AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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201509のエントリ

水曜日が休診日なので9月の診療も今日で終わり。10月のカレンダーをめくったら既に胃がん検診の内視鏡検査の予約で赤字で書き込みがいっぱい。今の時点で緊急以外の予定検査は一番早くて27日の火曜日というありさまになっていた。寒い季節は嫌いだ。小学校の途中までいた北海道の田舎では冬の日、午前10時ごろで氷点下15度ぐらい、こういう日は早朝に届けられた牛乳瓶が割れる音が響いていた。町はずれの自宅から町の真ん中を超えて小学校まで徒歩で30分か40分の距離、寒さと戦いながら通った。
昨日の外国人患者はいつもやってくる方々ばかり。ペルー人が5人、フィリピン人2人、カンボジア人1人、韓国人1人。10時半まで比較的すいていて休み明けの月曜日、特定健診が終わる月末にしては意外と思っていたら・・・・11時ごろ3件目になる緊急内視鏡検査を終えて診察室に戻ったら黒山のような人だかりが待合室に。けっきょく午前の診療が終わったのが30分遅れの12時半。こういうときは外国人も日本人も待っていてくださった方に申し訳なく思う。12時半から日本医事新報社の記事のインタビューを受けた。
  • 2015/9/29 9:00
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26日の土曜日、近くで小学校の運動会があったためか、日本人の受診者はあまり多くなかった。フィリピン人女性の特定健診受診者が二人、出産後の女性がひとり甲状腺機能検査。甲状腺機能亢進症なのだが、妊娠・出産があり、はらはらさせられたが無事に帰って来た。ペルー人男性に特定健診の結果を話した。ある程度日本語がわかっていても医学用語はむずかしい。医師のほうがある程度スペイン語の医学単語について知っていないと理解が得られないだろうとつくづく思った。カンボジア人女性54歳、インドシナ難民大和定住促進センターに彼女が入所した時に健診したのが僕だった。たしかタイ国内のサケオの難民センターから日本政府のインタビューを受けて合法的に受け入れられたカンボジア人難民約1000人のひとりだ。当時のタイ国内にはタイ東部のカンボジア国境にほど近いサケオにカンボジア難民のためのキャンプがあり、東北タイのラオス国境に近いカオイダンの難民キャンプはラオス人難民のためのキャンプだったと記憶している。当時のタイは共産化する隣国カンボジアとラオスに挟まれ、タイ国内でも一部の知識人が共産主義に走り、密林にこもったと聞いている。カンボジアとはタイを追放されたタクシン元首相がカンボジア政府の経済顧問を務めたり、国境にあるプレンベイン寺院の帰属をめぐってタイとカンボジアの国軍がにらみあってときどき発砲事件をおこし、死傷者が出ていて「いい仲」とは言えない。しかし東北タイにもともとからラオ族のタイ人がきわめて多数住んでいることもあり、ラオスとの国境のノンカイ近くのメコン川にはタイとラオスの友好橋や鉄道が走る等、ラオスとは良好な関係が築かれている。当時日本が受け入れたラオスとカンボジアの難民はたがいに1000人を少し超える程度だった。中には日本に定住後、兄弟や親族が暮らしていたオーストラリアやカナダに再び移民として行ってしまった人たちも少なからずいる。どうしても日本になじめず、母国がかたくなな共産主義と決別してから帰国した人もいるらしい。残った難民一世の人たちは苦労して日本で働いてきた。こういう人たちが「来てよかった」と心から思ってくれる日本であってほしい。
  • 2015/9/28 9:00
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大和市の特定健診が9月末で終了のために予約なしの駆け込み受診希望者が多いと書いたが、昨日は診察開始してすぐにフィリピン人男性、ナイジェリア人男性が来院。「食べていないから健診しててほしい」と受診券を持ってやってきた。結局、予約の9人が終わった後に行った。内視鏡検査予定だったパキスタン人女性がまちがって前日に来てしまい、なんとか検査を終えた話は昨日書いたが、これがよかった。もし予定通りに午前中に内視鏡検査を2件やっていたら・・・とても午前の診察が終わらなかったろう。午後になってベトナム人の高校生来院。内服薬で手の震えは治まっているそうで安心した。薬をつぎの1カ月分処方。将来の仕事ごとについて尋ねたらテニスプレイヤーになりたいとのこと、手が震えて試合に負けて悔しくてラケットを放り投げてしまったと聞いたことがあるが、なるほど将来の生きる道と考えていたわけだ。それなら彼にとっての手の震えが重大事項であることがよくわかる。彼の祖母も僕の患者だ。70年代に発生したインドシナでの共産革命で当時暮らしていたカンボジアを逃れて日本に難民として受け入れられてやってきた。中国系というか潮州系のカンボジア人だったはずだ。彼の国籍がベトナムということはもしかしたら彼の祖父が中国系ベトナム人なのかもしれない。彼に「おばあちゃんたち、どうして日本に来たか知っている?」と尋ねたら「働くためでしょ、先生」という言葉が返ってきた。彼はインドシナ難民3世になる。歴史の記憶も遠くなっていくのだと思った。
  • 2015/9/26 9:00
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連休明けの昨日、朝から特定健診を受ける人と定期的にやってくる方、そして新規の患者でごった返した。10時半をすぎて診察の合間に胃がん検診の内視鏡検査を開始。一人目が終わった時に受付から明日25日に内視鏡検査予定のパキスタン人女性が来ていると連絡があった。明日とまちがって来てしまったと話しているという。一時はあまりに混雑しているのでやはり予定通りの明日に来てもらおうと考えたが、2日続けて朝食抜きはかわいそうだし、ご主人といっしょに来ているというので、やむをえず予定の内視鏡検査3件が終わってから行うことで待っていてもらうことで了解をもらった。内視鏡検査を予定していて来ない人はそう珍しいことではないが、1日まちがって早く来るというのは珍しい。静脈注射での麻酔下で挿入、3か月前に見つけた大きな深い十二指腸潰瘍は完全に瘢痕化していた。ただしピロリ菌は1次除菌したものの再び陽性で、2次除菌のための処方を行った。午前の部の終了がほぼ1時。11時ごろ日本語があまり話せないという台湾人の方から胃が痛いのでみてほしいという電話があった。もしかしてこの方がやってきたらどうしようか?と悩んだがやってこなかった。午後から県医師会の会長会で横浜へ。たった半日で休み気分は吹き飛んでしまった。
  • 2015/9/25 9:00
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シルバーウィークの間、バンコクに行って来た。爆発事件から1カ月ぐらいか、街角には警備の兵士や警察官の姿は全くなく、いつものようにレストランは観光客でごった返していた。ただ空港での入国手続きのとき、いつもより並んでいる人が少ないなという気はした。タイも本当に変わったと思う。もちろんタイ国の隅々まで知っているわけではないが・・・アソークのターミナル21というデパートや4か月前ほどにできた隣のプロンポンのエンボリアだったか、デパートのレストラン階に行くと、ランチでも日本円で1500円近いランチブュッフェはタイ人でいっぱい。少し離れたエカマイのショッピングセンターでも同様な光景がみられる。タイの経済は一時のめざましい上昇気流に乗っている状態ではないと言われるのに。BTSと呼ばれる都市鉄道も10年近く前の開通時には短い都心の区間だけで、「ちょっとお金持ち」の乗り物だったが、スークムビット線はとくに東、東から東南方向、バンコクを超えて行政区域では隣のサムットプラカンのベーリンまで続いているが、来年にはさらに9駅開通するらしい。用事があってベーリンの手前のバンナーまで行ったが、電車は完全に通勤列車となっており、すし詰め状態だった。ただ朝、電車の駅で数列でキチンと並んで待っている人々を見ていると電車の開通が新たな文化をつくりあげていることがわかる。友人たちと始めたタイの国立看護大学の学生に対する奨学金制度も10年を迎えた。事情があって授業料の支払いに困っている4人の学生を学校側から選んでもらって、奨学金は直接学生たちに手渡している。今回は大学病院の一角でセレモニーを行っていただいたが、国を超えて同じ医療従事者として彼女たちの将来に期待をしたいと思う。そしてときどき自分たちがピンチの時に手をさしのべてくれた日本人がいたことを思い出してもらえたらそれでいい。
  • 2015/9/24 9:00
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カンボジア人女性48歳、保育園に通うお嬢ちゃんといっしょにやってきた。このお嬢ちゃん、おはようと話しかけると下を向いてしまう。椅子にすわっているときは後ろを向いてしまう。そして母親が診察を終えると手をつないで引っ張るように診察室を出て行こうとする。ちゃんとバイバイしながら。最近、少し太ってきたような気がしてちょっと心配だ。フィリピン人の兄弟のうちの兄の方、65歳。とうとう生活保護になってしまった。きのうの診察時に初めて知った。同じフィリピン人女性と離婚していてこちらも先が心配になってきた。42歳の中国人女性、初診。「胃が痛いらしい」と受付から申し送りがあった。なかなか日本語が上手で、空腹時に痛く、食べるとよくなると言うので十二指腸潰瘍を疑い、処方した。内視鏡検査も勧めた。こちらは電話待ち。ところで気になっていることが一つ。先月から中国人の初診患者が明らかに増えてきた。このあたりは留学生がたくさん住んでいるという地域ではなく、きわめて異例だ。どこかに僕のクリニックの情報が掲載されたにちがいない。毎朝、特定健診受診者が9人~10人。大和市は6月から9月までの4カ月間だけが特定健診受診の期間となっている。毎年、「早く受けてくださいね」と話すのだが、9月も中旬となるとこうなってしまう。
  • 2015/9/19 9:00
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2日前になってしまったが、16日の水曜日、午後からAMDA国際医療情報センターの通訳相談員を務めてくださるみなさんを対象に医学用語の勉強会の講師を務めてきた。医療通訳としてのスキルアップのためには医学用語を修練しておくことが必要だからだ。それがないと医師等医療従事者側が話したことを忠実に訳せない可能性が高いからだ。今回のテーマは僕の専門分野である消化管および消化器疾患であったので引き受けたわけだが、当初は何をどう話そうかと迷っていた。よくよく考えてみたら疾患についていつも患者に説明しているように話せばいいのだと気がつき、特に用意することもせず出かけた。消化管の解剖、そして各臓器の働き、そして疾患について、間にトピックなど織り交ぜながら話した。センターが入っているビルの一室を借りて行ったのだが室内はほぼ満席、いつもは僕の休診日である水曜日担当の通訳相談員としか会うことができないので、こうしてほかの曜日の担当者とも会える機会は僕にとっても貴重だ。1時半から始め、4時半の終了まであっという間だった気がする。最後に日頃、センターの運営の中枢に力を貸してくださる皆さんに敬意を表した。この勉強会、各診療科について今後も行っていく予定だ。このブログを読んでいる医師の方で、こういう診療科についてならぜひ話をしたいと言ってくださる方が現れることを期待したい。
  • 2015/9/18 9:00
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15日火曜の午後、ベトナム人患者の内視鏡検査が予定で入っていて待っていたところ、ラオス人女性55歳がやってきた。病気か?と思ったら特定健診、胃がん検診、肺がん検診、大腸がん検診を受けたいとのこと。ではいつにしようか?と火曜にやってくるタイ人通訳と話していたら・・・昨晩から何も食べていないから全部やってほしいと言いだした。特定健診、がん検診は予約だよと原則論を話したら、にこにこしながら「去年も先生、そう言ったけどやってくれた。だから今年もやってくれると思って来た」と言われた。なんと言っていいのか・・・大和市特定健診の9月末までもう時間がない。たまたまあまり混んではいなかったので、そのまま少し待っていてもらってすべてやってしまった。来年、またにこにこして同じように言われるかしら。そして次がアメリカ人男性、やはり胃、大腸、肺がん検診のこちらは予約だけ。ようやく一仕事終えて待合室をみたらラオス人、ベトナム人、アメリカ人に韓国人が座っていて、フィリピン人通訳がアメリカ人男性と、タイ語通訳がラオス人女性と話していた。そして・・・日本人患者はひとりもいなかった。
  • 2015/9/17 9:00
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タイ人女性53歳、高血圧で内服治療中なのに最後にやってきたのが今年の1月、とっくに薬もなくっているはずだが・・・尋ねると仕事が忙しくて来られなかったとのこと。怒りはしないが、彼女に限らず何度も何度も内服の意義を説明してもこうなる。なんと表現していいのか・・無力感に陥ることもある。開業当初はこういうことがあると、きっとあの患者は僕が嫌いで来なくなったにちがいないと考えたものだが、とくに発展途上国からの患者については「薬を内服した→血圧が下がった→治った→だから医療機関に行く必要はない」と考えているのだということがわかった。比較的お金に追われていることも関係しているかと思っていたが、あるとき、35年来の親友であるタイ人医師に「タイ国内でも同じことだよ、お金持ちでもこういうことはよくある」と言われて、そういうことなのかと理解した。だからこそしつこいほど内服を続けることの意義を話すのだが、効果が見えてこない。一昨日、隣のS市で小児科を開業している友人からフィリピン人の母親がフィリピンからこどもを日本に呼び寄せた、小学校に入ったが(たしか2年生に入ったと聞いたような気がするが)、日本語もわからずいじめにあっている、どうしたらいいだろうと相談された。外国人だろうが日本人だろうがいじめることは決して許されない。自殺してしまう子等の話があれほどテレビで報道されてもなくならない現実を見ると悲しくなる。学校での対策も効果をあげてはいないということになるだろう。とくにいじめられる子が外国人となると家族や本人、日本に対して屈折した気持ちを持つようになるのではないかと心配になった。
  • 2015/9/15 9:02
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さすがに土曜日は外国人の患者が多い。12日も17人がやってきた。ベトナム人の通訳がやってくる日だったのでやはりベトナム人がいつもより多く、4人。糖尿病の奥様と前立腺肥大のご主人、いつもと変わりなくよかった。このご主人、2年前の冬、風邪もひいているのでいっしょに診てほしいと言われ、服を脱いでもらって胸に聴診器をあてようとしたらその胸に皮膚の発赤とひきつれがあった。引っ掻いたからとおっしゃるのだが、そんな一次的なこととは思えず、近くの公立病院の皮膚科に診てもらったところ、皮膚がんの一種だった。手術を終えて今は元気。あのとき、ただ単に症状を聞いて薬を処方するだけにしていたら見つからなかったろう。やはり必ず目でお体を確認することも必要と思う。ペルー人男性48歳、突然やってきて特定健診をしてほしいとのこと、朝のうちはさほど混んではいなかったので受けた。同じくペルー人女性の新患46歳、咳がひどくて隣のF市からやってきた。この程度なら僕のクリニックまでわざわざやってこなくてもいいと思い、どうしてここまで来たのか?と尋ねると、外国人をあまり診ていないところには行きたくないと言われた。そういう気持ちになってしまう、いやさせてしまう日本の医療機関に問題があるのだろう。もうすぐ秋分の日、もう秋。
  • 2015/9/14 9:00
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