AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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理事長 Dr.小林米幸の独り言カテゴリのエントリ

昨日、診療も終えようかという時間になり、クリニックの職員が「タイ語の通訳を探しているらしい電話がどこかの医療機関から入っているけど、どうしましょう?」と言ってきた。AMDA国際医療情報センターで電話通訳してもらえる旨、話して電話番号を教えてあげるようにと指示したのに、なんだか電話が切れずになにか話している。まちがったことを指示してはいけないと思い、僕自身が電話に出て見たら、相手は医療関係者ではなく、近隣の市の生活保護担当の人だった。先方は僕のことを知っているようだった。タイ人がどこか近くで倒れていて意識がなく、某病院に運ばれた。倒れていたのがその「近隣の市内」だったが、運ばれたのは南に隣接するF市内の医療機関で、どこのだれなのかもわからず、医療機関から個人の特定や外国人登録があるかないかなど頼まれたらしい。きっと医療費の問題についても医療機関が心配になっているのかもしれない。「近隣の市」には該当者がいないとのことだが、このあたり、いくつかの市の境が入り組んでいて、どこの住人か特定するのはむずかしい。特定できない場合、むしろ行旅病人及行旅死亡人取扱法が使えるかもしれない。どこのだれかがわからなければ住居も親族もわからない可能性がある。ただし、このあたりのタイ人は出身地別にいくつかのグループに別れているので、各々のグループの世話役的人たちに話を持っていけば意外と簡単に身元がわかるかもしれない。ただし行政にはこういう人たちとのつながりはないだろう。日頃から彼らの中に入り、彼らのことを考え、関係を構築しておけばこういうときに役立つのに・・・行政にはこういう知恵がない。これを機になんとかしておかなくては・・という気持ちにもきっとならないだろう。のど元過ぎると忘れてしまうのである。困ったときだけなんとかしようとしても、そういう一方的な考え、相手にすぐに見破られてしまう。
  • 2012/1/6 9:06
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新年最初の診察日、日本人も含めて患者が多い。フィリピン、ベトナム、カンボジア、タイ、ドミニカ、ペルー、ブラジル、韓国と国籍も多様。お母様を高血圧で診ているカンボジア人男性36歳、元旦から動悸がして頭も痛いと訴える。心電図の指示を出しながら、もしやと思って血圧を測ると160/100、頭痛やバクバクするはずだ。やはり遺伝的素因が強いのだろう。できるだけよく寝るようにと話したが、いま景気が悪くて昼の仕事のほかに夜8時から午前2時までアルバイトしているとのことだった。やはり弱いところにしわよせがくるものだ。働こうという意識が強いだけ、褒めてあげたい。無理をしませんように。降圧剤の処方は書いたが、来週の土曜日、再検してから長期処方に切り替えることにした。朝、部屋に来た時に今回、バンコックのBTSのナショナルスタジアム駅の構内で買った写真数枚をどこに飾ろうかと思ったが、微笑んでいるお釈迦様の写真は僕の椅子に接する壁に貼っておいた。なんだか心が温かくなるような微笑みだ。患者がいすに座ると正面に丸見えになる。看護師と「タイ人の患者がやってきたら拝むかなあ?」「絶対、拝みますよ、そりゃもう」なんて会話を交わしていたら、タイ人がやってきた。のどになにか違和感があるというのだが、いすに座るや否や、僕と言葉を交わす前にまず写真に手を合わせるワイというタイ式のあいさつをした。やっぱりした。この彼女、がんを心配していてあす、内視鏡で見させてもらうことにした。違和感を訴えてもすべてががん患者と言うわけではなく、むしろそうでない人のほうが圧倒的に多い。それでも過去に2人、喉頭がんを経験しているので、そんなことないと断じるよりもまず内視鏡で見て確認し、ないならないとはっきり言ってあげないとあげるべきだからだ。こういう人はたぶん検査をしないでただ、ちがいますというと不信感と不安感だけが残るだろう。午後5時に診療が終わったら車を飛ばして小田原医師会の新年会へ。1月は新年会が8つ、予定が重なって代りに出席してもらう新年会が3つ、僕も自分の体を大切にしなくちゃ。
  • 2012/1/5 15:19
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タイの親友ワンチャイ医師と昼ごはんを食べた。帰りにスーパーに入っていこうとするので、「何か買うのか?」と尋ねたら「お前が食べる果物、買っていくから」という。毎回よく気がつく友人で、申し訳ないと思いながらもモンキーバナナ(タイの名前は違うが小さくて食べやすい)とマンゴーなどいただいた。帰りに出口に向かったらたくさんの薬を売っている薬品コーナーに気がついた。覗いていたらワンチャイ医師が「どうした?何か買うのか?」と言うので「よく見ると女性ホルモンやステロイドの入った薬があるけど、あんなもの売ってだいじょうぶなのか?」と逆に質問してみた。「薬剤師がいるからだいじょうぶ」と答えたけど、どうだろう? いくら説明しても説明通りに飲んでくれるのだろうか?この手の薬はいい加減な飲み方をすると場合によっては副作用が強く、命さえやばい場合もある。全然平気という彼の言葉を聞いて、日本にいるタイ人がこの手のタイの薬をタイから取り寄せて飲んでいることが理解できた。怖さがないのである。むしろきっと慣れ親しんだタイの薬という安心感もあるのかもしれない。実はこういう薬を店頭というか店の奥でこっそりというか販売しているタイ物産販売店も少なからずある。タイ語で書かれていると日本人には気づかれない。こういうことはやめてほしい。一言でいうと法律違反であるから。
  • 2012/1/4 9:01
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新年あけましておめでとうございます。日本人は12月31日は正月用品の買い出しをしてあとは家で紅白歌合戦とか、家庭ですごすようですが、タイ人はどうやら外でわいわい騒ぎながらすごすようです。きのうは30年来のタイ人の友人と夕食を共にしました。チャオプラヤ河畔の高そうな焼肉屋でした。メニユーを見た瞬間、目が点になりました。神戸牛一皿2300バーツとありました。それも6切れぐらいでしょうか。焼肉屋だからお前が頼めと言われても払うのは先方ですから、そうもいかず、彼に任せましたがそういう類の肉は出てきませんでした。よかった。お客の席から直接、河畔に出ることができます。どこかに洪水になりかけた証拠でもないかなと目で探したところ、ありました。僕が立っているすぐ下に白い袋がいくつも並んでいて、要するに土嚢でした。そのはるかに下、2メートルぐらい下を河の水が流れています。友人がIフォンに貯めておいた写真を見ましたが、水没しそうな家などすざまじいものでした。彼の家も床上浸水1センチだったそうです。流れてきた最初の水は澄んでいて河の流れてきた水、洪水の最後のころによどんでいた水は汚く臭かったそうでたしかに澄んではいませんでした。いまは本当にあとかたもありません、というかバンコックのシーロム、スークムビットという脳にあたる部分は何も被害がなかったのですね。北側の政府が作った巨大土嚢の外側で洪水がそのためによりひどくなった地域では一時は険悪なムードになったようです。友人の病院のマネージャーの女性はローンで買った大切なベンツを水害から守ろうと巨大な浮き輪のようなものの上に車を置いたそうです。そういう場面、そういえばテレビで見ました。タイヤごとに4か所、大きな合成樹脂の上に固定して車を水の上に浮かせた珍商売が大繁盛という報道でしたが、あれのことでしょう。1か月間ほおっておいて見にいかなかったそうです。久しぶりに見に行ったら合成樹脂に水がしみこんだからなのか、車が半分ぐらい水没していて中はめちゃめちゃ。いま修理中ですが、幸いなことに保険会社の保険で全部やってくれるそうです。さてことしは世界中、平和でありますようにと祈ります。
  • 2012/1/1 13:29
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とうとう、大みそか。ことしはいろいろな災害がありすぎました。来年はいいことがありますように。私も1月に母を亡くしましたが、以後はがんばったつもりです。不思議なもので等々力の家に行くといまだに母が二階から降りてくるような気がします。プログを読んでくださっているすべての方にとっても来年が良い年になりますようにお祈りいたします。バンコツクより皆様に愛をこめて。
  • 2012/1/1 13:27
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本年最後の診察日。外国人はペルー人のこどもの予防接種と同じくペルー人のこどもの急性腸炎、同じくフィリピン人の親子の急性腸炎の4件だけ。街は静かだ。みんな出かけたのだろうか? 毎年、最後の診察日は出前のお寿司を頼んで職員全員で食べることにしているのだが、昨年は出前専門店に頼んだらメニューの写真と実物が違いすぎたため、今年は2日にわけて寿司屋に食べに行った。もちろんクリニック持ち。おいしかった。今年はまだ終わってはいないが3月11日の東日本大震災、トルコの地震、バンコックの洪水、フィリピン・ミンダナオ島の台風と大きな自然災害が多すぎた。来年はいい年になってほしい。
  • 2011/12/30 16:39
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きのう、午後になって患者のカルテの列が切れて、一瞬、ひまになった。隣の小児科から聞こえてくる小さい子供たちの泣きさけぶ声、ワクチン接種を受けているのだろう。実は僕も小さいころ、田舎の町では有名な医者嫌いだった。当時は抗生物質をおしりに注射した。それをいやがってあばれて、押さえつけていた医者と看護婦がひるんだ瞬間、下向きからくるりと上向きに変わった僕は緊張のあまりにおしっこをしてしまった。こどものおちんちんはほぼ真上を向いている。僕のおしっこは見事に医者の白衣を汚してしまった。話がそれたが、向きを患者のいすのほうに変え、足を投げ出して考え事をしていたら突然なにか重い感触。うん?と思って目をあけてみたらフィリピン人の母親を持つ男の子が笑いながら膝の上に座っていた。小学3年のR太だ。フィリピンから母親が連れてきた2年前、学校でいじめられ、母親がフィリピン人だからいじめられるのだろうと思い込んで学校と険悪な雰囲気になり、僕が間に入ってクリニックで母親、学校側と話し合いをしたことがあった。すっかり元気そうになっている。こどもはいい。どうした?と聞いたら「予防接種で来たけど終わったよ、二本も打たれた」と屈託がない。フィリピンパブで働く元タレントの母親たちはほとんどが日本人の配偶者と離婚しているか、形式的な結婚をしているように見える。母親が働いている時間帯、朝の3時か4時までこどもたちは誰かが面倒見ている。ほとんどはフィリピン人仲間だ。こういう環境でどう子供が育っていくのか、大きなお世話なのかもしれないが、気になってしかたない。
  • 2011/12/28 9:40
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きのうの外国人患者、午後になってすさまじく多かった。午前午後でフィリピン人8人、
ペルー人5人、韓国人4人、ベトナム人2人、ナイジェリア人1人、計20人。きょうはうってかわって少ない。きのう、自宅に戻ってからNHK出版にいただいたニッポン異国紀行を一気に読破した。取材した在日外国人から次から次へと被取材者を探して書きあげたもので、著者の労力は並大抵ではなかったろう。中味もそれなりに味がある。僕の知らない在日外国人の裏の世界も垣間見た気がする。ただひとつ気になったのは取材を受けた外国人たちが真実を話しているかどうかということだろう。どこで何を売っていたなどということはその場の事実だから信用できるとしても、私はこういう一生を生きてきました的なことはそうかもしれないし、そうではないかもしれない。たとえば僕がかかわったタイ人エイズ患者に、どうして感染してしまったのか?とかタイでどのような仕事に就いていたのか?と尋ねても、医学的にありえないことや後で嘘とわかったことを話してくれた人は少なくない。みな、自分に都合がよいように話すし、とくにエイズ感染に関してはそれは差別からの自己防御である場合もあるので、わかっていても非難することはとてもじゃないが心情を汲むとできない。要するに取材の対象となった人の自己申告というものはこのように事実ではない可能性があるのだと認識しながら読めばいいだけである。著者もそのあたり、注意深く書いていると思う。いろいろ書いたがこの本はそれなりに僕の興味を満たしてくれた。もう一点、きのう書いたことだが、マスコミのペンの力って強いのか弱いのか、どうなのだろう? 政治のからんだ話について書くときはペンの力を折られまいと必死になって書くのだろう。巨悪に立ち向かう正義の味方のイメージだ。だが僕ら、一般の市民を当事者とすると相手としてのペンの力は圧倒的な広報力と組織力を持った強者のイメージになってしまう。きのうの「言論の自由に文句を言うのか」という恫喝ともとれる一言はその典型だ。だから僕はいつもマスコミの人にはそのあたり、わかっていてほしい。
  • 2011/12/27 20:32
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寒さがひどい。僕の北海道のいなか、栗山町のホームページを見たら12月13日だったか、町内のスキー場がオープンしたとあった。朝から韓国人、フィリピン人、ペルー人と風邪ひきが続いた。昼休みは貧血がひどくて便をするたびに赤い血が出るという49歳のペルー人の大腸検査をした。年齢的にはがんがあってもおかしくない年だが、貧血がひどい割には元気。こういう場合、貧血はゆっくりとおこってきた可能性が高く、したがってがんの可能性は低いと言える。まあこれだけで決めてはいけないので大腸内視鏡を行ったわけだが、結果は痔以外、何もなかった。よかった。本人もがんを心配していたらしく、ほっしたようすで帰って行った。
きょうNHK出版から何か送られてきた。あけてみたらニッポン異国紀行という本の取材に協力したお礼にその本が一冊入っていた。外国人が急増した90年代にはこの手の本が少なくなかったが、今頃になってというのはあまり記憶にない。診察の前にパラパラとめくって読んでみたが、全般的にはよく書けていると思う。僕が唯一、気になったのがAMDAとAMDA国際医療情報センターに関する記載のところである。原文通り書きぬくと「AMDA(アジア医師連絡協議会)は外国人の医療をサポートする国内最大の特定非営利活動法人である。その系列団体のひとつにAMDA国際医療情報センターがある。」とある。これは明らかなまちがいだ。一般的にAMDAといえばは国内外で難民など医療に困っている人たちの支援を行っているNPO法人AMDAのことで本部は岡山にある。外国人医療の支援を行っているのはNPO法人AMDA国際医療情報センターだけである。またAMDAという文字を冠に持つNPO法人は3つ、任意団体は一つあり、その4つをメインとしてAMDAグルーブを形作っている。各々が会計的にも独立している組織である。そしてNPO法人AMDAの理事長菅波茂医師がAMDAグループの代表であり、NPO法人AMDA国際医療情報センターの理事長である私、小林米幸がAMDAグループの副代表である。こういうことは送っていただいた本の重要な部分ではないからめくじらをたてるべきところじゃないと思う。だから出版元のNHK出版や著者にアプローチして訂正を求めたりするつもりもないが、一度まちがったことを文字にしてしまうと訂正していただいてもあまり意味がない。まちがいを見た人が訂正文を読んでくれるとは限らない。ましてや単行本なら訂正しようがないだろう。こういうまちがいを避けるためには出版前に関連している客観的事実の記載にまちがいがないかどうか、確認の作業を必ずしていただくしかない。ずいぶん前になるが、AMDA国際医療情報センター関西オフィスに朝日新聞編集委員を名乗る人から電話取材があった。もう15年以上前だろう。関西オフィスのスタッフが電話取材の最後に「まちがいがあってはいけないので最終原稿の前に見せていただけますか?」とお願いしたところ、「それは言論の自由を侵すものでできない」と相当に怒られたと聞いた。ペンの力は圧力には負けないぞということなのだろう、きっと。でももしこれが事実だとしたらあきれた話だ。スタッフが気にしたのはセンターが行っている外国人の無料医療・医事相談の時間帯とか、センターが掲げている考えとかそういう客観的な部分だ。一度まちがって書かれた後で小さな訂正文を出されてもこちらのダメージは大きい。取材側がどのように取材したことがらをまとめるかということには一切関係ない。そういうところに茶々を入れようとは思っていない。これこそ言論の自由の部分だろう。こんなにこだわるのも実は僕自身、痛い目にあったことがあるからだ。これももう15年以上前になるだろうか。当時の毎日新聞の厚生省担当の方から取材を受けた。ある事柄について僕の考えを尋ねられたのだが、数日後に小林米幸氏談として載っていたのは僕が話したこととほぼ正反対のことで非常に迷惑した。では新聞社の方々がみんないい加減かと言うとそうではないことも書いておきたい。記事の内容を確認するために「大切なことなのでこれでまちがっていませんか?」とパソコンやファックスで最終確認を求めてくる人たちも少なからずいる。ひとりひとりの報道姿勢のちがいなのだろう。こういう人たちとは信頼関係で長くおつきあいしたいと思っている。
  • 2011/12/26 16:08
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朝の8時50分から午後1時に終わるまでまったく患者の列がとぎれず、トイレにも行けなかった。胃の内視鏡を行った人がひとり。なにしろ大人の急性腸炎が多い。アルゼンチンの人もフィリピン人もペルー人も・・・みんな具合悪い。ひとりは「真っ赤な血がおしりから出てる」ということで緊急でロマノスコープで見たが、直腸粘膜から全体的にウージングというしみだすような出血があった。やはり感染性腸炎のひどいタイプである。高齢者ならこれだけで脱水となり、体調がどんどん落ちて行く。点滴した人もひとり。ことし最後の土曜日だったので外国人の患者、多かった。横須賀からインフルエンザの予防接種を受けにきたフィリピン人女性がいて驚いた。遠すぎる。たぶん2時間近くかかるはず。どうしてここまでやってきたのだろう? 尋ねてみようと思ったが忙しくて忘れてしまった。
もうクリスマス、あと一年ももう少し。
  • 2011/12/26 9:23
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