AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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201712のエントリ

ガーナ人男性49歳、診察の後、ガーナのクリスマスについて訊ねてみた。国民の90%はクリスチャンなのでクリスマスは盛大なのだそうだ。残りの10%はイスラム教徒なのか?と訊ねると、次に多いのはイスラムだが、仏教徒もいるし、土着の宗教もあるとのことだった。仏教徒がいるということには驚いた。アメリカ人男性70歳、高血圧で降圧剤を処方、ペルー人男性44歳、血圧が非常に高くて降圧剤を処方中なのだが、メンタル面でも落ち込みやすく、問題を抱えている。このところは調子がよく、笑顔が見られる。母方のおじいちゃんは宮城県の出身で、父方は沖縄の出身で、父方の祖母はペルー人で・・・と聞いているうちにわけがわからなくなってしまった。でもこういう話をしていくうちに心が打ちとけるらしく、顔に笑みがあふれてくる。病気の話と薬の処方だけではやはりだめなのだろうと思った。同じくペルー人男性42歳、一週間前に行ったピロリ菌の呼気テストの結果、陰性になっていた。とても喜んでくれた。きょう28日が今年の診察の最後の日、なにか大きな問題を抱えた人が現れなければいいのだが・・・
  • 2017/12/28 9:00
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タイ人男性58歳、仕事が忙しくて血圧の薬が2週間前に切れてしまったとのこと、血圧測定するといつもは130程度の最高血圧が160まで上昇していた。少し頭が痛いと。あれほどきちんと内服してねといつも話しているのにと思いつつ、叱らずに笑顔でまたこのフレーズを繰り返した。その直後にフィリピン人女性40歳、高血圧で30日処方をした最後が5月、ということは半年は内服していなかったことになる。フィリピン人スタッフには長期にフィリピンに帰国していたと話したそうで、それで「薬だけ」と受付で話して診察室に入ろうとしない。半年も帰国していたわけはないはずで、いったいどのように内服したらこのような事態になるのか、聞いてみたい思いにかられた。受付にまで来て「薬だけ」ということは「血圧も測定されたくないし、先生とも会いたくない」ということだろうと判断し、そのまま処方を書いたが・・こういう想いが多すぎる。朝一番にアフリカの某国の男性42歳、HIV検査に来院、陰性で帰って行ったと思ったら、今度はインド人男性27歳、HIV検査に来院。たしか2か月ほど前に「心配なことがあってまだ3週間」で心配でがまんできずにやってきた記憶があった。今回も陰性でほっとしたようで笑顔で帰るかと思ったら、「ときどき不安を覚え、すると動悸もする」と。どうやら精神不安症があるらしい。とりあえずAlprazolam 0.4ミリを朝夕1個ずつ内服してもらい、ようすをみることにした。
  • 2017/12/26 9:00
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うれしいことがひとつあった。隣の部屋で予防接種を終えた日系ペルー人の学生が僕と会いたいと言っていると小児科に勤務の看護師が教えてくれた。毎年講義に訪れている大学の看護学部の学生だという。患者が多くて忙しかったが、短い時間でよければどうぞと伝えると、すぐに学生が入ってきた。まったく顔に見覚えがないが、自分のファミリーのことなど考えて、講義を聴いたときから僕のクリニックに興味があったそうだ。わざわざ声をかけてくれてありがとうと伝えた。カンボジア人女性63歳、12月いっぱいで潰瘍性大腸炎の難病指定がきれてしまう。不思議なことに夏ごろに申請を出して、彼女を含む3人の潰瘍性大腸炎の難病指定がだれも認められなかった。そのひとり、アメリカ人女性は近くの公立病院で申請し、認められていたのだが・・・僕自身、難病指定の研修を受けて、許可番号もいただいているので、僕が難病指定の資格がないまま申請したので断られたということではなさそうだ。本当に不思議、こういうケース、理由を県に尋ねても教えてはくれないだろう。とうとう、ことしも最後の週に入ってしまった。
  • 2017/12/25 9:00
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昨日書いたフィリピン人女性、背中が痛いと話していたので念のために血中と尿中のアミラーゼを検査依頼していたところ、尿中のアミラーゼが極めて高くなっていた。膵炎でなおかつ血中のアミラーゼがほぼ正常値であったところをみると、時間的には発症してから2週間程度は経過しているのではないかと疑った。フィリピン人スタッフから連絡をしてもらったが、昨日は現れなかった。同じくフィリピン人女性35歳、胸の膿瘍で2週間ほどほぼ毎日通院していたが、その通院もとうとう終わりになる日が訪れた。膿瘍が流れ出ていた創はとうとう完全に塞がり、周囲の皮膚のかゆみを訴えていた。創をきれいにするためにもお風呂に入ってよいと話した。アメリカ人男性27歳、一週間前にインフルエンザに罹患してしまったが、まだ咳と痰が止まらないと来院。本当にインフルエンザだったのかどうか、検査を行ったかどうか尋ねると「やりました」との返事。A型だった?それともB型?と訊ねると、「わからない」とのことだった。人生で初めてのインフルエンザで、体は痛く、死ぬかと思ったが、タミフルを内服したら発熱はすぐに収まったそうだ。少し時間を置いてインフルエンザの予防接種を受けた方がいいと話した。あと1週間で今年の診療も終わり。信じられないぐらい毎日が早くすぎていく。
  • 2017/12/22 9:00
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フィリピン人女性51歳、たしか数か月前に一度診察をしたことがある。そのときは日本人と結婚している妹が付いてきて、親族訪問で姉がやってきたが、フィリピンの現大統領によるある意味での治安の悪化を理由にフィリピンに帰したくない、本人も帰りたくないと話していたのを記憶している。親族訪問ビザの有効期間は3か月で、一度帰ってまたきたら?みたいな返事をしたことも覚えている。たしか、僕に診断書を書いてもらい、入管に提出して期間延長できないか?と問われたからだと思う。こういう質問、要望をよく受けるが、診断書があれば入管が認めるというものではないし、重症ではないものを「帰国できず、日本で治療が必要」などと虚偽の診断書を作成することは医師にとって重大な罪となるので、そういう要望には決して応じられない。そのときは日本の公的保険がなくて自費診療としたのだが・・・今回は日本の公的保険に加入している。信じられないことだが、偽造の公的保険でないかぎり、合法的に滞在できることとなったとしか考えられない。そしてその手段といえば・・考えられることは婚姻しかない。診療中はそこまで気がまわらずに気がつかなかったが、それしか考えられない。どこかで「婚姻相手」を探して見つかったということなのか? 見つけてもらったのか? なにやら「業者」が暗躍しているのか? 僕らには知り得ぬ世界があるような気がした。
  • 2017/12/21 9:00
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アルゼンチン人男性49歳、昨日から腹痛とひどい下痢、そして吐き気。感染性腸炎だと思う。発熱はないので大事にはならないだろうと考えた。内服薬を処方したが、本人が「体のだるさがつらい」と言うので点滴を行った。続けてアルゼンチン男性の順番だったので、友人かと思ったら、単なる偶然でいっしょになってしまったらしい、お互いに「知らない人」だった。フィリピン人の母親と娘が小児科に来院。小児科で診たのできょうになって報告を受けた。カルテ上は7歳の娘は国民健康保険で診療を受けたことになっているが・・・・・母親のほうは資格証明書を持ってきて自費で診療を受けていた。この「資格証明書」を持ってこられると、そこにはたしか保険証の番号も記載されており、医療機関によってはそれ自体を保険証と勘違いして保険診療をしてしまうようだが、それはちがう。あくまでも「国民健康保険に加入する資格を証明している」書類であって、保険証ではない。どこがちがうかといえば、資格証明書とは国民健康保険の掛け金を収めていないために「資格」はあるが、「保険診療は受けられない」という状況を示しているのだ。というわけで自費診療すなわち保険外診療として診療費をいただいたことはまちがっていない。資格証明書をうっかり保険証と勘違いして保険診療を行ってしまったという話はよく聞く。気をつけなければならないだろう。
  • 2017/12/19 9:00
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16日の土曜日は不思議な日だった。外国人患者は12人でカンボジア人の親子以外、すべてフィリピン人だった。右の胸の膿瘍で通院しているフィリピン人女性34歳、来院時にはようやく歩いているように見えるほど、痛みが強く、また周囲の炎症もひどかったが、ようやく膿がなくなり、皮膚の創もきれいになってきた。通院すること10日、ほっとした。いつも包帯交換のときにいやがったり、体をくねらせて逃げようとしたりと苦労した。こどものように両足を僕の両足で挟んで「動けないように」して包帯交換するのだが・・・まるで子供の包帯交換をしているように思えた。フィリピン人女性56歳、高血圧の薬を1か月分処方したのが3か月前、3か月間フィリピンに一時帰国していたそうだ。もちろん血圧は高くなっていた。どうやら帰国後は血圧が高い時だけ内服していたらしい。それもなくなってしまい、やってきたらしいが・・・いつも定期的にキチンと内服してほしいと話しているのだが・・・多勢に無勢というか、長く続けてきたフィリピンでの受診行動、一夜には変えられないのだろう。というか、こういう受診行動がフィリピンでは一般的らしい。
  • 2017/12/18 9:00
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タイ人患者についてはタイのどこの地域出身なのかを訊ねて統計をとっている。あのころはさまざまな疾患だけでなく、さまざまな問題を抱えるタイ人が多かったため、このような情報についての統計を取り始めたしだいだ。開業してからすぐに取り始めればよかったのだが、数年後に帰国に向けてなどこういう情報が必要と思って取り始めたせいで、開業以来のタイ人患者の新患1429人のうち、統計が取れているのが933人となっている。数年で新患が500人近くいたわけで、当時、タイ人患者がいかに多かったかを物語っている。
そして昨日やってきたタイ人女性42歳、看護師がどこから来たの?と訊ねたら、バンコクと答えたと教えてくれた。そのままバンコクと受け取ると統計に正しい情報が反映されないことが多い。僕が直接、タイ語で尋ねてみたら、コンケーンと言うではないか。イサーンと呼ばれる東北タイの県だ。なるほど、イサーンねと話すとにっこり「はい」と返してくれた。看護師に話したのだが・・・もし僕らが海外に行った時に、日本のどこから来たのか?と訊ねられたら、たぶん「東京」とか「横浜」とか答えるだろう、決して大和市とは言わない。なぜかというと大和市と答えてもだれも知らない可能性が極めて高いからだ。こういうデータ、僕自身がタイ語で訊ねなければ正しい情報は得られないとつくづく思った。統計をみると僕のクリニックのタイ人患者の出身地は933人中、東北タイでもっとも大きくコンケーンの北側のウドンタニ県出身者がもっとも多くて247人、ついでバンコク83人、さらにウドンタニのさらに北側でメコン川を挟んでラオスに面しているノンカーイ出身者が75人、コンケーン出身者が61人と圧倒的に東北タイ出身者が多い。もともとがまずしい地域で海外に働きに行かねばならない事情もあったのだろうが、たぶん僕が開業前に公立病院の外科に勤務しながら、インドシナ難民大和定住促進センターでラオス人、カンボジア人難民の医療に携わっていたことが大きいのだろうと思う。もともと東北タイはラオス領で、ラオスとタイが戦争をしたときにラオスが負けて住んでいる人々ごと、タイに編入された地域だからだ。そこで話されている言葉はラオス語に極めて近い言葉で、ラオスに親戚がいる人々もたくさんいる。開業したころはまだラオスが厳しい共産国家で難民としてやってきたラオス人たちは働いても故国の家族にお金を送ることができず、東北タイに住む親せきに送金し、そのお金で不法に働きにくるタイ人が多かった。そういう事情があったのだ。そしてタイでのエイズ感染事情を反映して、僕のクリニックで見つかるエイズ患者も少なくなく、その人数は40人に迫る数だった。いつのころからかぱたっとエイズ感染者もいなくなってしまった。もう15年近くになるだろうか。
  • 2017/12/16 9:00
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午後3時すぎごろ、待合室を通ったら見慣れた顔があった。高校生の制服を着たフィリピン人のYちゃん15歳だ。母親はフィリピン人で、父親もフィリピン人、母親が日本で再婚し、4歳か5歳のころに母親に引き取られて来日、以後ずっと僕のクリニックで診ている。
小学校の低学年のころに深夜に外を出歩いている彼女を見かけたことがあり、どうしてこんな時間にと心配したこともある。母親が夜の街で働く間、フィリピン人仲間のアパートなど転々としてあずけられていたらしいと聞いた。診察室でYちゃん、大きくなったねと話しかけても浮かない顔つき、どうしたの?と訊ねると、「私、家出してるの」と一言。いまは「保証人」の家にいるそうだ。幼いころから母親の気にいらないことがあると殴られることがあったそうで、今回はYちゃんがアルバイトを掛け持ちして疲れ果てたことから口論となり、母親が逆上してベルトで殴られたという。Yちゃんはそのまま警察に行き、これはこどもに対する虐待だと警察官に訴えたらしい。施設に入りたいと訴えたが、母親の話も聞かなければという警察官の勧めで、いっしょに母親のいるアパートに戻ったところ、母親からどこにでも行けと言われて「親に捨てられたんです」と淡々と話してくれた。その後、母親からお金を貸してほしいという連絡があり、「フィリピンに送るお金なんか必要ない、こっちでこんなに困っているのにどうして送るのかと思う。母親はフィリピンに貸している家が二つもあって、三つ目の家を建てている最中で、そんなためのお金を送る必要もないと思う」と続ける。この話、すべて彼女の言うことに嘘偽りがないのか、僕には知る由もないが、母親の行動については別のフィリピン人から聞いた通りなので、大きくまちがっていることはないと思う。救いはYちゃんの成績がそこそこいいことと、昨日も同じ制服を着た友達がずっと診察室の外で待っていてくれたことだろう。
  • 2017/12/15 14:00
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ペルー人男性57歳、水虫らしいと来院したようだが、拝見したところ、乾癬のようだったので皮膚科に行っていただいた。先日から繰り返し、包帯交換している腹部の膿瘍で来院したフィリピン人女性、ようやく治癒に向けてのめどがついてきた。カンボジア人女性47歳、夜中にトイレに行きたくて目が醒めてしまい、トイレに行った後は寝られないので睡眠導入剤が欲しいとのことだが・・・尿道炎でもなく、過活動膀胱と考えられるので、まずはその治療をすべきで、治療がうまくいけば、トイレに起きる回数も減り、寝られるはずと話したが・・・なかなか納得できないようで・・・とうとう、ベタニスとマイスリーの両方を処方することになってしまった。昼休みに日経BP社の方が来院、近未来の2040年の外国人医療について質問をされたが・・・僕の話の内容があまりにも多岐にわたっていたようで、困っていらっしゃるようだった。いったい、どういう内容の記事になるのか、不安になった。もしかしたら企画自体が没になるのかもしれない。夜になって県医師会の会議へ。会議の後の懇親会で、副会長先生と話しているうちに外国人医療の話になった。僕があることを発言したところ、「ほう、先生は外国人の味方だと思っていたけど、そういう発言もするんだねえ」と言われた。ああ、また誤解されていたのだなと気が付き、「外国人は日本語がわからないなどさまざまなハンディを背負っている、そういうことに関しては人道上支援をしなくてはいけないと思う。しかし、日本人にも行わないような種類の過剰な支援を行うことは日本人に対する逆差別になるのでそれはすべきではないという考えでずっときています」と話した。
  • 2017/12/14 9:00
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