AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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この数日、大和市はじめ近隣の市町村の役所から僕のクリニックを受診している生活保護の患者について、来月の医療についても医療券を発行するすなわち無料の医療を認めますという書類が送られてくる。以前はうすっぺらだった封筒もこの数年、経済の悪化に伴い、分厚くなっている。僕のクリニックの患者の中で生活保護受給者は40人以上いる。驚くべき数字だと思う。この人たちは税金を納める経済的能力がないばかりか、医療費、公立学校の授業料、電気代、ガス代、水道代も無料のはずだ。この中で外国人が占める割合は8割ぐらいか。きょう手元に届いた近隣のF市のものは4人中4人とも外国人だった。見ると日系南米人、インドシナ難民出身者、いずれもなにかの資格を持っている人たちではない。いわゆる単純労働者だ。景気が悪くなるといち早く首を切られてしまう。こういう現実を見ているとインドシナ難民出身の人たちからこどもの教育の相談をされるとやはり上の学校にできるだけ行くようにと話してしまう。やはり学歴、技術と言葉のハンデキャップを抱えるとつらい。日本人の中にもどうして生活保護?という人たちがいて、これも困ったことだ。どう見てもアルバイトぐらいできます、もしかしたらちゃんと働けますという健康状態や体の状態なのに働いている様子がない。マージャンをしていたとか遠い故郷に飛行機で行って来たとかそんな話を患者自身の口からぽろっと出ると、こちらは複雑な気持ちになってしまう。悲しいことだ。どこまでセーフティネットをかけるのかも問題だろうが、行きすぎたセーフティネットも場合によっては人間をだめにするような気がしてならない。
  • 2012/4/21 9:00
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いたっ。午前の診療も終わるかというころ、タイ人男性来院。けっこう遠方から来てる。食欲ない、頭痛がするというのでまずは口をあけてもらったらカビが生えている。カンジダだろう。ときたら次はエイズの検査だが、本人に何を疑って検査をするのかを話して採血、即日検査はあっというまに陽性になった。15分経過してから本人に説明、きちんと薬を飲めばすぐにどうかなるということではないと話すと顔が少しほころんだ。来週には拠点病院に紹介することになるだろう。タイ人通訳がやってくる時間帯に再診するよう話し、口腔内カンジダ症用に液体の薬を処方し、きょうは終えた。今度やってきたときにはセックスパートナーのことなど聞かなければならない。必ずやってくるようにタイ語で説明し、携帯番号も聞こうとしたら、「壊れていて、他人の携帯を借りているから番号がわからない」とのこと。連絡がとれなくなってしまう事態だけは本人のためにも絶対に避けたいのに・・
  • 2012/4/20 13:40
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久々に自分のことを書こう。あと2カ月で63歳。信じられない。この「俺」がいつ62歳になってしまっていたのだろう? きのうは朝9時に自由が丘で人に会い、10時50分に事実上の台湾代表部である白銀台の台北駐日経済文化代表処に行き、12時半に外国人の医療費関係の問題で新宿で人に会い、続けて同じ新宿で13時に日本医師会関係の人に会い、午後4時から駒込の日本医師会館でPTT反対の総決起集会に参加し、午後6時から品川駅前のホテルで某大使館関係の人を交えてプライベートな食事をした。帰宅後、ベッドに入ったと思ったら朝。あっというまに寝てしまったらしい。昨晩はやはり疲労感をかすかに感じていた。医師には定年がない。だからいつまでも働けると前向きにとらえることもできるが、逆に引退の時期を失い、仕事場から墓場へ直行することもある。これでは仕事いちずの一生ということになる。定年後に船で世界一周をしてきましたなどという話を聞くとうらやましくなる。僕自身、そういう「余裕のない」一生は送りたくない。体が言うことを聞いてくれるうちに「余生」を送っておきたい。いつになったらきっぱり引退すべきか考えておかなくては。
  • 2012/4/19 15:47
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午前の終り、土曜にA型インフルエンザでタミフルを処方したフィリピン人男性がやってきた。僕の部屋に入ってきても呆然としている。よくよく聞くと「薬がなくなってしまった」ということらしい。日本人でもときどきあるが、「机の上に置いてたのに、なくなってしまった」とのことだ。だから薬が欲しいということなのだが、ここでひっかかるのはタミフルだけだろう。去たん剤や咳止めなどは10日分までは処方してもレセプト審査で査定されることはないが、タミフルは5日分までしか処方できない。5日を超えて処方するとまちがいなく査定される。このように薬をなくしてしまったという場合、新たに処方箋を書いて「紛失のため」と書きくわえておけば一般的には査定されない可能性が高い。ただ彼の場合、土曜にやってきて日曜の夜には既に平熱だったというので、今回は追加処方しなくてもいいだろうと判断し、そのように説得した。それにしてもまあいろいろなことが起こるものだ。例年、きちんとがん検診を受けるペルー人の夫婦がきょうやってきた。奥さんは胃がん、大腸がん、肺がん、乳がんのフルコース、ご主人も胃がん、大腸がん、肺がんのフルコース、予約を取って帰って行った。
  • 2012/4/17 16:10
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休み明けの月曜、案の定、忙しかった。その午前の終りにペルー人の母親とブラジル人の父親があかちゃんを連れて現れた。生後3か月の娘さんにピアスをあけてほしいとのことだ。あかちゃんのピアス、めったに頼まれないが1年に何人かはいる。これってやっかい。あかちゃんは必死で首を振るし、お母さんはわが子のそのさまを見て泣く。まるでこちらは極悪人みたい。住所を見たらクリニックからけっこう遠いところから来ている。南米ではほんとのあかちゃんの時からピアスをあけることが稀ではない。だからたぶん僕が断ってしまったら彼らは困り果てるにちがいないと考え、引き受けることにした。お母さんに泣かれてはやりにくいので、両親とも部屋の外に出て行ってもらったが、気がつくと入り口にぴったり寄り添っている。おまけに穴をあけてほしいところに印をしててもらったのだが、耳の後ろから入れてくれと言うのでさらにやりにくい。けっきょく左側は最初の穴の位置より下方がいいというので入れ替えた。終わってほっとした。あかちゃんもご苦労様。
  • 2012/4/16 13:12
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午後からカンボジア人患者の娘さんの結婚式に行ってきた。親しいカンボジア人達も招待されていて、久しぶりに会う顔もたくさんあって、皆覚えていてくれた。言葉が不自由なのに、一生懸命生きていた。日本のこの社会でがんばって根を生やしていた。彼女の両親たちがどうしてカンボジアを逃げ出し、日本にやってきたのか、理解できる日本人はもはや少ないだろう。結婚式の後に親族紹介があるというので別の場所で待とうとしたら、母親が僕の手をひっぱって部屋に連れて行ってくれた。次女が言うには僕は家族のようなものだそうだ。こういう気持ちに心から感謝したい。わずか1200人前後のインドシナ難民として日本にやってきた彼らカンボジア人も僕からみたら家族のようなものだ。皆、何もわからぬ日本で手をつなぎ、肩を抱きあって暮らしてきた。花嫁にもそして彼らカンボジア人にも幸あれと祈って帰ってきた。
  • 2012/4/15 22:00
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土曜日だけど雨・・・なのにフィリピン、ベトナム、カンボジア、ペルーの人たちがやってきた。カンボジア人女性、72歳、ずいぶん前から右の上腹部が痛いというので、エコーで胆嚢検査、こちらは異常なく、思い切って上部消化管の内視鏡検査を行ってみたら・・前庭部に半周ぐらいの大きなしかも深い胃潰瘍。辺縁がきれいだし、小さな胃潰瘍がすぐわきにひとつあったので、がんということはないと思うが、念のために生検を採っておいた。それにしてもどうしてこんなに大きな潰瘍ができたのかと、よくよく尋ねたら「五十肩で整形外科で痛みどめを飲んでいたとのこと。これでよくわかった。鎮痛剤の副作用にちがいない。
やはり言葉が不自由だとうまく表現できないのだろう。
  • 2012/4/14 12:00
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 きのうは「久しぶり」の日だった。その1、「ひさしぶり」に偏頭痛発作をおこした。朝10時ごろ、うっ、焦点が合いにくいなと少し視野が狭くなったように感覚、光がまぶしくなり、この時点でイミグラン点鼻薬を使いながら、診療を続けていたが、15分程度のこれらの前兆(オーラ)の症状は消失し、いやな頭痛が始まった。60歳を過ぎたころから20台のときのような激しい痛みは来なくなったが、きのうは患者と話す元気もないぐらい、「ひさしぶり」につらかった。僕が偏頭痛という持病を持っているせいか、クリニックには同じ片頭痛の患者が多い。たぶん20人近くはいらっしゃるだろう、外国人も入れて。昼休み、診療が終わってすぐにベッドで寝た。昔、今で言う特効薬とも言うべきトリプタン製剤がまだなかったころ、痛みに耐えられず、唸りながらふとんをかぶって寝ておきたら治っていた。きのうも早く眠りに入りますようにと祈って横になった。偏頭痛発作が終わるとただの人なのに。
 もうひとつの「ひさしぶり」は・・・記憶がないぐらいぐらいだが、僕の診察室にひとりも外国人が来なかった。本当に記憶がない。1年か1年半前か・・朝、小児科受診の患者リストを見たら、6カ国8人の受診があったようだ。たまたま私のほうは0というだけだった。
  • 2012/4/13 16:47
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AMDA国際医療情報センターの日誌に「千葉県内の○○病院から重症のタイ人がいるので、病状を配偶者であるタイ人に説明したいのでタイ語の通訳を派遣してほしい」という依頼があったと書かれていた。こういう依頼は少なくはない。たしかに日本語で説明できない、英語も通じないとなるとこのような依頼になるのだろう。ただ無料のボランティアを派遣してほしいというのもむずかしいだろう。無料のボランテイアというのは当然だが、ほかに生活のために仕事を持っている可能性が高いし、なにより生きていくために優先しなければならないことがあるはずだ。どうしても「派遣」がむずかしい場合はないものねだりをせずに無料の電話通訳を利用してほしい。実はAMDA国際医療情報センターにしても予算をたててぎりぎりのところでやっている。NPO法人は株式会社ではないので利益を出す必要はないから、本当にぎりぎりで「経営」してもいいのだ。それで全国の外国人、全国の医療機関、医療従事者のなんとか助けになるようにと運営しているわけだ。NPO法人はどこでもそうだが、健全経営のためにスポンサーを探したり、利益を出すのは極めてむずかしい。こういう相談がある現実を行政や日本医師会はどう考えているのだろう? 
  • 2012/4/12 9:00
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 ちょっとがっかりしたというか、やっぱりかという話。きのう神奈川県内のエイズ拠点病院のA病院とB病院をタイ語で対応する患者2人がそれぞれ受診するはずだった。AMDA国際医療情報センターが受けている神奈川県からの委託事業により、それぞれのケースについて別々に2人、通訳を同行派遣した。午前○○時という約束で通訳と医師が診察時間に待っていたが、とうとう2人とも現れなかったそうだ。さもありなんとは思っていたが・・・・こういうふうに「すっぽかす」ことになるとマニュアル通りにエイズの治療薬を服用することができない。ということはエイズそのものの治療が進まない、きちんと内服すればウィルスが消えてしまう人も出始めているという今のこの時代にむざむざかけがえのない命を落とすことにつながりかねない。公的補助を受けている医療費だってばかにならない。ふくれあがるだろう。さらにこういういい加減な内服法は現在あるエイズ治療薬に対する抵抗力を持ったエイズウィルスの耐性株の出現にもつながりかねない。そうなってしまうとこれはもうこの二人の患者の問題ではなく、世界中のエイズ治療の問題、すなわち世界中のエイズ患者・感染者の問題になってしまう。だからといって首に縄をつけて病院に連れて行くことは人権上できないということだから、人権とはなんとやっかいなものだろう。
 この二人の例からもうひとつ言えることは通訳派遣にまつわる危険性だ。よくいろいろな医療機関から通訳を派遣してくれないかという相談がある。入院しているうちはいいが、退院して外来通院となると、このように空振りに終わったり、別の日に来てほしいとか別の時間にしてほしいとか、けっきょく通訳が出かけて行っても患者に会えずに帰って来るケースが出てくるということだ。だから通訳はどこか一か所で待機している電話通訳という手段がもっとも効率的であろうと思う。それを生業としてそのお金をたとえ患者に会えずに「待機」で終わっても医療機関が支払うと言うならそれはそれでもいいが、そうではなく、全くのボランタリーまたはボランタリーに近い金額で来てもらいたい医師も医療機関もそのあたりのことをよく理解してもらいたい。
  • 2012/4/11 9:00
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