AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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理事長 Dr.小林米幸の独り言カテゴリのエントリ

昨日、千葉県国際交流協会主催の会で講義をさせてもらってきた。タイトルは先方から「外国人医療の現状について」でお願いしますと言われていたので、それに沿ってお話ししたわけだが、たった一言で表現すると「昔となにも変わっていません」ととうことだろうか。残念なことだが。日本に居住する期間が長くなるにつれて、外国人の人たちが自衛のためにというか、それなりに医療機関を見つけて診療を受けるようになってきているのではないかと強く思う。それに対して受け入れ側である日本の医療機関の努力はというと遅々として進んでいない。進めようとして「遅々として進んでいない」のではなく、「外国人の診療などできれば避けて通りたい、自分のところとはあまり関係があるようには思わない」だから遅々として進んでいないというのが正解だろう。昨年はメディカルツーリズムとやらで旅行業界とそれに同調する一部の医療機関が浮かれていたが、リーマンショックに東日本大震災、円高と続いた災難で外国人旅行客も大幅に減り、いま少し回復したとはいえ、どうやら彼らも目が覚めたらしい。僕はリーマンショックや東日本大震災がなかったとしても、とくに中国人富裕層については言葉の違いがないシンガポールや物価の安いバンコックの巨大病院と互角に戦えるわけはないと思っていたので、リーマンショックも東日本大震災も円高も旅行業界や一部の医療機関がメディカルツーリズムから一歩引くいい口実になったような気がする。なかなか自分の見通しの甘さを公的に認めることは大変だろう、責任問題がからむので。しかし日本の中には人口の2%近くを占める外国人がいるわけであって、むしろ彼らのケアをどうするのかということを真剣に考えるにはいい機会だと思う。どうだろう?
  • 2011/9/29 14:09
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きのう、午後の診察を始めてすぐに受付が騒がしい。看護師が話を聞いてくれているのがわかる。やってきたのは日系のペルー人女性、なじみのペルー人女性患者の母親の妹だそうだ。その患者さんは娘さんも小児科の患者さん、いまペルーに帰っている彼女の父親も高血圧で僕が診ていた。彼女から見たらおばさんにあたるわけだが、9月8日にこちらで働いている親戚を訪ねてペルーからやってきたそうだが、その日から全く寝られないという。最近は胸が苦しくて興奮状態になることもあるらしい。予定では10月14日に帰国予定であったが、飛行機のチケットをチェンジしても一刻も早く帰りたいという。どうして?と尋ねるとペルーにだんなさんと子供たちを残してきたが、こんなに長い期間、別れていたことはないので不安でしょうがないとのこと。それでも飛行機に乗るのも怖いと訴える。不眠症と不安症なのだろう。血圧はすこし高いが降圧剤を内服するほどではないし、不整脈もない。一般的にはこういうケースでは初めから精神的問題と片付けていいのか、本当に器質的疾患がないかどうかが問題だが、彼女の場合はやはり不眠症と不安症だと思う。こういうケースは過去にずいぶんと診ている。はじめて診たのは卒業して5年目のとき、台湾人のおばあちゃまのケース、新宿にいる新婚の息子夫婦のもとに様子を見に来日、数日すると興奮状態になったり、わけのわからない状態になり、人づてに夜中に僕のところに診察依頼が来た。行ってみるとアパートの部屋でおばあちゃまがぐったりしていて本当に脳卒中でも起こしたかと慶應大学病院に運んで検査をしてもらったが、内科医の診断は「頭の中に異常はない」ということだった。思い切って数日後に帰国してもらったところ、台湾から電話があって帰国したその日の夜からまったく普通に戻ったとのことだった。この経験が大きかったと思う。最近、海老名市からやってきたパキスタン人女性の場合は興奮すると言うよりうつ状態になってしまっていた。いっしょにパキスタンからやってきたご主人は日本が好きらしいのだが、この女性は昼間はひとりになってしまい、話し相手がいなかったのが大きかった。言葉が通じない異国でお昼はひとりぽっち、大家族に囲まれていた生活とはほどとおい環境だ。この女性も急いで帰国してもらったが、帰国したとたんに嘘のようになおってしまったとのことだった。やはり、人間、環境が変わるとこんなものらしい。きょうやってきたペルー人女性にはとりあえず帰国するまでの睡眠薬、安定剤を処方した。
  • 2011/9/28 10:00
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看護師が飛んできた。せんせーい、パキスタンの人ね、きのう痛風の薬、薬局で買おうとしたらないって言われたんだって。このパキスタン人男性、何回も痛風発作をおこしている。きのうは夕方になって発作をおこし、痛みに耐えかねて前回、僕が処方したコルヒチンと薬の袋を持って、近くの薬局に直接買いに行ったというわけだ。その薬局は調剤薬局ではなかった。またもし調剤薬局であっても医師の書いた処方箋がなければコルヒチンを入手することはできない。というわけで最初のフレーズに戻るわけだが。じゃどうして痛風になっちゃったのというとこれがお酒なのである。お酒が好きで何度注意してもやめる気配がない。○○さん、イスラム教だよね、イスラム教徒ってお酒飲んでいいんだっけ?と問いかけると「せんせい、ごめんなさい、ごめんなさい」とは言うがお酒をやめますとは言わない。そして発作が治まると来なくなる。尿酸値も上昇しているのに薬を飲んでくれようとはしない。きょう、僕はとうとう堪忍袋の緒が切れた。「パキスタンの実家に電話してお酒、飲んでいるってお父さんに話そうか?」。もちろん僕は彼の実家の電話番号など知らない。それでも「それだけはやめてください」を連発する。お酒を飲んだり、豚肉を食べたりするとイスラム教徒ではなくなってしまうというのは聞いたことがある。一族の長に知られてしまうと大変なことになってしまうのである。それにしてもお酒飲みというのはどこの世界にも、どの宗教の人にもいるものらしい。ま、それが一番人間らしいのだが。人間の本性を何かで抑えつけようとしてもそれは無理っていうことだ。
  • 2011/9/27 14:37
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 ひさしぶりにYちゃんに会った。フィリピン人のママの診察についてきたのかと思ったら、Yちゃんも風邪をひいてしまったようだ。順番的には先にママの診察があり、Yちゃん、ママといっしょに診察室に入ってきた。なかなか頭の小回りが利く小学2年生の女の子なのだが、きのうのブログじゃないが、バボイになりつつある。横からみるとおなかがポコンと出ているし、顔も丸い。「なにしろよく食べるの、先生」とママは言うが、食べても「ここらでやめなさい」と言って止めることはないしらい。「これはね、肥満と言って病気の始まりだよ」って言ってもママは「そうだねえ」というばかり。いったいどれぐらい食べるのだろう? もうひとり、気になっているのはペルー人のかわいいお嬢ちゃん、彼女も幼稚園に上がったころから、おやおなかが目立つかな?と思い始めたら小学校の1年の今はりっぱな肥満になっている。肥満が体にいいわけはないので、是正してほしいことは保護者である母親、父親には機会があるごとに話している。保護者には言わないが、僕が心配しているもう一つのことは学校でのいじめである。悲しいことだが、そうでなくても両親または母親か父親が外国人ということでいじめの対象になりやすい可能性がある。こどもというものは残虐な面も持っていて、自分たちとは「ちがう」ものに対しておとなは理性でなんとか感情や思いを抑えられても、ストレートに出る場合がある。そこに肥満のような外見上の変化があるとなおさら標的になりやすいのではないか? 僕はいつもそんな心配をしているものだから、太らないようにと一生懸命指導をしている。ところが効き目はまったくなく、あれよあれよという間に皆、太っていく。ということはいじめなんかない、僕の考えすぎということなのか。それならそれでいいが、やはり健康上はよくない。なんと言えばわかってもらえるのか、だれかいい案があったら教えてほしい。
  • 2011/9/26 15:00
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きのうは15人の外国人患者がやってきた。フィリピン人6人、ベトナム人5人、ペルー人2人、アルゼンチンとタイが一人ずつ。きのうはベトナム人の通訳がいない日だ。熱が出ているとか「通訳が来る日まで待っていられない」という人がいないわけでもないが、きのうの面々はそうではない。僕の想像では「どちらかというとうちの通訳とはあまり会いたくない」という人たちのような気がする。決して彼らがアウトローであるとか、どうしようもない人たちだとか言うつもりはない。たとえば生活面で通訳に注意されたとか、通訳の人が属しているグループとちがうグループに属しているとか、そんなことである。前者については医師である我々が「そう言ってください」と指示している場合もあるので通訳には気の毒であるが。こういうことはベトナム人に限ったことではない。カンボジア人では昔、難民として日本にやってきたころは祖国の政治的勢力そのままにシアヌーク派、ソンサン派、ごく少数だがポルポト派のシンパもいた。それなりにグループも別れていて通訳が難儀していた。一方に声をかけるとあの人は○○派だと言われたようだ。タイ人でも東北タイの人とバンコックの人出は微妙にちがいがあり、バンコック出身の若い博識の女性に東北タイの年上の人たちが心を開いてくれない場合もある。同じ日系南米のスペイン語圏の人たちでもアルゼンチンとペルーとなんとなくしっくりきていないのを目撃したこともある。通訳の資質も関係していないわけではないが、とくに狭いコミュニティの場合は通訳と患者がなんらかの関係にあることが少なくなく、したがってある程度の日本語ができる人たちであれば、通訳がいたほうがいいのか、いなくてもいいのか意志を尋ねてみたほうが正解かもしれない。
  • 2011/9/26 9:05
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きょうは笑える話。フィリピン人の中年女性がやってきた。職場の検診で血色素が8.8g/ dlで医療機関で精査するようにと言われたのに数か月放置していたらしい。すると職場で「医療機関に行って診察を受けてこないと働かせない」と言われたとのこと。職場健診の結果と職場からの指示書を持っていた。血液検査をしてみると血色素は8.7g/dlしかなく、速足で歩いても動悸がするという。この数年同じようなデーターだったらしく、昨年は産婦人科を受診したが異常ないと言われたと教えてくれた。子宮筋腫でもひどい貧血になるからだ。これほどひどい貧血であるにもかかわらず、通常業務はできるということは貧血がゆっくりと進んだことを示している。ということはどこかにがんがあるという可能性は否定的である。とりあえず鉄剤を処方し、日本茶の渋みの素であるタンニン酸が鉄剤の吸収を阻害するので鉄剤内服の前後に日本茶を飲まないようにと指示した。まあ、ここまでなら笑えるところはないのだが・・・彼女が「わたし、バボイ・・・」と小さい声で言う。バボイはタガログ語で豚のことである。たしかにそういう体型と言えないこともない。それでも「自分でバボイと言っちゃいけないよ」と話したとこで僕の言葉を遮って彼女が言った。「ちがうよ、せんせい、わたし、○○ヨーカドウの豚肉のコーナーで働いているの」。そう、彼女は「私は豚みたい」と言ったのではなくて、「私は豚肉売り場で働いている」と言いたかったわけだ。大笑い。
  • 2011/9/26 9:02
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祝日だというのに朝の8時半、もう東名高速足柄サービスエリアにいる。5日ほど前に台湾にいる「姪」の一人からメールが来た。かっこ付きの姪ということは本当の姪じゃないということだ。正確に言うと僕の大の親友だった台湾の友人の一番上の兄の娘だ。この親友と出会ったのは27歳の時だった。当時僕は慶応大学病院の外科にいた。ある日、日曜当番で病院に行ったら台湾人の急患が来ていて急性虫垂炎ですでに腹膜炎になっていた。それが親友だった。チーフレジデントがレジデントである僕に手術をしてもよいと許可してくれたので僕が執刀医となった。急性虫垂炎の手術は外科医にとっては最初に学ぶ手術の一つであり、僕も25歳で大和市立病院に出張した時には1年で100を超える手術を行った。しかし慶応大学病院のように石を投げたら医師に当たるほど医師が多い病院では、こういう手術でさえ卒業4年目の医師が執刀医になるなど例外的なことだった。彼はいつも僕におなかの傷を見せては「どこかのへたな医者が手術したからこんなになっちゃったよ」と言っていた。彼が台湾に帰った時に後を追って訪ねると彼の両親、兄弟がみんなかわいがってくれた。アジアに出かけるたびに帰りに一泊でも台湾によって彼の両親にお会いしていた。その彼はどこから叩いても壊れないような体格をしているのに5年前に突然亡くなってしまった。B型肝炎なのに酒を浴びるように飲んで肝不全になったことが死因だった。彼がもう意識がないというのは今回と同様、「姪」のひとりからの電話で知った。彼の母親すなわちこの「姪」のおばあちゃんは「小林さんに言ったら仕事を休んでも来る。仕事を休ませてはいけないから話すな」と「姪たち」に命令していたとのことだった。僕はあわてて台湾に飛んだ。数か月人工呼吸器がついていたそうだが、僕が見舞いに行ったその日、僕が手を握ってからしばらくして血圧が下がり始め、数時間後に僕の目の前で亡くなった。みんなが彼は僕がやってくるのを待っていたんだよと言ってくれた。本当にそんな気がした。それから2年に一回ぐらい彼の墓参りで台湾に行く。台北の北、キールンの近く、北に海を臨む小高い山の中腹に彼は眠っている。同じ墓地の敷地内にテレサ・テンの墓もあり、彼女の墓の10メートル以内だったか・・に入るとライトアップされて彼女の歌が流れる。彼の死後、僕は彼のかわりに彼の兄弟の列に加えてもらっている。一歳年下の彼には3人の兄、一人の弟、一人の妹がいる。そして一番上の兄には5人の娘がいる。一番上は娘、二番目も娘、次は女の子の双子、最後がまた女の子、5人ともなついてくれているがいつも僕にいろいろと教えてくれるのはこの双子の「姪」だ。なにしろ初め出会ったころはまだ小学校低学年だった。二番目の娘が日本人に嫁いで御殿場にいる。そこに僕の「一番上の兄夫婦」が娘と孫の顔を見にやってきているというわけだ。数日前に電話したら「あれ、わたし、ここにいるの、どうして知ってるの?」と驚いていた。どこにでもスパイはいるんですよと言うと笑っていた。で、きょうはこの「兄夫婦」に会いに行くというわけだ。会うのは2年ぶり。懐かしい。
  • 2011/9/26 8:58
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数日前にAMDA国際医療情報センターのタイ語通訳から聞いた話ということを前提で書かせてもらいたい。彼女が抱えているエイズ患者が貧血で倒れて救急車で某病院に搬送された。搬送先の病院で最初に問診を受けたときに「エイズである病院で薬を内服している」と医師に話した。その後、彼女自身はぼーつとして一時的に意識が下がってしまったらしい。そこで医師は待合室に行き、付き添ってきたアフリカ系アメリカ人の男性を夫と勘違いし、エイズの薬は何を飲んでいるのかと尋ねたとのことだ。その男性は彼女の「いい人」だったらしいが、病気のことなど知る由もない。大層驚いたそうだ。また救急外来に待っている人たちすべてに聞こえるような声だったらしい。後日、この「いい人」を通じて彼女の職場のすべての人が知る事態になったとのことだ。病院側は数人の医師が出てきて謝罪したそうだが、彼女は訴訟をすべきかどうか考えている。お金のことではないと彼女ははっきり言っているそうだ。すべてを失って死にたいとも言っているそうだが、そうだろう、人間は一人では生きていけない。自分をとりまくすべての人が突然離れて行ったらそんな気持ちにもなるだろう。問題はどうしてこういうことがおこってしまったかということだ。僕はエイズ拠点病院政策の「副作用」だと思う。エイズ拠点病院政策そのものはまちがっていないと思うが、一般病院や診療所の中にエイズなど関係ない、拠点病院に送ればいいという雰囲気はないだろうか。だからこそプライバシィーを守るといういろはのいの字もわからず、まちがってしまうのだろう。僕はこの10年近く、大和市医師会の年一回のエイズ研修会を担当してきた。この研修会は厚労省から年一回開催するように郡市医師会に義務付けられているものだが、外部から講師を呼んでも出席者はせいぜい15人程度のように程度である。要するに拠点病院に勤務している医師以外は関心がないということだ。それじゃ困る。エイズの治療は拠点病院で行ったとしても、風邪をひいたり、先ほどの彼女のように貧血になると一般の医療機関にやってくるはずだ。そのときに彼らがエイズの治療についてきちんと打ち明けてくれるかどうか、それは医療機関が彼らのプライバシイーを守れるかどうかにかかっている。
  • 2011/9/22 15:49
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毎朝、7時にはクリニックに行き、特定健診やがん検診の結果を記入する。そうしておかないと昼休みも医師会の仕事などに追われる身、夕方の診察終了まで手がつけられない。やはり中南米系の人たちはメタボが多い。食事の内容を聞くとそれもうなづけるが、遺伝的体質もあるのだろう。きのう結果を記入したなかにブラジル人の女性がいた。40歳になったばかりで、ことしから特定健診デビューである。彼女、非常に太っていてBMIも30近い。こういうケースでは中性脂肪やLDLコレステロールが高いことが多いので、結果が出たらどういう指導をしようかと考えていた。きのうの朝、彼女の用紙が出てきたので血液データーを記入し始めたら・・・・肝機能、HDLコレステロール、LDLコレステロール、中性脂肪、腎機能、血糖値などすべて正常範囲内、それも上限ぎりぎりの「正常」ではなく、まるで正常なのである。尿検査も異常なく、心電図も異常なく、血圧も全くの正常。要するにデーター的には異常がないのである。総合結果に「異常なし」と書いてからあわてて二本線で消して「肥満」と書き直した。さてこの彼女、今週末にはやってくるはず、肥満ですと告げてもすべてのデーターは異常なく、「だからどうしたの?」と言われそうだ。肥満は見慣れているので、病気のはじめとは思ってくれない可能性が高い。また説明に悪戦苦闘することだろう。
  • 2011/9/21 8:58
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連休明けの火曜日、健診の終了が近付いていることもあっててんてこまい。タイから一時帰国した日本人患者が次回の帰国まで2ヶ月分薬を処方してほしいとやってきた。午後になっていつもやってくるタイ人女性から電話あり。薬を2ヶ月分出してほしいというのでなぜ?と尋ねたら「チャイヤブーンにいるから」という返事。彼女のタイの田舎だ。最近の電話の性能はすばらしく、隣から電話しているように聞こえる。国民保険証は変更ないよねと聞くと「ない」とのこと、友達が取りにくるというので待っていたらずくに色の浅黒い人がやってきた。タイ語で話しかけたら、「いいえ、私、日本人です」と返事。やはりアジア人、顔が似ている。僕も東南アジアを旅行していると最初に言われるのは中国人ですか? ちがうと言うと韓国人? ちがうと言うと台湾人? 台湾人じゃないというと香港? それもちがうと言うとシンガポール? 挙句はタイ人ですか?と。何かひとつ忘れていませんか? どうして日本人が出てこないのと言いたい。まあアジア人ってみんな似ているというわけだ。なぞはもうひとつ、受付の職員がうっかり「だんなさんですか?」と尋ねてしまった。なんとなく言いにくそうに「ちがいます」と答えたらしい。今回は保険証が変わっているかいないかを確認するためにこういう質問をしたわけだが、通常は無用だ。プライバシィをほじることになる。昼前にやってきた初診のフィリピン人女性、突然クラミジアの検査をしてほしいとのこと、よく見るとおなかが大きい。日本人のだんなと別れて、いまつきあっている米軍基地の中の米国籍の男性のこどもだと言うが、その男性が診察を受けたところ、クラミジアと診断され、抗生剤を内服しているらしい。検査は施行、日本人のだんなとの間にできた男の子を連れて帰って行った。もし彼女が陰性だとしたら、ではいまの彼はどこからクラミジアをもらってきたのか? そうなると結婚の話はどうなるのか? 彼女の状況を理解すればするほど、一筋縄ではいかない状況にまだ25歳の彼女がいるのがわかる。ややこしいことにならなければいいがと祈りたい。
  • 2011/9/20 19:44
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