AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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理事長 Dr.小林米幸の独り言カテゴリのエントリ

2日の夜は楽しかった。クリニックの沖縄県人会をフイリピンレストランで行った。僕は北海道なのだが特別資格で参加、あとはクリニックの日本人患者4人と僕が医学部を卒業して2年目、大和市立病院に出張した時に出会った外来勤務の看護師、そして薬の卸の問屋の僕のクリニックを担当している女性、みんな沖縄出身だ。もとはというと患者のひとりが精神的に落ち込んでいるため、ひとつ楽しいことでも企画したらいいことがあるかもと治療の一環として考えた。あまり治療効果を期待してもいけないので、それよりみんなで集まって沖縄のことを話したり、民謡でも歌えば楽しいかなと思って半年前にはじめて「納涼会」を開催した。きのうは忘年会。けっこうみな楽しそうでよかった。今回は日系アルゼンチンの男性、この人も僕の患者なのだが・・彼も参加。沖縄民謡に欠かせない蛇味線の名手だと聞いたので招待して演奏してもらうつもりだった。彼は伊勢原で仕事をしていて遅れるとわかっていたので、まずは飲み食いしてカラオケの曲を探したら、沖縄民謡がたくさん入っていた。「おじい」が歌って解説してくれた。中でも僕の心を打ったのはホウセンカの花をテーマにした有名な歌だ。曲名は忘れたが、たしかホウセンカを沖縄ではこう呼ぶよと言われた。子供たちがホウセンカの花の赤で爪を赤く染めて遊んでいるが、親の話は心に染めておきなさいというような内容と聞いた。しばらくして「おじい」が「先生、蛇味線の名手は来ないの?」と言い始めたころに彼から携帯電話。最寄りの駅に着いたとのことで迎えに行った。しかしいい音色だ。何曲かひいてくれた。いつも診察室で彼とは会うわけだが、全然ちがう印象だった。皆がシーンとなって聞き惚れたり、合わせて歌ったり。皆の心が集まりあうような気がした。この後、「おばあ」が作ってきてくれたアンダーサーダーギーを食べて解散。会費千円なり。アルゼンチンの日系人はほとんどが沖縄からだそうで、蛇味線は一世か彼のような三世はひけるが二世はできないとのことだった。なぜだろう? そういえば彼の叔父にあたる人が診察にやってきたときは弾けるかどうか尋ねたら、もってはいるけど弾けないと言っていた。
  • 2011/12/5 9:19
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きのうの昼休み、所轄の保健福祉事務所とそれを統括する立場の方と医師会事務室で会った。先方から面談を申し込まれていたのだが、内容は年に一回の会議を開催する件についてであった。ははーん、これか、前会長が怒ったのはと思った。平日の午後に診療や自分のほかの予定をあとまわしにして会議に出席したのに、もう式次第やだれがどう発言するかができあがってばかばかしいと言っていたっけ。要するに自分の頭で考えて発言する必要はない、いやむしろ発言されると困ってしまう「シャンシャン会議」なのだろう。決してシャンシャン会議を悪いと一刀両断のもとに切り捨てるつもりはない。お役人の立場からするならこうでもしないともっと上から決められた事が進まないからなのだろう。それはそれでやむをえない。ここまで話してから「でも示された議題だけではなく、いま県央地域に話し合いをしなければならない重要なことがあるのではありませんか?」と切り出したら、所轄の保健福祉事務所の人が「ダイナミックなことですか?」と質問してきた。ダイナミックの意味がわからず、「ダイナミックって何ですか?」と逆に尋ねると「一回で終わることではなく、何回も会議を開いて話し合うようなことです」と言う。それってダイナミックの方が普通ではないか。こんなにたくさんの議題が一度の会議で終わるわけはなく、要するに反対したり、いちゃもんつけたりするなということだ。「みなさんがいうダイナミックのことです」と答えると、所轄の保健福祉事務所の人が僕の顔を覗き込むように「広域救急のことですか?」と尋ねてきた。「ちがいます」と答えるとささっと顔が曇った。なんのことか皆目見当がつかないのだろう。「エイズの話です」と言うと、どうして?というような顔でこちらを見ている。個人のプライバシィに触れぬように気を遣いながら「エイズのことです」と言った。たしかにこのあたり、外国人を中心に患者も少なくないし、男女の交友関係はよく耳にする。ところが所轄の保健福祉事務所のエイズなんとか委員会だったかエイズなんとか会議は以前には毎年一回開催されてきたが、この数年は書類開催、すなわち書類をまわすだけとなっている。こんなに大きな問題が持ち上がっているのに保健福祉事務所は把握していないか、耳に入っていたとしても何もしないでいるような状態なのである。どのような手段を講じたらこの地域のエイズの患者、感染者を減らせるかなどには興味がないのか、このあたりにはもうそういう感染者はいないなどと理解しているのか?
もしそうだとしたらおめでたいにもほどがある。きっとと彼の頭の中は混乱したにちがいない。座長への就任をお願いされたが丁重にお断りした。
  • 2011/12/5 9:15
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雨でこごえるほど寒い日。ショックなことがあった。午後2時になり医師会から戻って来るとときどき拝見している高齢女性の方の息子さんが来ていた。順番になり、どうしたのですか?と尋ねるとお母様が25日から連絡が取れず、心配で来てみたら部屋に倒れていたというではないか。驚いて今いきましょうと促すと「先生も忙しそうですからあとでいいです、もう息をしていないようですから」と静かに、でもあっさりおっしゃる。あまりのことに呆然となり、あわてて見に行ったら・・・もう死後硬直が来ていた。11月21日に転倒して来院。どうも腕の骨折みたいなので近くの整形外科を紹介した。次の日、ご報告しますと彼女の声で電話があり、「腕が不自由で何もできないのでどこかに入院させてほしい」と言われた。ただ整形外科医が診ていたのと医学的には入院しなければいけないという状況ではなかったので、わけを話し、骨折を診てもらった整形外科医に相談するようにとアドバイスをしてさしあげたのだが・・彼女は僕と同郷の北海道の出身で開業したときにご主人といっしょに尋ねていらっしゃった。ご主人が僕のいなかの家を御存じとかで、その後御主人はお亡くなりになり、独居だった。いわゆる独居死である。最後に拝見してからすでに10日ぐらい経過しているので僕のところだけでことを終わらせることができない。いずれにしても合掌。本当はきょうは昼休みに医師会で会った保健福祉事務所とのやりとりを書きたかったのだが、なんだか疲れきってしまった。
  • 2011/12/2 17:05
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きょうは冷たい雨で患者が少ない。それでも外国人はやってくる。フィリピン人女性45歳、こういう年なのにフィリピンパブで懸命に働いている。ひとりで小学生の男の子を育てているがんばり屋さんだ。足が痛いと変なかっこうで歩きながらやってきた。どこ?と尋ねると左足の親指を指さす。絆創膏がはってある。これだけでおよそ病気はわかる。絆創膏を取ってみると案の定、左の指の右側が腫れていて膿がすこしだけある。英語でいうとinfected ingrown nail、日本語で言うと巻き爪に細菌感染をおこしたというわけだ。感染症と聞けば通常、抗生剤の投与を第一に考えるが、この場合、爪が感染しているところをふさいでいるようなかっこうになっているので抗生剤投与だけではよくならないことが多い。けっきょくはその感染症を起こしている側の爪を麻酔下に一部切除して感染から逃げるわけだが、一度感染が治まっても切除した部分に次に生えてくる爪はまた同じ形の巻き爪なのでまた今回のようなことがおこりうる。最近はばねで巻き爪を時間をかけてなおす医療機器もあるにはあるが、保険が効かず、自費診療になってしまう。と病気の説明をして「さてどうしましょうか?」と尋ねると「痛いのはいやだから抗生物質で治したい、いいですか」と答える。いつから働けるの?と聞かれて、抗生物質の効き目にもよるのでいつからとは言えない、それより一週間経過して痛みがとれなかったら、その時はいやでも爪を取らないと治らないよと言うととたんに悩み始めた。「忘年会シーズンでフィリピンプブにお客さんが多い」→「だから早く治りたい」→「でも痛いのはいやだ」→「だから抗生物質で治したい」→「でも治らなかったらやっぱり手術か」→「なら早く治るには?」と彼女の頭の中でぐるぐるまわっていたにちがいない。一度息子の手を引いて診察室を出て行って、しばらくたってから「やっぱり、先生手術して」「きょうできる?」と戻ってきた。幸い、内視鏡検査も終り、部屋もあいていたのでそのまま連れて行ってちょっと臭くなりかけた病気の指の根元に神経ブロック注射、数分待って麻酔が効いていることを確かめて爪の切除。この間わずかに数分。終わったよというと「うそぉ、もう終わったのお」と笑顔。ボクの手を引いて帰って行った。
  • 2011/12/1 18:28
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 ほとんどの患者はいい方なのだが、ときどき言いたい放題の人がいる。僕の字の下手さは右にでる者がいない?ほどで恥ずかしいかぎりだ。しっかり自覚はしているのだが、あるとき、男性患者に「先生の字は読めない。字が汚いのは親の教育が悪かったからだ」と言われて、僕だけのことならいつもは聞き流して知らん顔しているのだが、親まで侮辱されたとあっては黙っておられず、「親の教育が悪かった?」と上ずった声で言い返したことがあった。こんなことを経験していると患者が「あの医者が悪い」などと言っても、ただちに「そうですか」とは言い難い。きっと医者も苦労したのだろうと同情的に思うこともあったのだが・・・きのうの夜、医師会の臨時総会があった。総会開催のための定数に達しているかどうかをチェックしやすいように来た会員から順に数字のついた前方の列から座ってもらうことにした。これなら人数が数えやすい。それに事前の会員への出欠チェックでは臨時総会の議案が新公益法人法による新法人への切り替えに関する重要なものばかりだからなのだろう、会場がいっぱいになるほど出席の返事が多く、先から詰め込まないとうしろが会場に入れない事態にもなりかねないからだった。開催まであと30分というころに最初の一人がやってきた。受付をしたと思ったら医師会事務局の女性ふたりが青ざめた顔で控室にいた僕のところにやってきた。一番前列から座ってくださいと彼女たちが言ったところ、この医師は「それじゃ落ち着かない、それなら帰る」と言い放ってくるりと回って帰ってしまったというのである。たかが席の位置ぐらいで会員としての義務と権利を放棄して帰ってしまうとはあきれてものが言えない。・・・「追いかけましょうか?」と彼女たちが言うので「放っておいていい」と指示した。こういう医者が相手なら患者も苦労が絶えないことだろう。
  • 2011/11/30 17:25
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一年に1回か2回、ブラジルからやってくる患者がいる。もう80歳をずっと過ぎた人だが、たぶん国籍は日本だと思う。彼はプラジルに移住し、向こうに住む娘さんは医師となり、同じく日系人の医師に嫁いで家庭を築いている。彼にとっては家庭・家族はすでにブラジルにあるわけだが、妹さんが日本に健在で僕のクリニックに通院していらっしゃる。そして彼は季節を楽しむようにブラジルと日本を行き来しているというわけだ。こちらにやってくるとだいたい2ヶ月近くはいる。妹さんや妹さんの家族と旅行などしている。ブラジルではいくつかの病気で薬を処方されており、日本に長くいるとブラジルで処方された薬が底をつき、それで僕のクリニックにやってくる。国民健康保険に加入しているということは日本国籍で掛け金は日本にいる妹さんが毎月支払っているということなのだろう。国民健康保険には外国人でも加入できるが諸状況を考えるとそう思える。彼がブラジルから持ってきた薬とその用法を見せてもらうと、なるほどこう処方しているのかとわかることがある。たとえば一般的にいうと内服量が多い。どうしてだろう? こういう処方を受けていたら一回に1錠と日本の医師が指導しても2錠ほしいとか言いだす、その理由がわかる。
なかなか紳士的なこの患者から垣間見る外国の医療はある意味、僕らの日本の医療とちがって新鮮だ。なるほど、こういうわけかと手を叩きたくなるときもあるからだ。今回、もう2カ月になるだろうか、80歳をすぎて飛行機で20時間を超えて旅をするとはすごい。うらやましい。
  • 2011/11/29 16:44
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きょうは外国人医療と関係ないこと・・・
 昼休みにインターネットで株を売却した。開始してすぐに証券会社の担当者から電話があった。僕のやり方ではなにかが足りないのか、「売却なさろうとしたようですが、売却になっておりません」ということだった。電話の彼もなにが足りないのかわからないらしく、一度電話が切ったうえで再電話で教えてくれた。それにしても「成り行き」とか「寄りつき」とか「指定なし」とか指がどうのこうのとか、意味がわからない。医療の世界も専門用語のオンパレードで患者からわかりにくいと言われるが、証券会社、株の世界も同じじゃないか。もっとしろうとにわかりやすくしてほしい。きっとどの分野もそうなのだろうな。
 こう書いてくると小林先生も株なんかやっていたのねと思われるかもしれないがちがう。亡くなった母がやっていたのを相続しただけ、それもあまりたくさんはない。母は厳格でジョークのわからない人間かと思っていたが、この株のことで母の知らない一面を見た気がした。僕にはいつも「お前は収入がちゃんとあるのだから株などに手を出してはいけないよ」と言っていた。母が亡くなった後、財産整理をしたらしっかり株をやっていたし、しっかり損をしていた。僕の知らなかった母のちゃめっけを見たような気がして笑えた。
  • 2011/11/28 16:05
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きのうは診察が終わった後も忙しかった。午後3時から都内某所で山岡淳一郎氏と雑誌の対談。彼が平凡社新書から8月に出版した「国民皆保険が危ない」という本の書評を財団法人入管協会の月刊誌国際人流編集部から依頼されて書いたことがきっかけだ。彼は医師や保健医療分野の人間ではないのだが、本の内容は非常に緻密である。僕自身、医療機関の経営者でもあり、医師でもあり、6月まで国民健康保険診療報酬審査委員を務めていたので、一般の医師より制度には相当詳しいつもりなのだが、それでも読んで得るものが多い。2時間の対談、どうしたら時間がつながるかと思っていたが、編集者に促されて入りやすい話から話し始めたら皆保険から混合診療、TPPとの関係、現場の話などあっというまに2時間が経ってしまった。気がついたらもう過ぎていたという感じだった。対談は法規出版の月刊地域保健という雑誌に載る。保健師を対象にした雑誌だそうだ。早くて1月号、たぶん2月号ぐらいじゃないだろうか。今から楽しみだ。
 午後5時から国際学会で月末からバンコックに行く医師と会った。洪水のことがあり、行っていいものやらどうしてよいのか悩んでいたようだ。バンコックの情報は複数のタイの友人からタイムラグなしに入ってくるので詳しい。彼らも安心して帰って行った。
 さらにそのあと、慶応義塾大学看護医療学部を卒業した看護師と会った。エイズ関係のボランティア活動に学生の時から興味があって参加しており、自分の進路のことで悩みがあるという。ファミレスで話を聞いたが、若者らしい悩みだと思った。
  • 2011/11/28 9:18
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土曜日は外国人患者が多い。11時ごろになってフィリピン人男性のカルテが並んだ。混んでいて1時間も待たせてしまった。右の下腹部が痛いのと30分おきにおしっこに行きたくなると言う。右の下腹部が痛くなるのはいつからと尋ねると数か月前からと答える。それも毎日ではないらしい。ではおしっこが近いのはいつからと尋ねると2週間前ごろと答える。おしっこが終わるときに痛くない?という質問には「痛くはないけどジーンとする」と言う。それって痛いということじゃないかしらなどと推察する。たぶん彼は尿道炎に罹っており、右下腹部痛は症状の始まった時期から考えても尿道炎とは関係がないのだろう。問題はどうして尿道炎になったのかということだ。一般的に考えるとオナニーや性交渉をして感染したなどの可能性もある。本人に尋ねたい、しかし同じフィリピン人の奥さんが心配そうにぴったりそばに立っている。クリニックの通訳のフィリピン人女性も立っている。そういうところでお前はSTDに罹るようなことを?とかオナニーをしているかと尋ねても、もしそうだとしても本当のことを言うはずがない。今更、通訳に奥さんを部屋の外に連れ出すように指示したら、奥さんは自分に聞かせられない話を僕がするのだろうと鋭く感づくにちがいない。つぎに彼を激しく責めるだろう。たとえぬれぎぬでも責めるだろう。けっきょく僕の想像で抗生剤を出しておいた。こんなことまで配慮しなければいけないのかと思ってしまう。彼が帰った後、通訳には僕の考えを話しておいた。ああそうですか、では次にやってきたときには私が奥さんを診察室の外に連れ出しますと通訳は答えてくれた。
  • 2011/11/28 9:16
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きょうは暇・・・と思っていたら、午後になって近くの小学校から電話あり。ホチキスを指に止めてしまったとかで診てほしいというので受けた。20分近くしてやってきたのはなんと小さいころからときどき診ていたアルゼンチン国籍の11歳のこどもだった。見せてごらんと言って差し出した手をとって驚いた。左の親指の腹側に張り付いたようにホチキスの玉がきちんと刺さっている。教室でホチキスを構えているとき、うしろから友達に押されてその衝撃で押してしまったらしいが、あんなにきれいに両側刺さるものなのだろうか? 指の付け根、両側に麻酔の注射をする段階で大泣き。そこから先の指全体が伝達麻酔で感覚がなくなってからホチチキスの玉が折れて一部が指の中に残らないようにゆっくりと摘出。こどもも先生も笑顔になって帰ってくれた。あの伝達麻酔なら明日の昼近くまで効いていることだろう。
  • 2011/11/25 16:27
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