AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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バンコックに着いたらすごいスコール、経済発展で新車が多くなったのにきのうはコンドミニアムまで古いタクシーに乗った。途中で右の肩に冷たさを感じてみたら水滴が落ちてくる。よく見たらタクシーの内側が雨に濡れていた。ドル安の関係で円とバーツの関係も若干円高に振れており、1万円を市内の両替所で交換したら1万円が3800バーツを超えていた。
 昼からバンコックの病院に行き、夕方に友達と会う。それまでの時間、バンコックにいる時間のある間にいつもは書けないことを書いておこうと思う。
 僕の自分史だ。外国人医療への取り組みから僕のことを人権の闘士と思い込んでいる人たちがいる。過大な評価は困る。本当は適当が大好きといういいかげんな奴です。ここまでは前置き。

 僕が生まれた北海道の夕張郡栗山町というのは財政破たんで一躍有名になった夕張市の隣町で、夕張市は山の中だが、栗山町は石狩平野の終わるところにある。町の東には夕張山脈、西は石狩川第一の支流夕張川が流れ、途中雨煙別川などが合流し日本海に続いていく。
 国鉄室蘭線とジーゼルカーで運転されていた夕張鉄道が交わるところで、夕鉄に乗ると野幌操車場までジーゼルカー、そこからバスに乗り換え、札幌大通り公園まで1時間ちょっとだった気がする。僕の思い出がすべて詰まった文字通り僕の心のふるさとだ。産業といえば祖父が経営する酒造会社にコンクリートをつくる会社、保険代理店などを務める会社など・・要するに祖父の息のかかった会社ばっかりというわけだ。保育園や小学校の低学年のころに友達の家に行くと僕を迎えてとまどったという表情をする家と明らかに来てもらって迷惑という態度の家があった。きっと厳しい経営もしていたことだろう、祖父を恨む人もいたにちがいない。その町を牛耳っているドンの孫がやってきたのだから複雑な気持ちであったにちがいない。言葉には出されなくても歓迎されていないことはすぐに子ども心にもわかる。家の中の貧しさもわかる。自分とちがう人たちがいるのだなと強く思った。僕の父方の一族は明治の終わりに新潟県の刈羽郡西山村や長岡、柏崎、出雲崎にちらばっていた一族がリーダーである祖父に率いられて集団で北海道に渡ってきた。おかげで僕も小さいころからよく新潟の親戚を訪ねる旅に連れて行かれた。長岡の薬局に嫁いだ祖父の怖い姉の家や新保というところに行った記憶がある。この一族は大きく小林と田中という2つのグループから成り立っていてもともとは親戚らしいのだが、北海道に渡ったのちに同族の中での結婚が何組もあり、誰に聞いて一族の系譜を書いてもわからないところが山ほどある。僕は実は田中の系統なのだが、祖父が小林の側に養子に行ったため小林姓なのである。祖父は英雄色を好むを地で行くような人で妾がいっときは7人もいたという。携帯電話もない時代だったからできたのだろう。本妻もいれたら8人の女性に生まれた子供は妾に生まれた僕の父だけだった。最後の妾である山川という女性に自分に女の子が生まれたがすぐに死んでしまったと本人の口から聴いたことがある。たぶん僕が19歳のころだと思うが真偽のほどはわからない。父の本当の母親という人に会ったことが一回だけある。大学生になりたてのころ、ある理由で探して会わざるを得なくなり、日高の鵡川という町まで父と行った。もとは芸者をしていたその人は祖父のことをある人から「内地からときどきやってくる商人だと紹介された」と言っていた。一度は生後すぐに本妻に引き渡した息子を取り戻そうと栗山の家に行き、首尾よく赤ちゃんの父を連れ出したが気がついた家の使用人に駅で取り押さえられ、箒でさんざんたたかれたらしい。僕から見たら実の祖母になるわけだがその人の妹の孫、すなわち僕のはとこにあたる女性は札幌出身のちょっとは売れていた歌手だった。本人と話したことはないがお母様と話したことは何回かある。父もそのとき実の母であるその女性と違和感なく話していて、話の内容も僕の知らない人や知らないことばかりで父と実母の間に比較的密な連絡があるのだなと初めて知った。父は生後数日で祖父の本妻に引き取られた。ところが世間体が悪いと思ったのだろう、祖父は自分の戸籍には入れずに兄弟の戸籍に入れてくれるように頼みこみ、新潟で小学校の校長をしていた義理の弟には断られたものの、新保というところにいた兄の戸籍に入れて、そこから養子を迎えた形で自分の戸籍に入れた。一族が集まって酒造会社を経営し、町をしきっていたところに後継ぎの有力候補として突然出現した妾のこどもに親戚の目がやさしいわけがない。父は複雑な人間関係をバックにしだいに曲った人間になっていったという。
  • 2011/8/12 16:33
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いまは成田空港、久しぶりに外国人医療と関係のないことを書きたくなった。暑いときにこれからバンコック、先方では親友のワンチャイ先生はじめ看護師さんたちがいつも暖かく迎えてくれる。いま気がついたが出かける前にあまりにも忙しかったせいか、ワンチャイ先生には一昨日電話しておいたものの、看護師さんたちには電話もメールもしていなかった。連絡すると看護師さん10人ぐらいといつごはんを食べるという話になり、段々僕の自由時間がなくなっていく。ひとり、カラオケ好きの看護師がいていつも誘われる。私たち、日本語の歌うたうから先生、タイの歌、歌うのよってできるわけない。タイの歌についてはものすごく詳しいが、日本でいう陰と陽の音階がまじりあって、いい気持ちで歌っていると突然階段の板がはずれたように歌を踏み外す。およそ西洋音楽に慣れ親しんだ人には歌えない。旅はいつも飛行機もホテルも自分で手配する。昔々、小学校の三年のときに夏休み、冬休みは祖父と祖母のいる北海道の田舎の家に帰るという約束で東京に出てきた。正確に言うと出てこざるをえなかった。小学生のときは飛行機で往復したり、親戚の目上の人に連れられて青函連絡船を乗り継いで列車で往復した。21時間近くかかった。中学生になってからは自分の乗る列車を時刻表で選び、朝の7時に駅にならび、特急券を買った。ボストンバッグを抱えて一人で往復していた。そのころから旅好きだ。暇があると時刻表を買って読んだ。高校生のときにはワンダーフォーゲル部に入り、山を歩き、あっち行く旅もこっち行く旅も自分たちで旅程を立てた。今の飛行機好きも旅好きも小学生のころから始まっていたのかもしれな。いま62歳、いつまで元気に旅することができるだろう? ときどき日本人の高齢の患者に言われる。先生、いいわねえ、またバンコック? 一度連れて行ってよ。先生と行けば安心だしさ、あともう一回死ぬまでに旅行したいわ。僕と行くと高いよ、チケット高いときしか休み取れないからというと、いいのよ、すこし高くたってさ、もう旅行者のツアーには入れないし、お金残したってしょうがないもん。というわけでいま、真剣に考えている。
  • 2011/8/11 8:59
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あああ、忙しい。夏季休暇の前のためか、ほんとに忙しい。いつも昼近くにやってきて待っているうちに時間がないとそわそわしだすフィリピン人男性、きょうは朝早くやってきた。彼は相鉄線相模大塚の駅近くでフィリピン料理のレストランを経営している。最近こないねードク と言うので嫌いになって行かないと勘違いされてはいけないので、土曜の夜はいつも世田谷の母の家に管理に行くので行けないけどごめんねと話しておいた。最近、やせたよという彼、おなかを触ってもちっともやせたとは思えない。何かのまちがいではないだろうか。きのう、小児科は南アジアデイだった。インド人にパキスタン人の兄弟、英語を話す人たちが来るとやはりほっとする。今度の9月11日の大和市医師会主催の在住外国人の健康の集いというか健康フェスタというか・・・外国人の人たちの希望で日本料理も教えてほしいということになった。講師は・・・というと僕の日本人の患者の中に学校の調理にずっと勤務していたという高齢の方がいる。以前にこの方が今回の会場として予約した同じ場所で肉料理の講習をしたというのを聞いていたのですぐに自宅に電話、やだわ、先生、私よりほかに適切な人いるでしょ?と言われたが、まんざらではない雰囲気を僕が見逃すわけがない。押し通してお願いをした。僕の狙いはついでに彼女のゲートボール仲間の高齢者の方にもわんさか来てもらってほぼマンツーマンで指導をしてもらうこと、そうすりゃ次からどこかで会ったときに挨拶し始めるだろう、外国人女性の孤独感も消えるだろうし、高齢者の方々の楽しみも増えるかも。いつも診察しながらの世間話は単なるおしゃべり好きと思っている人たちもいるようだが、実はそうじゃない。こんな時のための情報収集なのである。
  • 2011/8/9 15:19
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あと二日診察したら夏季休暇、早くあと二日たちますように。外国人の患者にいつからいつまでお休みだから来ないようにね、知り合いにも伝えておいてねと話しておく。留守番電話が困ったことに時間的に二カ国語ぐらいしか入らない。朝からフィリピン人の患者が多い。初診の患者、持ってきた国保の保険証の有効期限が切れている。やむをえず、役所に問い合わせして新しい保険証がまちがいなくあることを確認してから診察。頭痛とのことだが、毎日バッファリンを二回内服しているとのこと、片頭痛でもないし、緊張性頭痛でもなさそう。血圧が高くなりそうな年齢ではないが、念のために測定したがまったく正常。たぶん鎮痛剤の副作用としての頭痛ではないだろうかと推察。頭痛があってもすぐには鎮痛剤を内服せずにがまんしてみるように話して帰した。昼前になってクリニックのフィリピン人通訳から患者のひとりがきょう誕生日でみんなでパーティをするから先生にも来てほしいと電話があったと知らされた。行くといったんは答えたが、きのうおとといとバソコンのセッティングなどで夜遅くまで頭を抱えていたのできょうは朝から軽い頭痛、できれば家で休みたい。声かけてもらえたのはうれしいけど・・と事情を話してお断りした。朝から夕方までがん検診の申し込みが多い。外国人の方々にこういう情報がちゃんと伝わっているのかあらためて心配になった。
  • 2011/8/8 18:11
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きのう、1時に診察を終えてから大和在住の外国人の方数人にクリニックに来てもらった。9月11日日曜日に予定した大和市医師会主催の市内在住外国人の方のための医療の話、ことしは何をテーマにしようかという打ち合わせだ。あまり僕の意見を先に言うのはやめようと思った。こちらがニーズがあると思っても先方はそう思っていないこともあるからだ。聞きたい話の一番は放射能の話、健康被害がどうかということだが、たしかに小さいお子さんを抱える人が多く、不安に思っていることは表情から手に取るようにわかる。実は大和市では市内の学校、幼稚園など主だったところで毎日放射能を計測してホームページにアップしてあるのだが、そういったことは誰も知らなかった。特定健診やがん検診については集まってくれた人たちが意識が高いせいか、皆さん知っていた。こちらは例外というべきかもしれない。おとといの午後に横浜からやってきたフィリピン人女性、診察を終えて「さようなら」と言いかけたら、封筒をハンドバックから出してきた。先生、あの、これ何ですか? 見たら横浜市の特定健診の問診表だった。興味があるのでよくよく見たが、外国語の記載は一か所もなかった。これじゃ日本語を読むことができない人はわかるまい。ついつい本人に質問しながら代理で記入してしまった。こういう方が標準的だ。ついでだが、だから外国語表記のものを入れたらというと何語で書いたらいいのかわからないからと言うだろう。いくつかの言葉で「これは健康診断の問診表です」と書くか、続けて「AMDA国際医療情報センターのアドレスからホームページを見て自分がわかる言葉で書かれた問診表をダウンロードしてお持ちください」とでも書いてくれたら本人も医療機関側も大助かりのはずだが。ぜひAMDA国際医療情報センターのホームページに6カ国語だったか、アップしてある特定健診問診表の各国語版を使ってほしい。問診部分は日本全国同じなのだから。そういう型破りの行政マンよ、出でよ。たしか印刷するとどこかにAMDA国際医療情報センター作成とは書いてあるが、これで著作権を主張したりお金をもらおうという気はない。営利目的ではないNPO法人の意地だ。ただし株式会社はそういうことはしないでほしい。もししたら著作権を主張することになるだろう。もう17年前ごろ、一回こういうことがあった。明らかにパクリで僕が相手の会社に乗り込んで文句を言ったが、相手もそれを認めた。どうしてこういう翻訳をAMDA国際医療情報センターがすぐに作成してしまうかというと、それは僕が診療の第一線にいるからだ。だから現場の外国人患者や医療機関側のニーズが直感的にわかる。それを実行するだけだ。ここが翻訳版を作成したり、いろいろと外国人の医療について腐心していている団体との大きな違いかもしれない。
話がそれたが、いわゆる協会健保、昔の社保であるが、これに加入している人は6月~9月に市内の医療機関で特定健診を受けると大和市のおまけ分がついてくる。おまけ分とは4年前までは基本健診にあって、いまの特定健診にはなくなってしまった検査だ。このことは誰も知らなかった。さらにやりたいのは料理教室、野菜を食べなさいと言っても油料理にしてしまう人が多く、「野菜を食べなさい」の真意がわかっていない。そこまで言わないこちらも悪いのだが。僕の患者のひとりにそういう料理を教えていたおばぁちゃまがいらっしゃって、その方にお願いしようかなんて考えもした。さらに一品持ち寄ってのパーティだからどういう会になるか、今から楽しみだ。
  • 2011/8/8 12:12
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毎日、突然雨が降る。ゲリラ豪雨とも呼ぶそうだが、これってスコールじゃないだろうか。バンコックに夏行くとよく出くわす。温暖化現象の産物だそうだが、ことしのセミはかわいそう。鳴く暇がない。きのうの夜、例のアメリカ人女性が持ってきた米軍関係の病院のレポートを読んだ。彼女が目の前にいるとああだこうだと一人でしゃべりまくるのでゆっくり時間をかけて読んでみた。ははーん、こういう単語の使い方するのねなんて思いながら読んだ。精神科疾患のほかにひどい腹痛があると訴えるのだが、文章の中に造影CTを行ったら上腸間膜動脈がきわめて細くなっているとの記載があった。要するに小腸などに行く血液循環が悪くなっているということなのだろう。それで彼女がいつも「米軍関係の病院ではいずれ手術して内臓を全部取らなくなくちゃと言われている。あそこに行くと死んでしまう」と言うのだろう。内臓を全部取るというのは大げさだが、それでも上腸間膜動脈が支配する小腸を全部摘出したら栄養の吸収がさらに悪くなり、常に下痢、水様便が出るにちがいない。今でも骨と皮みたいなのに、彼女が不安に思うはずだ。4~5日後に来てくれ、それまでにリポートを読んでおくからと言ったのできっときょうか、遅くても来週初めにはやってくるに違いない。なんて話したらいいのだろう?リポートを解説して、やはり精神科疾患も診てもらっている米軍関係の病院に行けと言うしかない。また興奮して怒鳴り始めなければいいが。さらにきょうは月に一回ベトナム人の通訳スタッフが勤務する日、さらにさらに昨日、名古屋にいつもいるというアメリカ人女性から「あしたしかこっちにいないから内視鏡して食道炎を診てほしい」という電話があって、3人も予約が入っているのに断り切れずに入れてしまった。今は朝、午後1時ごろ、ちゃんと終わっているだろうか?・・・・・・・・・・・

 実はいま1時、もう終わりそう。すごい一日だった。きょうの内視鏡は順にベトナム人男性、終わったところでカンボジア人女性が胃が痛いと来院。内視鏡予定の人すでに4人もいたので一瞬躊躇したが、痛みが強く、ごはんも食べてこなかったというのでしようと決断、すこし待つよと断りを入れた。そしてアメリカ人女性、ベトナム人のご夫婦と順調に終り、このカンボジア人女性が最後、十二指腸潰瘍だった。やっぱりやってあげてよかった。例のアメリカ人女性は来なかった。
  • 2011/8/6 13:20
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朝からブルー。使っているパソコンが新しく買ったソフトバンクの携帯型ルーターに反応しないのでこの数日、ソフトバンクやニフティに電話した結果、そちらはなんでもないことがわかり、最後の手段としてソニーのカスタマーセンターにきのうの夕方、電話した。案内の女性に導かれるまま、パソコンを操作したが・・捜査しているうちにワイファイが全て入らないので修理でもとの状態に戻しますと言われた。そんなことしたら、大変、ああまた大変なことになったとまっさお、放心状態となってしまった。「ということは今までできていたクリニックの無線ランも入らなくなったということですよね」っと尋ねると「はい、そうです」ときっぱり言われた。ぁぁぁぁぁ、どうしよう。朝クリニックにやってきてからイーモバイルのUSB端末でつなぎ、一応すべきことはした。診察が始まる直前、それでももしかしたらと思い、クリニックの無線ランにつなげる操作をしたら・・・つながった。これってどういうことだろう?どういうことでもいいけどそれから急転ハッピー。よかったあ。
 きのう、厚木の病院を手伝っている外科の同級生から電話のあったバングラデシュの女性、同国人のだんなさんと来院。胸の動悸、痛みがときどきあると言う。胸部レントゲンも心電図もいくつかのところでチェックして異常がないというので検査はせずに話だけ聞いた。いわゆる不安による自律神経失調症と思ったので、このあたりよく話をしたら薬は必要ないと思うと帰って行った。1月の寒い日本にやってきてあの地震、さらにだんなさんは日本流に遅くまで帰ってこないとなればさもありなんである。昼になってさて出かけようかとしたら例のいつも未納のタイ人女性がやってきた。えええって時間である。まずは今まで未納のお金を支払い、「でもきょうの分はない、千円しかない」と言うので、保健福祉事務所の担当者にも話した通り、「お金がなければ薬は出せない」と告げる。心を鬼にして言ったわけだが、すると「一万円あるから診てほしい」と言いだした。ご主人から本人に一昨日お金が渡っていたのは知ってはいたが・・やはり確信犯だったんだ。だから恨むつもりもないが・・そんなもんなんだなと思った。
  • 2011/8/5 12:57
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亡き母の後片付けの件で世田谷区役所に行って来た。ことしの都民税、かわりに支払った記憶もないし・・行って尋ねてみたら支払われていないので調査していたと窓口の人が言う。でも僕は火曜と土曜の夜は母の家に泊っているがそんな請求書は受けとった覚えも見た覚えもないし、まして督促状をもらったこともない。どないなってるの?って言いたい。ところで窓口にいたら欧米系の顔をした若い女性がやってきた。あれれ、言葉はどうするのかな?と思ったら比較的流暢な日本語で「ことしはこれが来てお金が高くなって、私は国費留学生で・・・」と言いだした。ちらっとみると毎月の支払いが4200円って見えた。税金ではなく、これは国保の毎月の掛け金だと係の人が説明していた。係の人の説明は簡単で「ことしはなにも収入がないという申告書(?)を出さなかったから高くなったんです」と言い、いろいろと尋ねながら手際良く書類をつくりはじめ、「はい、これで去年と同じになりました」となんだか煙にまいたみたいだった。考えたらすぐにわかるが留学生や外国人に「申告書を提出しなかったから高くなった」なんてよく言えたものだ。まあ事実はその通りなのだろうが、彼らがどうしてそんな申告書を先回りして出せるだろう? 日本語、うまく読めないのに。
少し前、少子高齢化を前に海外からの留学生を10万人にするとかそんな計画があったように思う。たしか自民党政権下のころだ。この計画は民主党政権になっても継続されていると思うが、本気でそう思って実現させたいのなら留学生が日本で生活していく上での必要なことを何から何まで一か所で相談できるセンターを国がつくるべきだろう。大学や専門学校、各種学校である語学学校の留学生担当など、法律のプロじゃないし。片手間でできるようなことじゃない。もちろん局所的なことはそういうところのほうがよくわかるだろうが。留学生と言えばアルバイトについても週に何時間までと法務省によって定められているはずだ。やりすぎると法律違反となってしまう。そんな相談から日本の医療制度やアパートを借りることや日本のしきたりに至るまで、いまのようにあれはこっち、これはあっちなどということでは日本はわかりにくい住みにくい国ということになってしまう。要は本気で考えているかどうかということだけだ。
  • 2011/8/4 8:56
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きのうまではまるで梅雨空、やっと夏が戻ってきた。北海道生まれの僕は夏が好き、寒いところは好きじゃない。暑い夏にもっと暑いバンコックに行くのが好きだ。きのうはひどい日だった。午後になって「先生に言われたから来たって色黒の人が来ていますが、ご存じですか?」と職員が聞くので、そんなの知らないと答える。とりあえず診察ならカルテをつくってと話す。やってきたのはナイジェリア人の男、大きい。前回来たのが数年前、覚えているわけないし来いなどと言った覚えもない。まあそんなことはよくある話なのでどうでもいい。東北大震災のあと、寝られない、動悸がする、体がだるい、いますぐなんとかしてくれと言われても・・・よく聞くとこの数カ月で10 キロ、太ったとのこと、ストレス太りなのだろうか。肝機能など採血しようとしたら泣きそうになっていてかわいいというかおかしかった。きょうの午後、結果を電話してあげなくちゃ。僕のことを「シャチョウ」と呼ぶ。フィリピンパブ全盛時代は務めている女の子たちが具合が悪くなり訪ねてくるケースも多かった。あのときもよくシャチョウって呼ばれたっけ。4時45分になったころに例のアメリカ人女性現れる。話を聞いていてもまったくつじつまの合わない話、米軍関係の病院で行ってきたリポートを見せてくれるがその内容と彼女の話す内容がまったく一致しない。精神科の治療がうまくいっていないのだろう。彼女がいつも言うのは「私は運転免許証を持っている。アメリカにいたころの私の友人にひとり精神科の患者がいたが、彼女は運転免許を持つことを許されなかった。私は持っているの、だから精神科の患者じゃない。わかる?」。わからない。けっきょく30分ばかり話しつづけるので、リポートをゆっくり読むので数日時間をくれと言って帰ってもらった。この間、診察時間をすぎても待っていてくださった患者に申し訳なくも思う。やはり外国人医療は医療機関にとっては危機管理の学問と再認識した。
  • 2011/8/2 8:59
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朝、海外の保険会社の保険が僕のクリニックで使えるかという電話の問い合わせがあった。使えますと事務から返事をしてもらって2時間ぐらいで患者がやってきた。というよりだっこされてやってきた。まだ3歳のお子さんだ。おばあちゃんとお母さんが日本人であることを考えると外国人を父に持つお子さんで母親はこの子を連れて一時帰国したのだろう。日本の保険はない。小児科の診察待ちをしている間に尋ねたら、案の定いくつかの医療機関に電話して海外の保険が使えるかと電話をして全部断られたそうだ。これは明らかに日本の医療機関側の判断ミスだろう。海外の保険会社の保険の支払いについての知識が欠落しているためだ。日本の保険なら患者は当日3割または2割を支払い、2カ月後に国というか社保または国保から残りの7割または8割が銀行口座に支払われる。海外の聞いたこともない保険会社から2カ月後にお金が本当に支払われるのかしら?という心配から断るのだろうが、そうじゃないのです。こういう星の数ほどある海外保険の取り扱いというのは患者側はいったん窓口で当日の支払いを全て現金で支払い、その支払い内容、場合によっては疾患名を保険会社が用意して患者が持参している用紙またはフォームが決まっていない場合はこちらで用意した用紙に記載する。この用紙を患者が保険会社に送ると後日、保険会社から患者が指定した口座にお金が振り込まれるというそういう仕組みなのだ。だから医療機関にとっては診療明細の英文での記入を除けば「単なる自費払いの患者」ということになる。ただややこしいのは多くの場合はこの用紙の記載を英文で行わねばならず、しかも診療内容は海外の保険でカバーされたとしても、この明細の用紙へ記載までカバーされている保険は数少なく、すなわち用紙への記載代が患者の負担になってしまう。事前に患者側に話しておかないとトラブルの種になることはまちがいない。とくに風邪などの疾患でやってきた場合は診療費が安く、こういう安い費用なのに英文のこの請求用紙が自分の負担になることにあからさまに不満をぶつける患者もいる。たしか一カ月に数万円以下という安い診療費の請求には医療機関でもらったレシートだけでいいはずだが、こればかりは保険会社によって異なり、ややこしい。患者側から確認してもらうほかはない。患者側は文句を言うが、この記載を診察のその場で書き込むのもけっこう手間がかかり面倒くさい。こういうこともわかってはほしい。
  • 2011/8/1 14:15
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