AMDA国際医療情報センター
ブログ カレンダー
« « 2018 9月 » »
26 27 28 29 30 31 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 1 2 3 4 5 6
プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

続きを読む
supporter
login

最新エントリー

以前は昼休みの時間帯に大腸内視鏡も行っていたが、医師会の仕事で昼休みなどないに等しい。大腸内視鏡は油断したり、時間がないとあわてると合併症を起こすことも多い検査だ。市立病院に勤務していた若い専門医がふたり相次いで開業したので僕はもう例外的に今までようすを見ていた人だけ、頼まれたら大腸内視鏡検査を行い、あとは若いばりばりのふたりに紹介させてもらっている。なのに・・・先月からやってきている横浜在住のフィリピン人女性、どうしてもここでやってほしい、通訳がいるからという。やはり英語で話しても母国語であるタガログ語で表現するのとはちがうのだろうなと思った。こういう感覚は日本人にはわからないのだろう。でせがまれてせがまれて、とうとう今日の昼休みに大腸内視鏡を行うはめになった。興奮したり、過度に痛がったりしてあばれると危険とも思ったが、思いのほか簡単にあっけなく終わってしまった。「どこに行っても検査してくれない」は大げさだとしても、ああだこうだと症状を言うとうるさい人と思われるのかもしれない。午後になってフィリピン人男性のアテロームの摘出術。アテロームの小さいものはふくろを破かずに摘出するのも比較的簡単だが・・彼のは背中の上部に直径6センチ以上に育ってしまったアテローム、だれがどう見ても摘出は大変だ。あのあたり、そもそも皮膚が厚く、おまけにあの大きさのアテロームを摘出したら大きなデッドスペースができてしまい、とてもじゃないが縫っただけでつぶすことは困難だ。切開して本体に近づくに従い、波動を感じる。案の定、一部は膿となっていた。中味を摘出してかきだしてからふくろを摘出、そして蒸留水とイソジンで何度も洗ってガーゼドレーンを挿入して荒く縫った。細かく縫えば行き場を失った細菌がまた膿になりかねない。だからあれほど「できるだけ早くやろうね」と勧めていたのに。こういう「ほおっておいても入院なんかしません」なんて病気だと決心がつかないのだろう。しかし「やりにくい」状態になってやらされる僕などたまったもんじゃない。なんで俺なんだと心でぼやきながらたっぷり40分かかってしまった。摘出手術中、ずっと彼の「ドク、ごめんなさい」を聞いていた。
  • 2011/9/13 16:56
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1628)
きのうの夕方から夜にかけての大和市医師会主催外国籍市民のための啓蒙活動、まあうまくいったかなと思う。やってきたのは中国人、フィリピン人、ペルー人、ラオス人、カンボジア人、みんななにか食べる物を持ってきてくれた。カンボジア人の方はお嬢さんとやまほどいろいろなものを作ってきてくれてありがたかった。最初に役所の人から大和市内の放射線量の測定場所、測定値についての説明、つぎに医師会の小児科の先生から市内の放射線量と健康被害についての話、みんな真剣に聞いていた。終わったところでかんたんに医療相談、医師会の外科、消化器科、整形外科、循環器内科、産婦人科、耳鼻科の各先生方が日曜の夕方の休みたい時間に来てくれた。隣接する横浜市瀬谷区で開業している僕の友人の歯科医の先生も駆けつけてくれた。その後は男性は食べ始め、女性陣は一階下の調理室でおばぁちゃま・・いえ、日本人のベテラン主婦4人の方に簡単にできる日本料理を習うということで降りて行った。あとで見にいったら、手際良く調理していた。教える方の目も生き生きしていて、体もぴしっとしていてクリニックに診察でやって来る時とはまったくちがう。やはり人間、なにか生きがいというか、そんなものがあればいいのかもしれない。調理できたものもみんなで試食、おいしかった。なにより調理を教えてくれた4人の方が楽しかったと言ってくださったことがうれしかった。こういう医師会の目に見える活動もいいじゃありませんか。会も終りになり、あと20分で片付けて会場を退去というころになってフィリピン人が大鍋いっぱいにゴノというフィリピンのお粥をつくって持ってきてくれた。フィリピン時間だからしょうがないといえばしょうがないが。もうおなかいっぱい。やむをえず、作ってくれた僕の知り合いのフィリピンレストランまで逆に運び、客と分け合って食べてきた。あんなにおいしいのに残念。
 会が始まる前、一階のロビーにいたら、先生という声、階段から降りてきたのはカンボジア人男性、彼が日本に難民として来たての25年前に胃潰瘍で僕が診ていた、そこからのつきあい。日本人の奥さんもいっしょだった。1月にはふたりでカンボジアに移住するとのこと、その前に会えてうれしかったと言ってくれた。たしかに日本はいま雇用が落ち込んでいる。カンボジアレストランを開いたものの、うまくいかずに閉店したこともある。10台で逃げざるをえなかった動乱の母国が落ち着いて帰国するわけだが、いま彼は48歳、彼が日本にいた25年間ぐらい、苦労に苦労を重ねて無駄ではないのだろうが、どうなんだろう? やはり政治と政治家の責任は重いと言わざるをえない。
  • 2011/9/12 9:14
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (2011)
9月になったらまた外国人患者の数が増えてきた。金曜は18人、土曜も18人。久しぶりにやってきた中年になりかけたフィリピン人女性、以前に甲状腺機能亢進症で診ていた人だ。僕の前に座った彼女の目を見たらまっ赤っか。よく、寝られないという。おまけに保険がなくなっている。どうして?と尋ねると、だんなとけんかした、保険が○×△・・・・なにを言っているのか理解不能。わかったことは「だんながパロパロしてぇ・・・」とこのあたりから興奮状態。パロパロとは花から花へ飛びまわる蝶のこと、要するにだんなが浮気したってことだ。ふーん、じゃだんなさんのかわりに謝るから・・と言い始めたらきっと顔をあげて「せんせい、パロパロないか?」と詰問された。どうして僕に矛先が向かってくるのか・・なにしろ全く寝られないというので眠剤を処方、飲みすぎないようにと注意しておいた。きょうはベトナム人の通訳がやってくるのでベトナム人患者が多い。待合室は日本語に英語にベトナム語にスペイン語、タガログ語の嵐。タガログ語の通訳担当の職員は診察終了後にあすの医師会の外国人向け医療啓蒙活動の中の日本の家庭料理教室の材料を買いに、おばちゃま先生と数人の外国人女性と楽しそうに出かけて行った。僕は夕方6時から新宿で外科の同級生の年に一回の集まりに行く。僕らは医学部の53回生なのだが、卒業したてのころ、酒癖が悪く暴れまわって先輩諸先生に「ごみのような連中」と呼ばれていた。その「ゴミ」と53回生をかけあわせて「ごみの会」という。数ヶ月前に、大学に残っていた一人が亡くなってしまった。はじめての物故者。残るみんなは元気でいてほしい。
  • 2011/9/11 9:10
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1550)
金曜日、いろいろとバラエティに富んだ人たちがやってきた。ペルー人の9歳の女の子、月曜に飼い猫に噛まれたとのこと。右足の親指の爪のわきを押すと膿が出てくる。かわいい黒い瞳に涙。51歳のフィリピン人女性、この3カ月生理がない、妊娠ではないかと心配してやってきた。ええっ妊娠?と思ったけど、どうしても検査してほしいというので検査、もちろん妊娠反応は陰性。恥ずかしいと言い残して帰っていった。会社の検診で胃のバリウム検査で胃炎と言われ、精査してほしいと来院。都内の大学病院に行ったところ、12月までいっぱいと言われたとのこと、本当に病気なら3カ月待っていたら病気によっては悪化してしまうだろう。検診結果を見ると別にがんを疑われているわけではないので緊急性はないと判断、2週間後に内視鏡を行うことにした。ペルー人の男性、右の大腿に紫色がかった病変がある。本人はがんかどうかを心配しているようだ。見たけど見ただけでは僕にはわからない。皮膚科の専門医に紹介すると言ったら、いま言ってきたという。どこに行ったのかと尋ねたら、携帯電話を取り出す。なんだろうと思ったら先に行ったその皮膚科の医療機関の玄関の写真があった。よく見ると内科の先生で皮膚科も診ていますという先生だった。こういうことは外国人にはわかるまい。もしかしたら日本人にもわからないかもしれない。日本では開業するときに○○科と標榜するには何の研修も不要だ。ただ保健所に届けるだけ。普通の感覚なら自分に自信のない科目など届け出ないのだが・・・届けてしまうとこうなってしまう。たとえば長年、外科の訓練を受け専門医でやってきた僕が開業するときに皮膚科や耳鼻科も届け出ると認められてしまう。これはやはり何か違和感を感じざるをえない。彼には「ほんとうの」皮膚科専門医を紹介した。午後になって片頭痛のフィリピン人女性、とうとう生活保護になっていた。日本人のだんなさんがひどい糖尿病なのに料理はまったくせず、いつも夜、スーパーで安くなった惣菜を買いまくっている。きょう尋ねたらだんなさんはけっきょく腎不全を併発して入院してしまったとのこと。こういう綱渡りの生活、いつまでするのだろう? 右腹部が痛いときのうやってきたベトナム人女性、中性脂肪値が400を超えている。このせいで右腹部が痛いというわけではないと思うのだが、本人がなぜか納得して帰ってしまった。一応、食事療法を指示した。そういえばタイ人の通訳に血液データーの説明を通訳してくれるときに僕が中性脂肪が多いというと「カイマンが多い」と訳していることに気がついた。カイマンとは脂肪という意味だ。医学的な中性脂肪というのとはちがう。このあたり、どのように適切に訳すのかを話し合わねばならない。たとえば「カイマン ユゥッユゥツ」と言うと「脂肪が多いよ」という意味になり、タイ人患者は自分の体の皮下脂肪をつまんで笑う。でも中性脂肪と皮下脂肪は全然ちがうものだ。英語ならともかく、他の「特殊」言語ではこういう訳のまちがいをされても違うと指摘できない。気をつけなければいけない。予防する方法はなにしろやさしい言葉で通訳担当者が誤訳しないような日本語を話してあげることだ。それにしても自分のタイ語能力もいつのまにかここまであがったかと感無量になる。夕方にやってきたフィリピン人女性、特定健診を受けた結果を持ってきた。はじめてこういう検査を受けたというので、特定健診は40歳から始まる検査だって教えてあげたら、知らなかったらしく、それじゃ年とったってことねとがっかりしていた。肝機能が悪い。よく聞くとフィリピンにいるお兄さんがB型肝炎だというのでウィルス性肝炎の検査を行った。そういえば内視鏡検査を予約していたペルー人男性、何の連絡もなく来なかった。日頃からいいかげんなところがあるので来ないかもとは思っていたけど、これで明日来て「してくれ」と言われても困る。胃がん検診で混雑して予約がとりにくいときにこういう事態はちょっとがっかり。
  • 2011/9/10 9:00
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1770)
きのうのAMDA国際医療情報センターへの相談に永住ビザの資格を持っている某アジアの国の妹さんが染色体異常による疾患で日本で治療したいと思うが、自分の社会保険に入ることは拒否された。何か保険に入れる方法がないかという一件があった。国は近隣アジアの国からの観光客を増やそうととくに中国人に対する個人旅行のビザの取得条件を大幅に緩和した。きっと「大富豪」を呼び寄せてのメディカルツーリズムを促進しようとしたのかもしれない。医療ビザも創設したし。そもそもこのメディカルツーリズムとやらは医療機関からの自然にわきあがる声に押されてではなく、こういうところにビジネスチャンスを見出そうとする企業からの声に押されたような気がする。その結果がこれらの相談に代表されるように「簡単にこれるようになった親兄弟、親戚の医療を日本で、なんとか自分の国保や社保に家族として入れてできないだろうか」ということになるのだろう。まず公的保険加入は無理だと思う。こういう方々まで入れてしまったらおいしいとこ取りのヒットエンドラン型の外国人患者が増え、公的保険制度はまちがいなく財政的に崩壊する。ビザの条件が緩和されたことが、こういう相談につながったことは否めない、皮肉なことだ。
 きのうは僕のクリニックの外国人患者ベスト10まで書いたので、きょうは11位から20位までを書き出してみる。開業以来の外国人新患7636人中11位からドミニカ人180人、ラオス人156人、韓国136人、パキスタン人133人、インド人117人、カナダ人50人、オーストラリア人42人、台湾人40人、イギリス人39人、延べ外国人患者数では11位から中国人1155人、ラオス人1143人、スリランカ人816人、インド人638人、パキスタン人486人、イギリス人340人、パラグァイ人297人、台湾人247人、オーストラリア人206人、カナダ人197人。番外だけどアフリカの人たちは・・・新患でナイジェリア人30人、ガーナ人27人、タンザニア人7人、エチオピア人4人、ジンバブエ人3人、カメルーン人、南アフリカ人2人、リベリア人、チャド人、ケニア人1人、延べ患者数ではガーナ人128人、ナイジェリア人92人、タンザニア人13人、エチオピア人9人、南アフリカ人8人、ジンバブエ人、カメルーン人3人、リベリア人、チャド人1人となっている。
  • 2011/9/9 9:08
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1518)
8月の来院外国人患者のデーターをまとめた。開業以来、毎日つけている記録を毎月まとめている。もちろん開業以来のデーターもつけている。時代は変わるというけど来院する外国人の国籍なども時代を反映して変わっていく。平成2年1月に開業したころは以前、僕が大和市立病院の外科に勤務したいたころ、インドシナ難民大和定住促進センターの無給の嘱託医を兼任していたこともあり、カンボジア人が多かった。カンボジア人の通訳が勤務していたせいもあるだろう。ラオス人はさほど多くなかった。同じインドシナ難民でもベトナム人は東京・大井町の定住施設に入るので僕は縁がなかったが、当時のカンボジア人の通訳がベトナム語も話したので、大和の南、藤沢市、横浜市に居住しているベトナム人を中心にやってくる人が増えてきた。つぎに多くなったのはフィリピン人、こちらは日本人と結婚している地域の人が多かった。バブルの時代になって一時、イラン人など中近東の人たちが増えたが、バブルの崩壊でとくにイラン人はまったく来院しなくなった。つぎに多くなったのはタイ人、これはクリニックでタイ語が対応可能となったのと僕自身、少しずつタイ語で対応できはじめたことが大きいと思う。つぎにやってきたのは日系南米人の波だ。あるとき、役所だったか市立病院だったか、スペイン語しかできない人を診てほしいと言われ、学生のころ聞きかじったスペイン語の知識しかなかったが受け入れた。直後から水道の栓をひねったように日系人とその家族が増えた。リーマン・ショックで景気が冷え込む中、出稼ぎの人たちの中には故国に帰る人たちが増えたようだ。最近は日系人の新患やタイ人の新患は減り、フィリピン人など日本人と結婚して定住している人たちがまた多くなりつつある。景気が悪くなっても故国に帰らない人たちだ。というわけで開業以来の総計は下記のとおり。新規患者数7627人、日本の公的保険を持っていた人4211人、持っていなかった人3416人、多い順にペルー人1436人、タイ人1374人、フィリピン人1348人、ベトナム人625人、カンボジア人418人、ブラジル人346人、アルゼンチン人246人、アメリカ人236人、中国人210人、スリランカ人181人、67か国中これがベスト10。総数でみるとペルー人11676人、フィリピン人7356人、ベトナム人5737人、カンボジア人5303人、タイ人5104人、アルゼンチン人2677人、ブラジル人2246人、韓国人1651人、ドミニカ人1650人、アメリカ人1256人、これがベスト10。
  • 2011/9/8 8:56
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1681)
きのうの午前中はラオス人デー、午後はペルー人デー、そして夕方はまたラオス人デーだった。数日前に書いたB型肝炎キャリアーの女性、幸いなことにHBe抗原は陰性だった。午後になって「だんなさん」とこども3人を連れて現れた。「だんなさん」はやはり「なんちゃってだんなさん」で法律上の「だんなさん」ではなかった。この「だんなさん」とか「おねえさん」なんて言葉には気をつけなければいけない。「お姉さん」を連発するので日本語の姉妹だろうと思い込むと、そうではなくて「年上の女性」を表す「おねえさん」であることがよくある。タイでは親しい人を呼ぶときに年上なら「年上」を表すピーという単語を名前の前につけて呼ぶ習慣がある。これを単純に日本語に訳すと「お姉さん」になるというわけだ。こういう呼び方は中国から韓国に至るまでほぼ同じであると聞いたことがある。ここに日本の医療機関が誤解する素地がある。「お姉さんです」などと言われて「では保証人に」などと思っていると、次にやってきたときに「私にお姉さんはいません」などと言われることがあるのだ。だから、入院など保証人が必要な場合、だんなさん、お姉さん、おにいさんなどと紹介されても実は本当の法律上の関係はどうなのか、確かめておかねばならない。僕は必ず、本当の姉妹?などと確認するようにしている。また話は脱線したが、こどもたちの採血が終わったところで、彼女が「せんせい、わたし、こどもに検査せつめいできない。どして検査した、説明して、すみません」という。子供たちのほうがもう少し日本語がわかるのでゆっくりと説明、こどもたちによくわかるように説明するのはけっこう大変だとつくづく感じた。夕方になって小児科は子宮頸がん予防ワクチンサーバリックスを打つラオス人の女の子数人が母親たちに連れられてやってきた。インドシナ難民となってやってきたラオス人はすでに中年となっており、こどもたちは日本生まれだ。少し色が浅黒いが日本語はもう母国語、ちょうと第二次反抗期でもあり、高校の制服のまま待合室で母親にブーたれている。流行病のようなものだが、ほほえましい親子の姿だ。
  • 2011/9/7 9:00
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1721)
火曜日にタイ語の通訳が来てくれるので、きょうはタイ人、ラオス人が多い。特定健診の予約を奥さんが取っていったラオス人男性、用紙を見たら社会保険の特定健診。特定健診の場合は保険者である保険組合によりどこで行っていいのかがちがう。彼が持ってきた特定健診は検診を受ける医療機関が決められていて僕のところは入っていない。残念だができなかった。そのすぐ後でやってきたラオス人は大和市国保なので僕のところで検診が受けられる。お互いに待合室で話し合ったとみえて、最初の人には「どうしてここでできないのか?」あとの人には「先の人はどうしてここでできないのか?」と尋ねられた。通訳が入っても説明しにくい。日本人でさえわからないのに、彼らがわかっているわけない。もっと単純な制度にできないものだろうか。とくにきょうの午前の特定健診を受ける人が8人、それに胃の内視鏡が4人、疲れた。そういえばきょうのラオス人、みな約束の時間にぴったり来てくれた。感心感心。あまりあることではないので思いっきり褒めてあげた。
  • 2011/9/6 15:15
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1666)
昼休みにある組織の方が面会にやってきた。面会にやってきた本題とは別に415 件の医療機関や健診機関に行った外国人受け入れについてのアンケート結果を見せてくださった。
外国人の受け入れ体制を整えていますかという質問に対しては75%が整えていないと回答、整えているは10%ぐらい、準備中も10%ぐらいだった。外国人の受け入れを進めますかという問いには「受け入れない」が48%、「受け入れを進める」は10%程度、残りは検討中であった。外国人の受け入れを進める場合の対応方法については75%が未回答、内部で行うとの回答が4.4%、外部の組織に委託すると答えたのは3.4%だった。言語の通訳コールセンターかあった場合、利用するかという問いには「利用しない」が32.7%、「利用する」は4.8%にすぎなかった。多言語通訳コールセンターがあった場合、いくらなら利用するかという問いには回答が別れたが、無料が3件でもっとも多かった。いずれにしても外国人医療に背を向けている医療機関の姿が浮き彫りになっていると言えよう。外国人だから拒否するというのは正当な拒否理由にはならないどころか、人種差別にあたるあるいは基本的人権に反する可能性がある。たぶん外国人患者というものはややこしい、時間のかかる面倒な患者だと多くの医療機関が認識しているということだろう。だからこそ多言語通訳コールセンターがあっても利用しないという回答、利用する場合でも無料という回答が多いのだろう。すなわち「外国人というやっかいな患者を受け入れるのだから」→「みんなが無料で手伝ってくれるのがある意味当たり前だ」という発想だ。いまの公的保険制度の下、診療報酬が上がらずに人件費だけ上がって痛めつけられている医療機関としてはこう言わざるをえないのかもしれない。ここまでは僕の想像通りの結果だった。医療通訳の充実は医療通訳の生活保障がいかになされるのか、すなわち医療通訳が医療通訳という仕事で食べていけるかにかかっていると僕は思っている。決して無料ベースのボランティアベースで長く続けられるものではない。こういう医療機関の考えではもうすこし、いろいろな努力が必要なようだ。
  • 2011/9/5 16:55
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (2628)
3日土曜の終りにフィリピン人の一族がやってきた。奥さんはものすごい肥満、高血圧に高脂血症、だんなさんも右にならえ。だんなさんも終わったころで下にカルテがもう一枚、おおっ、甲状腺機能亢進症の25歳の女性、親子ではなく、姪だそうだ。カルテの上に発熱、咳と書いたメモが付いている。きょうはこういう症状で来たという意味なのだか゛。彼女、甲状腺機能亢進症での初診は2009年12月17日、脈も速く、眼球も突出していて見ただけで診断がついた。血液検査の結果を待たずにメルカゾールを大量処方、1ヶ月半かけて減量していき、甲状腺ホルモン、甲状腺刺激ホルモンも正常範囲内に戻り、メルカゾール5ミリを朝夕食後に1錠ずつでコントロールしはじめた。彼女には来るたびにメルカゾールを突然中止するとショックになりかねないから絶対にだめ、ひとつ多く飲んでみようかなあなんてのもだめ、なにしろ僕の言うとおりに内服するようにと話しておいたのに・・・
2010年の2月27日を最後にぷつっと来なくなり・・次にやってきたのが2011年2月21日。再び動悸など甲状腺機能亢進症の症状あり、苦しくてやってきたのだ。初回同様にメルカゾールのコントロールを開始し、4月になってようやく落ち着いたと思ったら4月30日に3週間処方して次にやってきたのが7月4日、2週間前にメルカゾールがなくなったというので、それまでも飲んだり飲まなかったり、いいかげんに内服していたはず。毎度のことだが、どうして来ないかと尋ねたら「仕事が忙しい」と。僕のところまで来るのが遠かったら、あるいは仕事の時間に合わなかったら他の医療機関でもいいから行きなさい、紹介状を書くからと言っても、ちゃんと来ますというのでまたメルカゾールを処方したら・・・次にやってきたのが9月3日。また本人がすまなそうな顔をして「ごめんなさい」というので、僕は怒っているのではなくて、あなたの体を心配しているだけなんだと話した。こういういい加減な通院、いいかげんな服薬管理はフィリビンではよくあるそうで、タイの親友も「タイでもそうだ」と言う。わかっているのはどうも僕が嫌いだから来ないというのではないらしい。こういうケース、よくあることだ。これを読んでくださっている医師、看護師の方がいらっしゃったら覚えておいてほしい。彼らがいいかげんに通院してくるのは決してあなた方が嫌いなわけじゃない、ただ自分の国でしているとおりのことをしているだけなのだ。それが証拠に困ったらまたやってくる。だから怒ってはいけない。怒って言うことを聞いてくれるなら僕なんかいつでも怒る。常に口をすっぱくして説得すること。言うべきことを言っても聞いてくれなければ、しょうがない。結果は患者である彼らが責任とらざるをえないのだから。あまり気持ちを入れすぎるとむなさしを感じてしまう。
  • 2011/9/4 9:00
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1813)