AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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201512のエントリ

パキスタン人女性、急な発熱と呼吸器症状、体の異常な痛みで小児科を受診。やはり女医のほうがいいらしい。イスラム教のためかと思った。結果はA型インフルエンザ、タミフルを処方されていた。男の子が3人いるのだが、帰るころになり、そのうちの一人がひどく発熱しているのに気がついた。たぶん母親のインフルエンザが感染したのだろう。まだ発熱して時間が経過していないので、検査をしても陽性には出ないと考えて、こちらはリレンザが処方されていた。ロシア人女性34歳、英語が話せず、やさしい日本語でやりとりするしかなく、てこずったが・・・・お子さんが食欲なくておっぱいを飲んでくれず、数日して軽い発熱とおっぱいに痛みがあるとのこと。触診すると明らかに痛がる。CRPも軽度に上昇、乳腺炎と診断した。ただし発赤など膿がたまっているようすがなく、抗生剤を処方し、冷やすようにと話した。数日前に急性感染性腸炎で診察したアフリカ系アメリカ人の御嬢さん、すっかりよくなっている。よかった。年末年始で医療機関が休みになるのでよくなっていなければどうしようかと悩むところだった。フィリピン人女性47歳、会社の検診で蛋白尿ということで精査となり来院。早朝尿で検査しないと正確なデーターは取れないので、朝一番の尿を持ってくるようにと容器を渡しておいた。なのにやってきたのが午後4時半。これは早朝尿ですか?と尋ねると、起きてすぐの尿ですと答える。朝から8時間以上経過しているが、これでもいいのか?と判断しかねていると・・・「昨日は夜勤で午後4時頃目が覚めた、それで尿を採取した」とのこと。なるほど「早朝」ではないが、「起きてすぐ」という条件は満たしている。今度は僕も言葉遣いに気をつけなくてはと思った。平成27年の診療も今日で終わり。1月は7日木曜から。
  • 2015/12/29 9:00
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潰瘍性大腸炎で長く拝見しているカンボジア人女性、笑顔で診察室に入ってきた。結婚した2人の御嬢さんがいるのだが、上の御嬢さんに1週間前に男のあかちゃんが生まれたそうだ。この御嬢さんを初めてインドシナ難民大和定住促進センターで見たとき、たしか4歳か5歳ぐらいだったと記憶している。あの子もいよいよお母さんになったかとうれしくなった。ベトナム人男性48歳、生活保護になって長い。腰が痛いというので長年いろいろな医療機関を紹介しても、いつも何もないと戻されてしまう。やむをえず、鎮痛剤のみ処方をしてきた。生活保護も長く、勤労意欲はまったくないように思える。何より長く日本にいるのに日本語が上達しない。きっと買い物でも不自由するだろう。おとといの土曜はベトナム人通訳がやってくる日で、彼の順番になると医療機関からの書類を見せてくれた。某病院で強直性脊椎炎と診断したというものだった。それなら長期に腰の痛みが存在するのも理解できる。ただその割に歩くなどの行動がスムースなのはなぜだろう?などとも思った。難病で根治的治療法もないなら僕のところでこのまま鎮痛剤を処方してほしいとのことだった。やはりベトナム人通訳がやってくる日はベトナム人が多い。6人もやってきた。2人は通訳付きで1か月に一回来てくれる管理栄養士の栄養指導を受けていた。いよいよ12月も28日、役所は今日で終わりだが、僕のクリニックは明日まで。
  • 2015/12/28 9:02
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昼前にやってきたブラジル人、同じブラジル人の友達の薬を頼まれて取りに来た。本人はたしか10月に来た時に「12月25日にタイの田舎に行く。いいねえ、タイは。治安もいいし。永住するつもり。」と話していた。そう、彼にはタイのチャイヤプーンという県に住むタイ人の彼女がいる。しかもこの彼女、一昨年ぐらいまでクリニックの近くに住んでいて、患者の一人だった。当時は日本人のだんなさんがいたが、ギャンブル好きらしく、「あきれた」と何度も聞かされたことがある。東日本大震災の直後に一度タイへ戻ったが、その時に別れたらしい。日本語も上手で日本社会への適応能力にも優れていたと思う。2年ほどしてこのあたりに戻り、介護の仕事などしていたが、1年ぐらいでまた姿が見えなくなった・・・と思ったら意外な人物から彼女の消息を知った。この日系ブラジル人の男性だ。彼自身、すごく誠実そうで、僕は好感を持っている。友人が薬を取りにきたということは25日の時点で日本にいるということで、「25日にタイに行く。チケットはもう買った。」という10月の彼の言葉とは矛盾しかねない。どうしたのだろう?と気になったが、昼休みに医師会事務へ行き、帰ろうと車を走らせていると、大きな旅行スーツケースをガラガラ引っ張っている彼の姿を見つけた。渋滞にはまったので窓をあけると彼が気がついてやってきた。「これからタイに行くの?」「そう。」「チャイヤプーン?」「そう。」「気をつけてね、彼女によろしく。」と短い会話の後に手を振って駅に消えて行った。心が少し暖かくなった。
  • 2015/12/26 9:00
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いつも7時20分にはクリニックに来ている。診療開始前に経営上の書類、役所からの郵便物など見て、おかないと次に見ることができるのは夕方になってしまうことがあるからだ。いつものようにそれを行っていると7時半ごろ、電話が鳴った。受話器を取ると聞こえてきたのはネイティブと思われる英語の男性の声。何時から診察しているか、予約したいがどうしたらいいかという質問だった。8時50分にはドアをあけている、予約は必要ないと答えた。9時半ごろになってアフリカ系と思われる米国人の母親と娘さんと思われる人物が現れた。電話をかけてきたのはこの娘さんの兄だそうだ。米国から息子を訪ねてきた母親が数日前からひどい吐き気と下痢、腹痛に襲われて、それでやってきたと娘さんが話してくれた。どうやら急性感染性腸炎のようだが、母親は脱水でイスに座っているのも苦痛なようで、脱水の治療として点滴500ccを2本行うことにした。2本終わるころには母親の状態はずっとよくなった。娘さんの顔にも少し余裕が。来院時、米国にいる主治医にスマホで僕の診断と治療方針を伝え、意見を聞いていた。主治医が二人いるようなややこしいことにならなければいいがと病状、治療方針、食事などについていつもよりさらに念入りに話したことがよかったのか、途中から米国の主治医との連絡を絶ったようだった。昼過ぎにすべてを終えた。彼らの民間保険会社へ治療の内容と費用を書き込んだ書類を渡した。どうして僕のクリニックを知ったのか?と尋ねたら東京の米国大使館からの情報と教えてくれた。息子を訪ねての日本旅行がとんだ結果となり、ご本人には気の毒なことだと思った。
  • 2015/12/25 9:00
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インドシナ難民として日本に受け入れられて30年近くという中国系カンボジア人女性を診察しようと受付から呼んでもらうと、彼女のあとをだれかが入ってきた。よく見ると同じ環境でカナダに移住した男性に嫁いだ彼女の娘さんとその息子だった。日本で大学まで卒業して嫁いで行ったし、それまでことあるごとに僕を訪ねてきたのでよく覚えている。彼女たちは中国系と言っても潮州語を母語とする潮州人で、カンボジア、ラオス、タイの中国系住民のほとんどは彼らだ。ベトナムにも多数居住している。彼らの広い世界観から考えると、一国にいることなどあまり意味がないということなのか、あるいは日本が住みにくい国だということなのか? しばし、昔を懐かしんだ。こういう訪問者はうれしい。12月21日のAMDA国際医療情報センターの相談件数は9件と比較的少なかった。ただそのうち6件が医療機関からの、あるいは医療機関での通訳の依頼だった。それらも首都圏だけではない。無料だからいい加減でいいわけはない。組織内研修を怠らないことがAMDA国際医療情報センターの認知度の上昇と活動内容に対する評価につながったのだろうと嬉しく思う。
  • 2015/12/24 9:00
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フィリピン人女性2名、二人とも年末に一時帰国するということで長期処方を希望。マニラ行の全日空やフィリピン航空が羽田から出たり、成田から2つのLCCがマニラに格安で飛んでいることもあるのか、年末に一時帰国するというフィリピン人が明らかに増えてきた。昼休み、まだ1時前にアフリカ系の女性がやってきた。いつもは午後2時からの診療に備え、1時半になるとドアをあけるのだが、寒そうだったので入れてあげた。待合室のソファーに座り居眠りをしていた。吐き気と腹痛と下痢で典型的な感染性腸炎と診断した。続いてアフリカ系アメリカ人の24歳の女性、初めて来院。やはり吐き気と腹痛と下痢。アメリカでは過敏性腸症候群と診断されていたと自分で話し出した。感染性腸炎と過敏性腸症候群では症状はよく似ている。ただし、発熱があれば後者はありえないし、慢性的に続いているというのであれば前者はありえない。この1週間続いていて初めは37度台後半の発熱があったというので、今回は感染性腸炎と診断した。この彼女、妙に病名に詳しいし、僕に向かって、先生は医者となって何年の経験ですか?と質問してくる。一通り診察を終えてから尋ねてみたら、アメリカでは医学部の学生で1年間、日本で英語の先生をするためにやってきたのだそうだ。タイ人女性53歳、高血圧の患者。1か月近く前の土曜日に突然枯れ枝のようになった日本人の旦那さんを連れてきた。ほとんど意識がないような状態だったのであわててそのまま近くの公立病院に連絡をしたところ、外部から来ていた当直医がいかにも診たくないという感じで対応してきたのでよく覚えている。診察を終えてから、にこにこしている彼女にタイ語で、旦那さん、どうした?と尋ねてみた。すると・・死んじゃったよ、今月の4日、食道がんだったよと笑顔で教えてくれた。今どきの日本で食道がんであんなになるまで病院に行かない人がいるのかとショックを受けた。
  • 2015/12/22 9:00
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19日の土曜日は13人の外国人、土曜日にしてはあまり多くはなかった。ラオス人女性42歳、貧血で処方中だが、採血は次回1月と話した。続いてタイ人女性58歳、高血圧でこのところ、側頭部が痛くて目がまわる時があるとのこと。血圧が上がっていた。どうしても仕事があって来られないからと2か月処方を頼まれてその通りに処方していたのだが・・・こういうときに困る。まだ1か月分あるというのに薬を変えなければならなくなった。医療費の無駄遣いになってしまうし、本人も一部支払うのだから払わなくてもよかったかもしれないお金を支払うことになる。インド人男性35歳、血圧は安定しているのだが、以前あった発作性頻拍症がまた出てきているとのこと。尋ねてみると以前の処方は具合が悪い時だけ内服していたと教えてくれた。そうじゃなくて毎食後に内服してねと話したのに。やむをえず専門医に紹介することにした。アジアの某国の女性、たぶん故国での離婚が成立していないはず。なのに結婚できたと喜んでいた。これって国際的な重婚だろう。たしかに保険証の名前も変わっていた。再度確認しても故国ではやはり離婚できていないとのことだった。本人たちが幸せならそれでいいと言うべきなのかどうか。生まれたばかりのお子さんを嬉しそうに抱きかかえている。故国にいた娘さんを呼び寄せたそうで、彼女も同行してきた。親の都合であっちの国からこっちの国へと連れてこられる子供たちの気持ちはどうなのだろうとつい思ってしまった。
  • 2015/12/21 9:00
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54歳アメリカ人女性、統合失調症と消化器疾患があり、米軍病院でも前者の治療がうまくいかないために後者の把握ができないでいた。市内の銀行に行ったときに大声で受付の女性を叱りつけている人がいて、見たら彼女だった。僕のところにやってきてから半年か1年か、日本の精神科病院で前者の治療に手上げしてくれるところがあり、入院治療した結果、すごくよくなった。少なくとも診察時にどなることもなくなった。拝見してすでに3年近く、昨日は身ぎれいにしてお化粧をしていらっしゃった。ああもともとはこういう人なんだなと思った。ペルー人女性51歳、隣のF市から初めてやってきた。風邪をひいて長いらしい。せきがひどく、胸部レントゲン写真も撮影したが、異常なし。よかった。今年ももう少し、昨日までの内視鏡検査者数は516人、診察をしながらのこの数字は僕にとっては限界に近い。検査施行の間は外来がストップしてしまうからだ。この516人のうち34人が外国人。一般的にいうと初めての人はほぼ100%内視鏡検査に恐怖を覚えている。サイレースでの鎮静下で行わないとまず無理だろう。もう10年ぐらい前、タイ人男性に内視鏡検査を行った。サイレースを1/10に薄めて静脈注射して行ったが、無意識化でも暴れ、内視鏡を噛まれてしまった。その代償はあまりにも大きく、修理に54万円かかってしまった。
  • 2015/12/19 9:00
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フィリピン人女性63歳、「せんせい、きょう2か月分薬いい?」と診察後に一言。クリスマスはフィリピンに帰国してしばらくすごすそうだ。なぜかそれから続々とフィリピン人来院。夕方になり、前回内視鏡検査をすっぽかしたタイ人女性来院。すっぽかしたことについてはもう言わないでおこうと思ったら、「クンモウ(タイ語でお医者さん)、ごめんなさい。検査来なくて。」と言われた。それから目が少し赤くなり、兄弟が死んだのでタイの田舎に帰ったとのこと。たしか先々月、父親が亡くなって帰国したはずだが・・・兄が交通事故で亡くなり、2か月続けて帰国せざるをえなかったそうだ。このあたりで目がうるうるしていた。台湾でもタイでも人が亡くなってから葬儀までずいぶん時間がある。長いと数か月あったりする。彼女は純粋のタイ人だが、珍しくイスラム教徒。「イスラムでしょ、葬儀は次の日にしなくちゃならないから」と話していた。そんな違いがあるのかと聞いていた。ナイジェリア人男性、風邪をひいて来院。ひとしきり風邪の診察をしてからカルテを見ると、ちょうどいつも処方している降圧剤がなくなるころだった。きょうは血圧の薬はいいの?と尋ねると「まだ薬があるからいらない。風邪の薬だけ」と英語で答える。また悪い時だけ内服しているのだなと想像した。ところがカルテを受付にまわした後に、受付から本人がきょうは血圧の薬もほしいと言っていると連絡があった。さっきまだ薬はあるからいらないと言ったよと返すと、あるけど4日分だけなのでほしいと言うことだった。いつものように1か月分処方した。彼は英語も上手、日本語もそれなりに上手なのだが・・どうしてこういう会話になるのか、よくわからない。
  • 2015/12/18 9:00
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平和な火曜日と思っていたら・・午前11時半近くになり、韓国人の御嬢さん来院。具合がきわめて悪そうとのことなので、急いで診察室に入ってもらった。この一家はよく知っているし、彼女も小さいころから知っている。血を大量に吐いたということで、本人も動揺しているようだった。聞けばお酒を大量に飲んだあと、吐き気が強く、吐こうと何度もしているうちに鮮血が出始めた、しばらくして黒色の血も出たとのこと。胃の痛みもあり潰瘍も疑わねばならないが、吐き気があまりに強くて胃の粘膜が縦に切れたとも考えられる。説得してそのまま内視鏡検査を行った。食道内、胃内、十二指腸内をくまなく覗いても大きな病変はなし、出血源もない。ただし旧血の付着が少しあったので消化管の出血はまちがいなくあったのだろう。たぶん粘膜が一時的に切れたのだろうと判断し、粘膜庇護剤を処方した。脱水もあり、吐き気がさらにひどくなっているのだろうと推測し、点滴を施行。しばらくして見に行くとこんこんと寝ていた。午後2時すぎごろに見に行くと、胃の痛みも吐き気もだいぶ落ち着いたようで、不安そうな顔つきも落ち着きを取り戻したようなので帰宅を許可した。大きな問題がなくてよかった。
  • 2015/12/17 9:03
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