼を受けた。医師の説明は「検査の結果ある程度の病名は予想しているけれど、まだ話せない。さらなる検査がすんでから話す。どちらにしても早急に治療が必要な特殊な病気なので、専門病院に行って治療してはどうか。ある病院に打診したところ、本人が了承するなら、受け入れて治療をしましょうと言われた。帰国して治療する道もあるが、純粋に身体のことだけを考えるなら、今すぐ帰国することは命に危険がある。転院して、少なくとも1〜2ヶ月治療を受けてから、希望するなら帰国することもできる。どうするか決めてほしい。」というものであった。まだ症状もそれほどひどいものではないらしい患者に、病名も言わず、医師の言葉通り訳して果たしてことの重大さが伝わるだろうかと、案じながら訳した。患者は「近くに兄弟が住んでおり、夕方には病院に来るので相談したい。少し考えさせてほしい」と答えた。

これを通訳したところ医師は、「ゆっくり考えてもらう時間はない。通訳の位置づけがはっきりしないので差し控えていたが、病名は多分*****の一種だと思う。病名は本人には未だ伝えないでほしい。この病院で対処療法をとっているだけなら、2〜3週間で死亡する可能性がある。かなり重篤な病気だが、ここ1週間で発病したようで、発見の時期としてはよかった。今まだ病状はそんなにひどくないが、2、3日後には悪化するだろう。帰国を希望しても帰り着くまでの命の保証はできない。」と強い口調で言った。病名を伏せたままとはいえ、かなり切迫した状況を伝えなければならないことは、私にとっては初めての経験で、精神的にかなり荷の重いものとなった。

それでも患者は終始落ちついた様子で、「それでは転院する。転院まではどのような治療をするのか。」と聞いてきた。電話を通してのやりとりであったため、本当はショックを受けていたのかもしれないが、患者の心中は私にはわからなかった。わが国には、病気に関する告知の是非やタイミングについてまだまだ議論すべき問題がある。日本での病名、病状、余命の長さといった告知はただ事実を口にすることによってのみ行われるのではなく、例えば患者は医師の、見交わす目であったり、故意についたとわかる嘘などから察することもあるらしい。このようなコミュニケーションの取り方は極めて日本的なものではないだろうか。しかしこのようなコミュニケーションの取り方や日本語に不慣れな外国人が告知を受ける場合、間に通訳が入ることもあって問題はさらに複雑になってくる。

私が担当している言葉の通じる医療機関は少なく、電話で通訳を依頼されることがままある。だからこそこのケースも気軽に引き受けたのだが、電話で突然見知らぬ人間から、治療しなければ余命はわずかかもしれないと告げられることの恐ろしさに思い至った時、改めて電話通訳の役割について考えさせられた。「薬を1週間分出す。薬は2種類で、白は毎食後、ピンクは寝る前。」といった普段よくする電話通訳と違い、このケースのような通訳を行う場合は、少なくとも医療機関とセンターの間にある程度の信頼関係を結んでおく必要があるのかもしれない。又、その他の電話通訳の利点や限界について、これからも考えて行きたいと思う。
(センター関西発)◆ ◆ ◆

(AMDA国際医療情報センター NEWSLETTER NO.24より)


AMDA国際医療情報センターのホームページ

NEWSLETTER NO.24

ケース紹介目次

image お問い合わせはamdack@nifty.comまでお願いいたします。