AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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201503のエントリ

14日の土曜日、朝8時50分にクリニックのシャッターをあけてから受付終了30分前の12時半まで「トイレに行く間もないほど」忙しかった。ベトナム人の通訳が前回来てくれてからまだ2週間しか経過していないためか、ベトナム人の常連の患者はだれもいなかったが・・・10時頃に30歳のベトナム人男性が初診で来院。9歳で日本にやってきたそうだが、ベトナムにいるころ、何度かおなかが痛くなり「盲腸」と言われて手術を受けた。その後、手術が下手だったのか、腸が腐って膿がたまり、また大きく手術をして腸を切断して人工の腸でつなげたとのことだった。何が何なのかわからず、まずはおなかを見せてもらうことにした。たしかにいわゆる盲腸の手術をしたと思われる右下腹部斜切開創があった。さらに腹部正中切開創があったが、上腹部から下腹部まで大きな傷だった。さらにさらに・・・左下腹部に4センチ程度の傷があった。ここから考えられることは・・・まず虫垂切除をした。腹部正中切開の手術まで最初の手術から4ヶ月ぐらいというので感染症をおこして手術をしたにしては間があきすぎている。すると考えられるのは癒着性腸閉塞いわゆるイレウスだ。痛みに強弱があったということからも考えやすい。そしてすでに一部腸管が壊死をおこしていたので切除したのだろう。人工の腸管で腸をつないだというのはまちがいだと思う。そして左の4センチの腹部創はドレナージの管を入れていたにちがいない。そう考えるとこれって日本でもよくある・・・いやありえる話だ。最初にいわゆる盲腸などの小さな手術をする。それが原因で小腸がその腹部の傷に癒着してしまい、癒着性イレウスをおこしてしまう。このイレウスというのは一度よくなっても何度もおこす可能性がある。そして最悪の場合は癒着剥離の手術やすでに腸管に壊死をおこしている場合はプラス腸管切除の手術をいっしょに行わねばならない。だからたとえいわゆる盲腸のような手術であっても「手術でも内服治療でもよくなるという状況なら」治療法として手術を選択してはいけないのだ。こういうことは外科医ならだれでも知っている。ここまでよく説明してあげたら患者の顔がぱっと顔が明るくなった。今まで自分の手術のことがわからなくて不安になったりもやもやしていたそうだ。とりあえずイレウスの予防ということで保険適応となっている大健中湯を処方した。ところでどうして僕のところにやってきたのかと尋ねたら、父親から行けと言われたと言う。父親の名前を聞いてみたら、この20年ぐらい、調子が悪いとときどきやってくるよく知っている名前だった。
  • 2015/3/16 9:04
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アメリカ人男性40歳、先週からの高血圧のコントロールがいまいちうまくいかない。降圧剤を変更した。さらに彼にはいろいろと抱える疾患があって・・・とくに椎間板ヘルニアは相当にひどく、杖をついて歩行している状態。以前に川崎市内の病院でリリカを処方されていたのだが、鎮痛効果が足りないとのこと。整形外科は専門外で、とくにこのようにひどくなると鎮痛剤の選択だけでもすでに僕の手に負えない。「ニューヨークに住む妹が主治医に尋ねて、こういう鎮痛剤を使ったらいいと言われた」とメモ書きを見せてくれた。それをインターネットで調べると書いてあった3種類の薬はいずれも日本では発売になってはいない。やむをえず近くの整形外科の専門医に電話して相談。ある薬を処方して様子をみるようにとの指示をもらい、そのようにした。ただ今回の処方で鎮痛効果が足りなければ、これはいくら英語で診療ができるといっても、専門医に診てもらうべきと考え、そのように話をした。さらに睡眠剤と精神安定剤の処方が半端ではない。ストレスが多くて寝られないとのことだが、はじめはあまりの多さに「これでは日中も眠くなってしまうだろう」と持ちかけてみたが、すでに今までそれだけの種類を内服しているとのことでがんばる。自分の仕事はこういう仕事でステレスが多いと言う。たしかにストレスの相当に多そうな仕事ではあるが・・・またまた「ニューヨークに住む妹が主治医に相談したのだが、こういう薬を内服したらいいのではないか?」と見せてくれたのは2つの種類の薬。それはいずれも日本でも発売になっている薬なのだが、内服量が多い。この患者に悪気はないのはよくわかっているが、こういう母国の医師の指示をなにかにつけて前面に出す患者は非常にやりにくい。日本人の医師にとって診察時間も長くなり、もっとも「面倒くさい」タイプの患者だろう。今後、彼とうまくいけばいいがと願う。
  • 2015/3/14 9:00
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相模原市からやってきたペルー人の女性とその姉、10カ月のあかちゃんにピアスをしてほしいとやってきた。いつものように行うのだが、いつものように母親は診察室のすぐ外側であかちゃんの泣き声に涙ぐんでいてやりにくかった。ピアスを開けることはもちろん日本の公的保険の適応外、すなわち保険外診療となり、通常の保険診療の点数を10割で保険外診療として請求してもけっこうな値段になってしまう。というわけで「適当な」価格に設定していることが、もしかしたら患者を呼び寄せているのかもしれない。
昨日の昼休みに受付とレセプト業務を担当する事務職員にハローワークから応募してきた人の面接を行った。ハローワークの担当者から、今は国籍は日本ですが、もともと香港の方ですと電話で話した際に告げられていたので、興味しんしんで待っていた。物腰も柔らかく、常識もあり、なにより明るい人だった。いろいろと質問させてもらっているうちに、もしかして以前にクリニックで診察したことがある人ではないかという気がしてきた。たしか20年ほど前か15年ほど前か、香港出身の女性を何度か診察したことがある。女のお子さんがいて小児科にも来ていた。たしか日本人のご主人と香港に行くのでと最後に伺った気がする。その人だった。ほんとにびっくり。そのお嬢さんももう大学生で就職活動だそうだ。肝心の医療事務の勉強も終わり、実務業務経験もあったので即採用とさせてもらった。これで小林国際クリニックの英語担当は午前4人午後3人体制、おまけに広東語もokとなった。いっしょに働くのが待ち遠しい。
  • 2015/3/13 9:00
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アメリカ人男性80歳、近くに住んでいらっしゃって奥様は日本人のようだが、まったく日本語が話せない。今まで米軍病院で高血圧、糖尿病、高脂血症で処方を受けていたのだが、もう通いきれないというので来院。聞くと血液検査は半年に1回だったとのこと。これって彼の加入している民間保険の関係なのだろうか? アスピリンも内服していらっしゃったので、どうして内服しているのか尋ねたが、全くわからないとのことだった。案の定、降圧剤2種類のうち、1種類は日本の公的保険で定められている使用量から逸脱して倍量使われていた。次回に彼がいま加入している日本の後期高齢者医療保険ではこういう処方の仕方はできないということを説明しなければならない。この説明の時にはコツみたいなものがあって、学問的にできないというと納得してくれない。米軍病院でそう処方されていたのだから。これは日本の公的保険を使う際の法的ルールであると話すと理解してくれるだろう。3月10日のAMDA国際医療情報センターに寄せられた相談は15件、そして診察中の通訳依頼に関するものが7件。電話通訳は日本の医療機関側が了承してくれないとできないので、少しずつ認知されつつあると評価していいだろう。
最近はひとつずつしか原稿が書けない。40代と50代の初めのころは月に4つの原稿を並行して書いていたこともあったが。1月に監修した本が出版され、2月28日に届いた日本医事新報からの依頼原稿はその日のうちに書きあげ、3月はじめに著書がぱーそん書房から出版され、3月9日の神奈川新聞に投書が掲載され、ようやく小林国際クリニック25周年の歩みを神奈川県医師会報に投稿すべく原稿を書く気になった。なにしろ1月16日で25周年を迎えたので、あまり時間が経過すると間が抜けてしまう。きのう水曜日は休診日だったので朝の6時から書き始めた。9時になって県医師会の担当者に電話して次の編集会議はいつかと尋ねたところ「あしたです」という返事。これを逃がすと1カ月また遅くなる。それから4時間書き続け、約7000字の原稿を即日しあげて夕方には担当者にメールで送った。まだまだ元気ということか。
  • 2015/3/12 9:05
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タイ人女性26歳、HIV検査と風邪症状でやってきた。しばらくタイ語の会話を楽しみながらまずはHIV検査、そして待っている間に風邪症状の診察。やさしいタイ語で話してくれるせいかわかりやすい。途中であれっ?と思う表現があったが、なるほど、こういうときはこういう表現をするんだと勉強になる。そういえば日本語には「頭が痛い」という表現があって、これは本当に頭が痛いという意味となにかで困っていて「頭が痛い」という意味と二つ意味がある。実は「頭が痛い」という日本語をタイ語に翻訳した「プアット ホア」、「プアット」は「内部、内側が痛い」という意味で「ホア」は「頭」のことだが、この「プアット ホア」にも日本語の「頭が痛い」と全く同じ2つの意味、すなわち「本当に頭が痛い」と「なにかで困っている」の意味があるとわかった。こういうことが「おもしろい」と感じる僕はマニアックな人間なのだろうか? そういえばタイ語には「痛い」というもう一つ別の言葉がある。「チェップ」という単語で、これは外側が痛いときに使うらしい。すなわち「チェップ ホア」と言えば「頭の表面が痛い」となるらしい。カンボジア語では「痛いですか?」と尋ねる場合、「チューテーアチューテー」と言うが、この「チュー」に該当するのがタイ語の「チェップ」ではないかと想像している。そういえば年末年始にバンコクに行った時、エアポートリンクという空港と都心部をつなぐ電車の中で、大声でずっと電話で話し続けていた男がいた。あまり大きな声で話しているので全部話が聞こえてしまうのだが、タイ語じゃない、何語だろうと耳を澄ませていたら、カンボジア語の特徴である発音が聞こえてくる。30年もカンボジア人患者を診ていると意味はわからなくてもカンボジア語かどうかはすぐにわかる。でもタイ語の単語も聞こえてくる。たぶん南イサーンと呼ばれる東北タイ南部のブリラム、スリン、シーサケットなどカンボジア国境に近いところの出身者なのだろうなどと考えてしまった。
  • 2015/3/10 0:00
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7日の土曜日は外国人患者も10時すぎてからちらほらとやってきたが・・・11時をすぎると外国人患者のカルテがいっぱい並ぶようになった。カンボジア人女性75歳、しばらくやってこなかったが、元気そうで安心した。少し太ったような気がする。フィリピン人男性63歳。診察の帰り際に「サロンパスが欲しい」と言いだした。これは本当に「サロンパス」が欲しいのではなく、湿布が欲しいということだ。南米の人も同じ。きっとサロンパスも味の素同様、海外で売りまくったのだろうか? 調味料の代名詞が味の素だとすると、湿布の代名詞がサロンパスということになるのだろう。初診のアメリカ人25歳のお譲さん、隣接する市からやってきた。数ヶ月前から腹痛と軟便。どうやら過敏性腸症候群らしい。こういう疾患は検査をすればわかるというものではなく、検査はほかの疾患を否定するための検査ということになるが、年齢から考えてがんという可能性は極めて低いので、まずは内服薬の処方で様子を診させてもらうことにした。
とうとう自分の書いた本と対面した。なんだかいとおしい。たくさんの人にかわいがってもらえますように。
  • 2015/3/9 9:00
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昨日、夕方、僕の外国人医療の本を出版してくださるパーソン書房の方から電話があった。今、印刷ができあがったということで、9日の月曜の朝にクリニックに寄ってくださり、まず10冊を直接届けてくださるとのことだった。本を書くにはかなりの、いや非常に労力を要する。最初にみだしをいくつか考え、その下に各々小みだしを5から10個ぐらい考える。そして一つの小見出しが400字とすると一つの見出しの文字数がおよそ検討がつき、すると本全体の文字数がおよそ把握できる。そして書くにあたり、適切な文献、あるいは資料を探さねばならないし、場合によっては表やグラフの作成を考えねばならない。僕も最初の本を書く際にはこういうことが全くわからずに四苦八苦して「書かなければ」という気持ちだけが先行していた。その時に出版社の担当だった方が、上記のような「本の書き方」を教えてくださった。今は(株)○○ドームに勤務している息子と横浜市の某巨大病院の神経内科に勤務する娘が中学受験のために塾に通っていたころで、彼らの勉強をみていると眠くなってしまい、11時ごろから2時ごろまで眠り、その後4時ぐらいまで原稿を書き、また寝て朝、クリニックで仕事をするというような生活をしていた。それだけに本ができあがったときはいとおしくて嬉しかった。あのころは40台の半ばでエネルギーがほとばしり出ていたと思う。今、20年を経て65歳と半年できっと人生最後になるであろう本ができあがってくる。まだ僕にもエネルギーが残っているのかな? 僕に本の書き方を教えてくれたその担当者はその後、独立して関西で医学関係の出版社の社長をなさっている。不思議なもので、新しい本ができあがるというこの時期、おととい、彼から4年ぶりか5年ぶりに電話があった。外国人の受け入れについて僕のクリニックにやってきて取材をしたい、今回は撮影もしたいとのことだった。快諾したが、人生の出会いってなにか運命の糸みたいものがやっぱりあるのだろうか?
  • 2015/3/7 9:00
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先週の金曜日だったか、ニュージーランドで医師として働いているという若い女性から電話があった。ホームページを見て僕のクリニックを見学したいとのことであった。全くのネィティブの日本語であったので、高校ぐらいまでは日本で育った日本人だろうと想像した。5日木曜日に来たいとのことであったが、外国人患者はいつ何人来ると決まっているものではない。土曜日は例外なく外国人患者が多いのでと水を向けてみたが、都合が悪いとのことだった。昨日、現れたのは僕のこどもたちと同世代の若いお嬢さんだった。やはり高校までは日本で卒業したとのことで、よほど英語力があったのだろう。昨日は幸いというべきか、外国人の患者が僕のほうも小児科も多かった。アメリカ人の新患がひとりやってきたので、いよいよ英語を話さなければならないか、いやだなと思いながら話し始めると相手の英語もわかりやすく、なんとか診察が終わった。その後、フィリピン人の花粉症の患者、風邪ひきなど診たが、午前の終わりに彼女に「先生、英語お上手ですね」と言われた。明らかなお世辞だろうと思うが、ちょっとほっとした。それにしても日本人の若人にもこういう人が現れたかと思うと心強い。活躍の場はもう「世界」なのだろう。
午後になって看護師の一人が英語の健診をしたいと言う人から電話ですと言う。なんだかたどたどしい日本語だけど、どうしましょう?と尋ねるので、どんな検査が必要なのか、ファックスで送ってもらいなさいと話した。するとしばらくして看護師が「先生、アメリカから電話でした。今は夜中なのであした送ると言っています」と言う。これには驚いた。しかし直後にファックスが送られてきた。英文を読んでみるとアメリカの退役軍人の保険?を扱っている会社からで、最近、引退した後の余生を日本で送る人が多く、そのために日本の各地に英語で診察して、彼らが求める検査をしてくれる医療機関を探しているとのことであった。現状では僕のクリニックは忙しくてとてもじゃないが、引き受けられそうもない。今日の朝、電話で問い合わせが来るので断ろうと思う。
  • 2015/3/6 9:06
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ペルー人女性46歳、高血圧でフォロー中。いつもの診察のほかに右のおなかが痛いという。確かに軽く押すと痛がる。発熱はまったくなし。超音波では胆嚢の中に明らかな石はない。半年近く採血を行っていなくて、今回は高血圧関係の項目の採血のために空腹で来てくれたのだが・・・痛みに関して近くの公立病院の消化器科を紹介した。行けばそちらでも採血されるだろうと思い、採血を断念したのだが・・・きょうは都合が悪い、明日行くと言いだしたので、それではきょう採血しよう、きっとその公立病院で行う採血と項目がちがうはずと思い返し、本人に採血させてほしいと話したが、「2日続けて痛いのはいやだ」と拒否された。非常に採血しにくい血管なのでそういう気持ちにもなるのだろうとあきらめた。カンボジア人女性75歳、横浜市内からやってくるが、娘さんが薬だけ取りにやってきたってきた。膝と腰が痛くて遠くまで歩けないそうだ。段々とこういう風になってくる。インドシナ難民として日本にやってきた・・・正確に言うとタイはじめ周辺各国のインドシナ難民キャンプで日本政府のインタビューを受けて、日本に住む意思が高いことを確認の上で、日本政府に受け入れられた人々である。中には日本に定住後、親族がすでに先に定住しているカナダや米国、オーストラリアへ出国していった人々、そして母国の政情が落ち着いた後、母国に戻って行った人もいる。僕が診察していた人の中にもオーストラリアに行った人、ラオスに帰っていったおばあちゃまなどがいた。しかし残りの人たちは日本にいまだに住んでいる。こういう人たちが高齢になり、介護が必要になったとき、母国語で対応してあげなければ彼らには理解ができないだろう。受け入れたからには「その先」まで考えてあげなくてはいけないのだが、このあたり日本政府はどう考えているのだろう。
  • 2015/3/5 9:05
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28日の土曜日、診療時間中にラオス人患者から電話が入った。自分の友人のラオス人2名が胃が具合悪くて内視鏡の検査を受けたいと言っている、自分が付いていくので2日の月曜日にお願いしたいとのことだった。たしかこの患者は平塚市のY団地に住んでいると記憶していた。すると友人というラオス人2名も平塚市の同じ団地からやってくるにちがいない。この団地はラオス人難民出身者が少なからず住んでいるはずなので。朝の早い時間にそれも約束の時間の少し前に2人のラオス人が現れた。あれ、3人のはずでは・・・と思ったが、1人は検査が怖くなって「まだ覚悟ができていないので」見合わせたそうだ。きのうはすでに日本人患者の内視鏡検査が1件入っていたので、こちらも助かったのだが。内視鏡検査の前に診察すると、具合が悪いと指差すところは胃ではなさそうであった。このことを本人に話したが、覚悟してやってきたし、今まで胃の検査を受けたことがないので行ってほしいとのことだった。内視鏡検査の直前、そういえばずいぶん前、開業当初に同じ団地からやってきていた2人のラオス人女性のことを思い出した。こちらの近くに住んでいたが、その平塚市内の団地に引っ越していったのだ。2人のうちの一人の名前を覚えていたので、「ワ○○ンさん、知ってる?」と尋ねると、患者の顔がぱっと明るくなった。「毎日、会社いっしょに行くよ、先生」と。ああ、彼女も元気で暮らしていたのだなとうれしくなった。胃の内視鏡検査は無事終了、何事もなかったが、ピロリ菌が陽性で、除菌療法を処方した。ここまでの彼女たちとの会話は60%日本語、35%タイ語、そして5%がラオス語に近いタイのイサーン語。タイ語とラオス語は親戚間のような関係なのでタイ語でも十分に通じる。世間話などは日本語でも十分だが、検査結果の説明ともなるとやはり日本語では理解できないようだ。下手なタイ語で説明するとようやく「理解できた」という顔つきになる。
  • 2015/3/3 9:00
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