AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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20161021のエントリ

昨日は快晴の夏日、こういう日は外国人患者、あまり多くなく、クリニック全体で6人。雨降りの日は逆に多く、しかも男性が多い。仕事として屋外での作業をしている人が多く、雨降りの日は仕事が休みになるからだ。労働環境もあまりよくないらしいが、詳しくはわからない。アメリカ人女性、いわゆる難病で近くの公立病院でもらっていた薬がもうすぐなくなると来院。たしか1週間ほど前にその公立病院の担当医からの情報提供書を持って、日本人のご主人が説明に来た。昨日も思ったのだが・・・薬の量が多すぎる。メサラジンの内服薬と同じくメサラジンの坐薬を同時に使っているが、こういう使い方、診療報酬のチェックで査定されてこないものなのだろうかと疑問に思った。短期間なら許されても、長期間ならどうだろう? さらに疑っていることは・・・その公立病院の医師が当初、行った大腸内視鏡検査の所見と生検組織に対する病理の医師の診断だ。前者では直腸に限局した軽症と読めるし、後者では明らかに○○病と診断することはできないと書いてあったと記憶している。すなわちあの薬の投与法は患者の訴えによるところが大きいのではないかと思う。ところがこの患者には精神疾患があり、こちらの治療も行っているが、ときとしては判断できないことを言い出すこともある。たとえばきのうの診察時には・・きのうはご主人が言うには・・最近、下痢が続いて布団の中で漏らしてしまうことがあったとのことだが・・・患者である奥さんは「それはビールを飲んだから」と言う。僕が下痢をしているときはビールはよくないからやめましょうと話すと、ご主人が「ビールを飲んだのはきのうじゃなくてずっと前でしょ」と奥さんに言う。ここで気がついたことは具合が悪いと訴えて近くの公立病院に予約なしで患者一人で行った時に、診ないで帰されたのは英語の通訳がいないからではなく、患者の訴えが事実なのかどうか、家族がいないと判断しきれないと専門医が思ったからではないかということだ。ご主人にとっては僕のクリニックであれば通訳として自分が付き添わなくてもいいので利便性は高いのだろうが、きのうのようなこともあり、第三者の情報提供がなければ僕もまちがって把握してしまいそうだ。話は戻るが、すると現状、比較的重症時の対応の際と思えるような量の薬が使われているが、いつのタイミングで薬を減量すればいいのか、判断が極めてむずかしそうだ。だからといってこのまま今の量り薬を使用していくといずれ査定されてしまい、クリニックの経営に悪い影響を与えるのではないかと心配になる。
  • 2016/10/21 9:00
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