AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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201710のエントリ

28日土曜日にやってきた外国人患者数を16人と書いたが、まちがいだった。考えてみると待合室から聞こえてくる外国語の声、受付の後ろの廊下を歩いているときにちらっと見える待合室の様子からはもっと多い印象を受けたのだが・・・隣の小児科を受診していた外国人の人たちをデーターに含めるのをすっかり忘れていたのだ。正確なデータは次の通りで・・・ベトナム人10人、フィリピン人10人、ペルー人3人、インド人2人、スリランカ人2人、タイ人、カンボジア人、ネパール人、韓国人、アイルランド人各1人、総計32人だった。これなら「感覚」と合う。両科で32人を4時間で診たということは1時間で8人、約7分にひとりは外国人患者を診ていたことになる。28日の総患者数は82人だったので、39%が外国人だったことになる。約40% ・・・これはもう外国人患者が診療所を経営するうえでの中心部分に座りつつあることを示しているデータということだろう。3か月後には開業28年を迎える。僕も68歳と半分になり、そろそろ自分の残りの人生をどうすごすかを真剣に考える年齢になってきた。最近、同じ年の友人が医療機関の継承を行って、あすの11月から週3日だけ働くと聞いたときはショックだった。3週間ほど前に高校時代のワンダーフォーゲル部の同期と会を持ったが・・・準備期間もあまりない中でやってきた7人のうち、常勤で働いているのは僕だけだった。この時もショックを受けた。いつまで今のように働ける、いや働くのだろうと。しかし先の「40%」という数字や「先生が看取ってね」という日本人の高齢の患者の言葉が心に深く刺さって、なかなか一歩が踏み出せない。
  • 2017/10/31 9:02
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28日の土曜日は日本人患者が多くはなかったのに、外国人患者が16人、目立っていた。インド人の34歳と23歳のご夫婦、インフルエンザの予防接種で来院。日本に住んで3年だそうだが、日本語が上手すぎる。インフルエンザの予防接種はほかにもフィリピン人がふたり、ベトナム人がひとり。フィリピン人女性51歳。大和市の胃がん検診で内視鏡検査施行。喉の麻酔だけでとくにトラブルなく終わった。結果については相当に心配していたらしく、十二指腸がん、胃がん、食道がんはないと話すと涙が一滴。ベトナム人男性49歳、整形外科領域の難病も抱えている。血圧が170ぐらいあり、降圧剤を1か月分処方したのが3か月前、当たり前だが、すでに内服薬もなく、同じように170の高血圧。こういうとき、なんと話していいか、悩んでしまう。もう何度も何度も話しているので。ペルー人女性41歳、左上腹部が「熱い」と言う。この「熱い」の表現が本当にわかりにくい。本人は内視鏡検査が希望でやってきたらしいが、朝食を食べているというので、次週に予約を入れた。ベトナム人の通訳がやってくる日のためかベトナム人患者が5人。あちこちからベトナム語が聞こえてきた。
  • 2017/10/30 9:00
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カンボジア人女性78歳、親族がいるベトナムに11月中旬から1か月出かけてくると言うのだが・・・だからきょうしてねと言われたインフルエンザのワクチンだが・・・・次の納入される予定日が11月7日なので、わけを話して8日以後に一度来てもらうことにした。今年は例年に比較して明らかに生産されているインフルエンザ ワクチンの量が少なく、日本人の患者からも同じように言われている。カンボジア人女性64歳、潰瘍性大腸炎で30年以上許可になっていた難病指定の届けが今年は不許可となり、娘さんと青くなって飛んできた。別に例年と書き方がちがっていたわけでもなく、症状もサラゾピリンをさぼるとすぐに下痢をしてしまうのだが・・・つい1週間前に日本人の患者も同じく「不許可になった」とあわててやってきた。一番の問題は医療費の患者負担についての救済がなくなることだろう。全部書類を見たところ、昨年度の医療費の自己負担分がある一定の金額より上の月が3か月あったので・・と書いてあったが、特別なことをした覚えもなく、お役所のすることは相変わらず、このように意味不明だ。わかりやすい説明をしてほしいものだ。次回より本人負担分への救済というか助成はなしということで、治療をしてはいけないということではないと話しておいた。ペルー人男性44歳、高血圧と不眠症、日勤、準夜、深夜の勤務で体調が整えにくい、寝られないとのこと。大変な働き方をしていると思った。
  • 2017/10/28 9:00
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昨日26日はタイの前国王ラマ9世の葬儀、夜の10時(日本時間の深夜0時)には火葬の儀が行われることになっていた。午前中にやってきたタイ人女性47歳も午後からやってきたタイ人女性63歳も喪服でやってきた。午後にやってきた女性はタイでは少数派のイスラム教徒なのだが・・・彼女の友達は朝から皆、東京のタイ大使館に行っているそうだ。彼女もこれから行くと話していた。儀式は朝から深夜まで続く。きっと彼女たちもずっと大使館の中か近くにいるのだろう。夜、県医師会の会長会があり、帰宅してからニュースを見ると、王宮前広場から中華街に至るまで、ものすごい数の喪服の人たちに埋め尽くされているとのことだった。王宮前広場からヤワラーと呼ばれる中華街まではそれなりの距離があり、あの距離を埋め尽くすとは・・・深夜になり、facebookを見たら、バンコク病院の旧知の看護師たちが喪服で会場にいるのが写っていた。写真は昼間で、ランチのごはんまで写っていたので、早い時間から「場所取り」したのだろう。70年代、タイの隣国ラオスやカンボジアに共産革命がおこり、数百万人の難民が生まれた。ベトナムでもベトナム戦争の終結、共産化でおびただしい数の人々が難民となって国外に逃れた。僕はそんな難民のうち、日本政府が合法的に受け入れた10000人を引き受け、日本語と日本の生活習慣を勉強してもらうインドシナ難民大和定住促進センターの嘱託医を兼務し、彼らを診察してきた。今でも彼らの多くの人たちが僕のクリニックを頼って来てくれる。きっと僕も時代の生き証人の一人にちがいない。苦労して日本に救われて日本に定住した彼らの歩んだ道もさらなる苦労の連続だった。タイでも当時、隣国の影響で学生、知識人の間に急進的共産主義が浸透しつつあった。ラマ9世が人々のことを考え、地方に出かけて身を粉にして国のことを考えたおかげでタイでは共産主義革命は成功しなかった。タイの人たちはもちろん共産主義を逃れてタイ領内に逃げ込んだラオス難民、カンボジア難民を見て、そのあわれさを知っていた。もし、ラマ9世がわが身の栄華だけを考えるような人物だったら、自分たちもあのようになったにちがいない。そういう思いが、王宮前広場から中華街まで埋め尽くす喪服の人々となったのだろう。
  • 2017/10/27 9:00
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午後3時半までは順調に診察を続けていたのに・・・突然、受付のほうから明らかにネィティブと思われる男性の英語、そしてカンボジア語が聞こえてきた。看護師が受付にようすを見に行き、カンボジア語しかわからないカンボジア女性を連れて、クリニックのカンボジア人患者がやってきているという。このカンボジア人患者は日本語も多少話せるが、タイ語が得意で、火曜日に来てくれているタイ人通訳と話をしている。僕とは日本語かタイ語で話をする。そして男性がひとり、聞けばベトナム人でこのカンボジア人女性の娘と結婚しているそうだ。女性のカンボジアの出身地を訊ねたら、南部、ベトナムとの国境地帯とのこと。あのあたりは昔々は国境もいいかげんだったのだろうし、国籍はともかく人の行き来も頻繁だったのだろう。診察室に呼んでほしいと受付に話したところ、「いません」という返事。あれれ、みなどこに行ってしまったのか?と思ったころに現れた。近くのスーパーにおにぎりを買いに行ってたとのことで久しぶりに驚いた。連れてこられた女性は便秘症とのことだったので、直腸肛門診を行ってみたが、硬い便はなかった。親族訪問でやってきてまだ10日前後、緊張しているのだろう。血圧を測ってくれと周囲の人たちが言うので、測ったところ、170を超えている。カンボジアから降圧剤を持ってきたそうだが、水に濡れてしまってだめになっているとのことで、まずは10日分処方した。ここまで終えるのに40分近くかかってしまった。なにしろ、みなが我先になにかを話し始めるので、話が通らない。東南アジアの街角で見る光景そのものだ。交通整理だけで疲れてしまった。そうそう、英語を話している男性がいたはずだが・・・と思ったが、カルテが並ばない。フィリピン人スタッフに尋ねたら、カナダ人だそうで、いま旅行中。きょうの午前中、半年前に別れたカナダ人の元カノから「病院に行ったら性病だと言われたのであなたもすぐに病院に行くように」という電話があったそうだ。これだけでは何が何だかわからない。本人が病気について詳しく元カノに電話して聞いているから待ってほしいとのことだった。しばらく時間がたってフィリピン人スタッフがHPVって何ですか?と訊ねてきた。なるほど、ことがわかった。HPVの感染を性病と呼ぶかどうか・・子宮頸がんの原因と言われているウィルスだ。男性の場合、タイプによってはコンジロームとなって現れる。もうややこしいので待合室に行って本人と話をした。現在、コンジロームのような症状はなく、あと数日で帰国するというので、帰国してから必要なら病院に行くようにと話して帰ってもらった。本人も相当にパニックになったようだ。これが実は元カノと「復讐かも」と考えるとちょっと怖いものがある。
  • 2017/10/26 9:05
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オーストラリア人男性、いつもの高血圧の診療でつい最近やってきたばかりのはずだが・・・と思ったら、右手の指が腫れて痛いとのこと。見ると腫れあがって爪の外側が線上に黄色っぽく変色していた。この下には膿がたまっているはず。針でたまっているであろう部分の皮膚だけをカットすると膿があふれ出てきた。フィリピン人男性61歳、前回の血液検査の結果は・・bezafibrate 200mgを2錠内服しているはずなのに、中性脂肪が200を少し超えている。血圧は安定。新年明けまで同じフィリピン人の奥様と里帰りするので3か月分処方してほしいと言われた。処方はしたが、フィリピンに帰国したら、フィリピンの国民的料理のアドボなど中性脂肪がたまりそうなものをたらふく食べるのではないかと心配になった。この話をしたら、じゃレチョンを食べるよ、ドクと笑っていたが、子豚の丸焼きのレチョンなどパーティでもなければ食べないはず。1月に血圧を測るのが怖い。それはそうと彼らが何を生業として日本で生活をしているのか、正確には知らないが、たしか大工関係だったような気がする。いずれにしても3か月も休まれては雇うほうも大変だろう。ベトナム人でも寒い季節になると暖かくなるまで故国に帰ってしまう人が複数いる。定年後ならともかく、会社で働いているとすると首になるのではないかと心配してしまう。やはり働き方がちがうのか、はたまた人生観がちがうのか? 雇用主はいったいどう思っているのか、一度ぜひ聞いてみたい。
  • 2017/10/24 9:00
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ベトナム人の母と娘、娘さんは綾瀬市の特定健診の結果を説明した。とくに悪いところがなく、けっこうなことだ。母親は久しぶりに行った肝機能検査の結果説明。やはりs-GPTとγ-GPTが高値を示していた。さらなる精査が必要と判断したが、やさしい日本語で話してもなかなか理解できないようで苦労した。一般的にs-GOT, s-GPT, γ-GPT, ALPなどが高いと「肝機能が悪い」と表現するが・・本当に肝機能が悪いかどうかはたぶん肝臓に針を刺して、生検をして病理学的検査を行わなければわからないと思う。それには短期間だけだが入院しなければならない。しかし、そんなことを多くの人に行うことはできないので、採血して上記の項目の検査をすることで代用しているのだろうが・・・ここをうまく説明することができない。採血の結果は今度の土曜日、ベトナム人スタッフがやってくる日に聞きにくると言ってくれたので、その時に詳しく話そうと思う。フィリピン人スタッフは休みを取っていたが、事前にこの日は休みを取るので、できるだけクリニックに来ないようにとフィリピン人コミュニティに連絡しておいたそうだが・・・それでもフィリピン人患者が8人やってきた。中に小児科で予防接種希望の人がいたらしい。英語もあまり理解できず、問診票の記入がとても大変だったと後で聞いた。そう、フィリピン人でも英語は話せず、タガログ語だけという人がけっこういる。きょうは台風一過、そろそろお日様が恋しい。
  • 2017/10/23 9:00
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午後になってたまたま小児科の待合室を歩いたら、クリニックのフィリピン人スタッフが近くの公立中学の制服を着たフィリピン人の子弟らしい男女とその母親らしいフィリピン人女性と話をしているのを目撃した。こどもたちのほうはスマホでなにやらゲームをしいるようだった。自分の診察室に戻ってすぐ、小児科から胸のレントゲン写真を撮ってほしいと言われ、レントゲン室に行くとさきほどのフィリピン人の子弟らしい男の子が立っていた。上着を脱ぐように話した時にもおやっと思ったが、撮影のときに「息を大きく吸って」「止めて」と話してもまったく通じない様子。なんとか撮影はできた。後からフィリピン人スタッフに尋ねたら、二人とも日本にやってきてまだ1年だそうだ。こういうケースが増えている気がする。母親が日本で離婚してひとりになったか、あるいは再婚した相手が寛容で母親の求めを受け入れたのか・・・・ただ中学生になってから突然日本にやってくるといろいろなハードルが高い。中学生ならすぐに高校受験になってしまう。あの日本語力では入試には打ち勝てないだろう。フィリピン人スタッフは近隣の市からも依頼されて、フィリピン人子弟の学校の3者面談に出向いていくことがある。僕と同じように感じるそうだ。最近は英語での入試がある県立高校があり、そこなら合格できるそうで、実際、フィリピン人をはじめとする外国人の子弟が多いそうだが、問題は合格することだけではない。入学後に勉学がきちんとできるかどうかだろう。こうして考えると彼らにとって日本で長く生活していくことのハードルは極めて高いと言わざるをえない。小学校の低学年で日本にやってきたこどもたちの適応能力はすごいと思うことがあるが、中学の上級生ともなると、むずかしい。いつも思うのだが、親はさびしいと言ってフィリピンの親族に預けていたこどもを呼び寄せる。それがこどもの人生にとってよいのかどうか、考えさせられる。
  • 2017/10/21 9:00
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ヨーロッパの某国の男性47歳、自分の考えというか、推察というか、思い込みというか、こういうものが強くてしばしば診察の際に窮する。いつもの薬をいつものように処方するときにはそれでいいのだが・・・・新たな症状が現れ、とくにそれが治療を要するものであると、なんでそうなるの?という理論の展開となり、僕を困らせる。昨日は「半年ほど前からときどき排尿の最後にキューンと痛くなる感じ」と言うので、まずは感染症を考えなければ・・と話したのだが、すると・・日本にやってきてずいぶん長くなり、日本人と同じものを食べて、だからこういう病気にも罹りやすくなったというようなことを言い出した。いやいや、それは考えにくいと話したのだが・・ときどき痒みもあるというので、泌尿器系の感染症に罹るようなことはなかったか?と訊ねたが、肩をすくめただけだった。後から考えたら、こういう質問の仕方はよくない。「そういうこと」があっても患者自身が感染症に罹るわけがないという認識をしていたとしたら、「そんなことはなかった」と答えるだろう。正確には感染症をもらうようなチャンスはなかったか?と訊ねるべきだったかもしれない。泌尿器科の分野なので、専門医に診てもらうように手配しましょうか?と話しても反応がうすい。とりあえず抗生剤を処方し、これでもよくならなければ泌尿器科に紹介状を書きますと話しておいた。
  • 2017/10/20 9:00
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カンボジア人患者が3人もいた日、珍しい。58歳、難民として日本に定住している息子を訪ねてやってきて2か月半、11月前半にはカンボジアに戻るそうだが、来日して2回目の血液検査でも中性脂肪は300を超え、空腹時血糖値は190、HBA1Cは9に近い数字、しかも高血圧。高血圧については保険外診療となるが、半年分の処方を依頼された。中性脂肪と血糖値が心配なのだが、こちらは食事療法で行うからと言われたが、そううまくいくものだろうか?47歳の女性、彼女の場合、どのような事情で日本にやってきたのか、まったくわからない。カンボジアにも大きなお嬢さんがいるのだが、日本では日本人男性と結婚していて、小学生になったお嬢さんがいる。おまけにタイ語が上手。タイ国境に近いところに住んでいたとしか考えられない。66歳女性、難民として日本にやってきてもう35年ぐらい。大和市にあったインドシナ難民定住促進センターに入所していたはず。そのころから知っているので、いわばもう戦友のような関係かもしれない。ときどき、たいしたこともないことで僕の顔を見に来てくれる。彼女の場合、本当にポルポトの大量虐殺の中を逃げ延びて、政治に翻弄された人生だったと思うが、お嬢さんたちは日本人と結婚、お孫さんもいて日本社会にしっかりと根付いている。ここまでの苦労はきっと語りつくせないだろう。
  • 2017/10/19 9:04
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