AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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201502のエントリ

気のいいナイジェリア人男性46歳。フィリピン人の奥さんに付き添われてやってきた。「ペン アライ カップ ? ナムター ライ タンマイ カップ ?」とタイ語でからかってみた。大きな目をクリクリさせて「せんせい、どうしたの? わからない?」と言う。タイ語で「どうしました? どうして涙が出るのですか?」という意味で、要するにいわゆる花粉症の症状でやってきたわけだ。ちなみに花粉症という病名は医学的には存在せず、レセプトに花粉症と書くと査定されかねない。正式にはアレルギー性鼻炎、そして目にもかゆみなど症状があればアレルギー性結膜炎と書かねばならない。
監修を依頼されていた2冊の本が1月に出版され、この監修には相当な労力、体力がかかった。そして続いて自分の著書を書きあげ、もう2週間程度で出版されるだろう。この2つが終わったら神奈川県医師会報のメヂカル レポートに「小林国際クリニック25周年」について書くつもりでいた。さてそろそろと思っていたら、神奈川県が地域医療再生基金を補助金として使って作り上げてきた県央地区の心筋梗塞と脳卒中の24時間365日の輪番体制に平成28年度から県が補助金を一切出さなくなると聞き、神奈川新聞の「自由の声」に投書しようと決意。3日前に書きあげて投書したら昨日になって担当の方から採用するので3月5日、6日、7日のいずれかに掲載しますと電話があった。こういうことは広く県民に知ってもらいたい。さてそれでいよいよ医師会報に書こうかと資料をそろえたりしていたら、今日の朝になって日本医事新報社から600字を少し超える原稿の依頼が来ていることを発見。なんだか相撲の立ち会いで一気に出て行こうとしたらけたぐりをされたよう。せっかくこの土日で県医師会報への投稿原稿を書き上げてしまおうと思ったのに・・・まずは医事新報の原稿を書き上げて送ってしまおうと思う。一つずつしか仕事ができない、不器用なのである。
  • 2015/2/28 9:00
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きのうはフィリピン人女性64歳、胃の具合が悪くて内視鏡検査。日本に住んで長いせいか、外国人を診察しているという感覚にならない。検査もすぐに終わり、心配していたがんも潰瘍もないことを告げるとぱっと顔が明るくなって帰って行った。カンボジア人男性58歳、それでもずいぶんと日本語が上手になった。最近は指示通りに降圧剤を内服していてくれる。ほかにフィリピン人の風邪ひきの患者が3名。午後から県医師会の会長会へ。会長会が終わり、医師連盟の会議が終わり、さらに相模医師会連合の話し合いが終わり、外に出たらもう7時近く。1カ月に1回とはいえ、患者の診察をせずに本来の診療時間中に会議に出席することにいまだに抵抗感を感じる。
外国人ではなく日本人の患者のことだが・・・午前の終わりごろ、80歳の男性が娘さんに付き添われてやってきた。胃の具合が悪いので内視鏡検査をしてほしいという近くの先生からの依頼だった。すべての話を終えて、お帰りになるときに娘さんがこうおっしゃった。「先生、もう26年前に私の母の胃がんの手術を先生にしていただきました。きょう、紹介された時にすぐに先生と気がつきました」と。驚いて昔の手帳を取り出した。そこには大和市立病院外科に勤務中に入院なさった胃疾患の患者の名前と日付が入っている。平成元年を見ると、たしかにおっしゃったとおりお母様の名前と手術方法が書いてあった。地域の中で医療を行うとはこういうことだ。なんだかうれしくなった。
  • 2015/2/27 9:00
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韓国人男性25歳、診察を終えて処方箋を書いていると「あのーせんせい」と言いだした。「きょうはおくすり、2ヶ月分もらっていいですか?」と続ける。別に2ヶ月分処方することは違法ではないが、今まで1カ月に1回程度の診察だったので、「えっ、どうして?」と尋ねると小さな声だったが、僕にははっきり聞こえた「兵役にいくんです」。顔が紅潮してていた。彼は僕のクリニックの外国人患者としては珍しい留学生で、いくつかの医療機関を経て、僕のところにやってきたのが3年前。典型的な過敏性腸症候群と少々心配症だった。いずれ帰国したら兵役に行かなければならないという話は以前にも聞いていたが、とうとうその時がやってきたようだ。背はひょろりと高いがやせ気味でどう見ても体を鍛えているとは思えない彼が軍隊に行くとどういうことになるのだろう。いろいろと考えこんでしまった。ありがとうございました、お世話になりましたと診察室を出て行く時に呼びとめて、元気でねと思わず抱きしめてしまった。僕の娘と2歳しかちがわない、この男性が兵役に行く。兵役のない日本を、兵役に行く必要のない日本の若者を彼はどう見ていることだろう?
  • 2015/2/26 9:04
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ひさしぶりにAMDA国際医療情報センター東京に寄せられた相談から書きたいと思う。きのうの日誌のケース。首都圏のある病院から出産を控えたフィリピン人の妊婦を言葉の通じるほかの病院に転院してもらいたいので、情報が欲しいというものだった。こういうケース、現在の病院の悩みがわからないわけではないが、ご主人が日本人ということは経済的にも大きな問題なく、日本語もまったくわからないというわけではないだろう。この病院の存在する地域には通訳派遣のシステムもある。ただこの通訳派遣システムは医療機関が限られており、この病院がその派遣の対象となっているかどうか、すなわち利用可能であるか否かは定かではないが。しかしAMDA国際医療情報センターの電話通訳を利用するという手段もある。私たちのセンターではたしかに外国人患者に困っている医療機関の手助けもしているが、それはその医療機関において「よりよく外国人患者が診てもらえるように」「医療機関が外国人患者によりよい医療ができるように」という手助けであって、専門性などの医学的理由を除けば、いかなる理由であっても「診たくないのでほかに転院させたい」という後ろ向きとも思える姿勢に対する手助けではない。少し医療機関には厳しい言い方をしていることは承知で、こう思う僕は「少し変わった医者」だろうか。
  • 2015/2/24 9:07
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 タイ人41歳女性、ほとんど日本語が理解できない。それでも日本人と結婚している。だんなさんはタイ語ができないそうで、いったいどういう夫婦生活をしているのだろう? 高血圧の降圧剤がすでに内服し終っているはずで、やはり160/90と高かった。理解力も高くなく、精神的にも鬱っぽいところがあり、残念ながらこの日本社会に適応して暮らしていくのは難しいだろうと言わざるをえない。同じタイ人でも55歳男性の方の場合は降圧剤も指示通りに内服してくれるし、日本語も上手。清掃業についているらしいが、あれなら日本社会には十分に適応できるだろうし、すでに適応している。
 駐車場の隣のこのあたりの地主さんの敷地内の梅が満開。昨日の深夜からきょうの明け方にかけての激しい雨。春はそこまで来ている。朝の明るさがうれしい季節になりつつある。一ヵ月後の今頃はそろそろ桜が開くころ。
  • 2015/2/23 9:06
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先日、腹痛で母親に付き添われてやってきたカンボジア人のお嬢さんについて、通学している学校の外国人担当の相談員の方から連絡があった。もともと、この方の紹介で僕のところにやってきたのだ。この方とは30年近くのおつきあいで、よく知っている方なので、お嬢さんのためにもと簡単に僕の診断を伝えておいた。本来、病気の内容は個人のプライバシィーなので他人には教えてはならないというのが大原則なのだが、こういうケースは支援者にきちんとしたことを伝えておかないといけない。支援がまちがった方向に進んで行ってしまう可能性があるのでやむをえないと僕は思っている。保健担当の先生が非常に心配しているとのことだったので、いずれ話し合わねばならないだろう。医師の仕事は診察室で行うものと思っていると大きなまちがいと思う。診察室での診察も大切だが、病の背景、すなわち家庭や生活状況、環境などを確認し、患者をより深く理解しようという姿勢で臨まないと身落とすものがある気がする。そう言っても患者自身が協力してくれないと・・私の中に入ってくるなとシャットアウトされてしまうと何もできなくなってしまう。そうならぬよう、心のドアを開いてもらうためにこちらの想いをドアの入り口に届けることが大切だ。こういうことって患者が外国人であっても日本人であっても同じだと思う。
  • 2015/2/21 9:00
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 フィリピン人34歳女性、りっぱな花粉症。この時期になるとフィリピン人、タイ人、カンボジア人、ベトナム人、ペルー人と花粉症が多くなる。故国では経験がないそうだ。日本にもこんないやな時期があると思い知るそうだ。そういう僕も4年ほど前から薬を使わなくてはいられないほどの花粉症になってきた。今年はまだだいじょうぶ。
 僕の本を出版してくださるパーソン書房から最終原稿のさらに最終チェック終了のお知らせがメールで入って来た。ほっと一息。「これで印刷に回します」ということだったので、3月上旬の発売はいよいよ決定。最初に外国人医療の本を書いたのが1993年、それから22年、6冊目の本を書きあげた。外国人医療は僕にとってライフワークになっていると思う。外科医として訓練を始めた1974年にはこんなことになるとは思いもしなかった。
 先日、個人的にもよく知っている方に最後まで診てね、先生と言われた。私の最後を看取ってねということだと理解した。医師としては信用されているということで嬉しいかぎりだが、逆に考えると僕自身の人生はどうなるのかなと思う。高校の部活の仲間や小中学校の同級生などと会うと、みな定年、それぞれに人生を楽しんでいる。たしかに開業医は定年がないが、「もう医師としては務まりません」というときまで働いたら、僕には自分の人生を楽しむ時間は残されていないだろう。医師という仕事は好きだが、そういう人生を歩んでそれでいいのだろうかと自問自答する。
  • 2015/2/20 9:00
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 17日の火曜日、フィリピン語の通訳が帰宅した午後になってフィリピン人の女性が腹痛と下痢で来院。彼女といっしょにあかちゃんを連れた家族らしいフィリピン人が何人か入ってきたので、受付でよくよく話を聞いたところ、患者は彼女ひとりで残りの4人は「付き添い」だった。こういうことってフィリピン人ではよくある。で、いっしょに入って来た男性はペルー人風なので、尋ねてみたらやはりペルー人だった。彼女の旦那さんの妹のだんなだということで、なんだか話がややこしい。英語で患者に話そうとしたら、「英語より日本語のほうがいい」とのこと。スペイン語と日本語のちゃんぽんでの診察で、患者はフィリピン人というわけのわからない状態で診察を進めた。わかったことは少し状態がよくなった前日にラーメンを汁まで食べて飲んだ、その直後から吐き気と腹痛がひどくなったということだった。感染性腸炎のときの食事療法がまったくできていないためにひどくなったのだろうと考えて内服薬と食事療法の話をした。
 最近、AMDA国際医療情報センターに寄せられる外国人からの相談、そして外国人に関する相談、こちらもややこしい話が多い。海外から「今度日本に行くので・・」という相談もある。AMDA国際医療情報センターの情報をどこで仕入れたのか、不思議でもある。いずれにしてもその場ですぐに返答できない質問も多い。同センターの事務職員、通訳相談員の皆さんの苦労はいかばかりかと思う。心からご苦労様。
  • 2015/2/19 9:05
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朝、シャッターをあけたら待っていてくれたのはドイツ人と日本人のご夫婦。その後もペルー人、フィリピン人のご夫婦、カンボジア人と日本人のご夫婦、アメリカ人の女性と続き、午前中は外国人がいっぱい状態だった。ペルー人の女性、以前に十二指腸潰瘍の既往があり、先週だったか、やってきてくれた時には食事をした後だったので、後日、一度内視鏡検査をしましょうねと話したのだが・・・その後、予約の電話もなく、突然やってきて案の定、「きょう、せんせい、朝ごはん食べていないから・・」と始った。たまたま朝早くはあまり混んでいなかったので、内視鏡検査の予約が入っている10時までに終えられるだろうと求めに応じて行った。こういう臨機応変なところが小さなクリニックのいいところだが、臨機応変ばかり続くと疲れる。けっきょくは胃のびらんだけでよかった。カンボジア人の女性、ご本人はC型肝炎抗体が陽性と出産時に言われたというのだが・・たしかに母子手帳にもそう書いてあったが・・念のためにご主人の血液検査を行ったらB型肝炎のS抗原が陽性で、C型肝炎抗体は陰性。なんだかややこしいことになってしまった。万が一、医師が記載間違いした可能性だって捨てきれない。二人とも採血、女性はC型肝炎の抗体検査とHB-s抗原および抗体を検査、ご主人はC型肝炎の抗体とHB-e抗原の検査を行った。幼いお子さんに何を検査すべきかは結果を見て考えようと思う。この女性、たまたまタイ語が堪能なので、僕の初級タイ語と日本語で説明した。
  • 2015/2/17 9:03
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14日の土曜日、朝から外国人患者のカルテが並んだ。順番にタイ人、ベトナム人、フィリピン人、フィリピン人、タイ人、ペルー人、ペルー人、フィリピン人、メキシコ人、メキシコ人、ペルー人、そして小児科がペルー人、ラオス人、ブラジル人、パキスタン人、バキスタン人、ベトナム人、アルゼンチン人。9カ国、21人。先日、別のことでやってきたけど採血でS-GPTがやや高値で肝炎検査をしていたフィリピン人ふたりはふたりともA型肝炎抗体が陽性だった。過去にA型肝炎に罹患し、知らないうちに抗体が産生される状態になったのだろうが、S-GPTは正常範囲内には戻らずにいるのだろう。こういうケース、東南アジアやペルーの人に多い印象だが、日本人はどうなのだろう?7日の土曜日に腎う炎と診断したが、翌日から雪まつりを見るために札幌に行くと話していたメキシコ人女性、やってきてくれた。幸いにも経口の抗生剤がよく効いたようで発熱もすぐに収まり、血液検査の結果、白血球数もCRPも正常範囲に収まっていた。その彼女に連れられていっしょに研修を受けているというメキシコ人女性がやってきた。腰の打撲。近くの某大手自動車会社に研修に来ているそうだ。そういえば数ヶ月前に同じ会社から日本人社員に連れられてドイツ人男性がやってきたことを思い出した。メキシコ人女性が言うには僕はその会社では「有名」なのだそうだ。
11月からがんばってきた外国人医療に関する僕の6冊目の本、出版してくださるパーソン書房から表紙のデザインが送られてきた。大満足。3月上旬に発売になるのだそうだ。うれしい。たくさん売れますように。じゃなかった、たくさんの人の役に立ちますように。
  • 2015/2/16 9:05
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