AMDA国際医療情報センター
ブログ カレンダー
« « 2018 11月 » »
28 29 30 31 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 1
プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

続きを読む
supporter
login

理事長 Dr.小林米幸の独り言カテゴリのエントリ

4月2日新年度、市役所から配置換えになったので挨拶したいと電話があるが、お断りした。いずれ検案があればお会いしなければならないだろうし、お互い、忙しい身、こういう挨拶は省いてもいいだろう。第一、診察を待っている患者さんを押しのけてこういう方々が診察室に入って来ると患者さんが不審に思うにちがいない。午後になってやってきたペルー人のお母さん、日頃は高血圧で診ているのだが、今回は咳と鼻水もあり、頭痛もするという。よくよく聞くと息子さんが先週水曜日からB型インフルエンザだったとのこと、鼻から検査をしたら・・・やはりB型インフルエンザだった。そういえば4月1日からインフルエンザに罹った場合、厚労省の指示で今までは「熱が下がってから2日間は外出してはいけない」ということだったが、乳幼児を除くと「最初に症状が出てから5日間なおかつ解熱してから2日間」は外出禁止というか就労、就学禁止になった。こういうことが3月31日までは・・・で4月1日からは・・・というのがいかにも科学的ではなくてお役所仕事らしい。
  • 2012/4/2 15:38
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1426)
危ない話。久しぶりにやってきたフィリピン人男性52歳、高血圧の治療などしていて・・咳が出るから咳止めが欲しいと言いだした。風邪かなあと思いながら、いろいろと聞いているうちにいわゆる花粉症があることがわかった。花粉症のせいなのかとも思ったが、薬を飲んでいるから平気と言う。以前にどこからかもらっておいた薬を飲むとすぐに良くなるから・・と言うので薬の名前を聞いたら・・セレスタミンとのこと。この1カ月ぐらいは飲み続けているらしい。飲めばすぐによくなるよ、すごくいい薬とうれしそう。それで納得した、このところ体重が6キロも増えたという事実。セレスタミンにはステロイドが含まれていて、それがほかのアレルギー用の抗ヒスタミン剤とは決定的に違うところだ。だから長期に使うとステロイドの副作用がでかねない。骨がもろくなったり、感染に弱くなったり、ムーンフェイスと言って顔が丸くなるし、体重も増える。通常はステロイドは副腎皮質ホルモンと呼ばれるだけあって副腎から出てくる。ところが副腎は怠けもので、自分が働かなくても外から副腎皮質ホルモンが入って来ると休眠状態になってしまう。その状態で突然副腎ホルモンの薬、すなわちステロイド剤をやめると人間の体の中にはステロイドホルモンがなくなってしまい、ショックに陥ることさえある。このようにステロイド剤というものは「きわめてよく効く」けど、使用方法をまちがうと「危険な」薬なのだ。
少なくともセレスタミンは花粉症の場合、「最初に」使うべき薬じゃない。きょう、彼にはしっかりとこの話をしておいた。中には小児科のこどもさんにこのセレスタミンを長期投与する医師もいるらしい。困ったことだ。
  • 2012/3/31 11:30
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1975)
関西センターに寄せられた相談の中に台湾からのツアーに参加している人が体調不良となり、病院に連れて行ったら血圧が200以上もあった。そのまま旅行を続けたら倒れてしまい、入院して意識がないというようなものがあった。たぶん脳血管障害をひきおこしたのだろう。こうなってからでは遅い。よく東名高速を走っていると、台湾か中国からの観光客を乗せたと思われる遠方のナンバーを付けたバスがひた走っている。いわゆる弾丸ツアーなのだろう。旅行社も参加者もぜひ体調管理に気をつけてもらいたい。
 今年度もきょうとあすだけ。今回は4月1日から診療報酬点数の改定がある。いつも厚労省から発表になるのがぎりぎりの一週間前ぐらい。医師会でその改正点について説明会があったのが26日、そしてこの数日でパソコンの中の品番、点数など入れ替えなければならないし、その前に自分のクリニックでどの品番を使うか、使わないかをチェックしなければならない。時間が限られた、しかも膨大な仕事量だ。厚労省による指導で医療機関の窓口やレセプト業務の電算化は一気に進んでいるが、パソコンも自分ひとりでここまではやってくれる能力がない。事務員が一人か二人という小さなクリニックでは本当に大変だろう。こんな努力があつて日本の保険制度が成り立っていると言ったら言い過ぎだろうか。
  • 2012/3/30 9:08
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1608)
昨日の休診日、あいち医療通訳システム運用開始セミナーで講演させていただいて帰って来た。会場のホテルの部屋には100人を超える方が来てくださった。講演の冒頭、職種を尋ねたら、医師はひとり、ソーシャルワーカーなどが数人、ほとんどは医療通訳を現在なさっている人または志望者であった。外国人に適切な医療を受けてもらう、そのシステムづくりには通訳だけでなく、医療機関側の理解が絶対的に欠かせない。自分自身が医師で、このような活動を23年も行ってきて骨身にしみていることだ。だからこそ、実際に受け入れる、診療する側の人間が「音なしの構え」というのは不安材料だ。いま、気持ちに燃えている通訳希望者を無力感に突き落とさないためにもソーシャルワーカーを院内で孤立させないためにも、本当の運用開始の前に再度、医療機関側の理解を求める必要があるだろう。昨日、聞くところによるとこのシステム、民間会社に委託しての有料だそうだ。数年間は実証実験のようなものらしく、いずれ県は手をひくのだろう。その際には民間会社は利益を出しながらこのシステムを運用しなければならない。厳しい現実があるような気もしてならない。このシステム、ごく簡単に言えば、医療通訳を有料派遣してほしい医療機関を会員制にして募集するわけだが、もし応募してくる医療機関があるなら、その応募の際に医療機関側で外国人を受け入れるにあたっての勉強会を開催するなど、医療機関としての意思統一をしておかないとただ受け入れて混乱に終わることになりかねないことを強く懸念するしだいだ。
  • 2012/3/29 9:02
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1597)
午後になって急に暖かくなってきた。そのせいか、午前中、ゆったりしていた外来が午後になって長いカルテの列になってしまった。外国人も同様、ペルー人、タイ人、フィリピン人、韓国人、中国人、ベトナム人・・・フィリピン人の男性、突然やってきて昨年と同じ健診をしてほしい、何も食べていないと・・・ほかの患者さんのことや混み具合などこちらの都合もあるのだが、健診、受けてしまった。帰りに結果は奥さんが取りに来ると言うので、「奥さんに言っちゃいけないこと、教えてね」と冗談ぽくつづけたら・・「ドク、だめよ、余計なこと話しちゃ。話しちゃだめだよ」と笑って出て行った。憎めない性格。
きょうは終わったらすぐに名古屋へ、東名を愛車でひた走るつもり。あすは名古屋で講演会。
  • 2012/3/27 16:36
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1506)
 きのう書いた話じゃないけど、福祉政策が充実してくると、もしかしたら悪用しているのかなというケースも明らかに増えてくる。これは日本人も外国人も同じ。子供たちが保育園に入ろうかというころ、横浜市に住んでいた。共働きだったため、保育園の申し込みに行ったら収入が多いと言う理由で待機のリストの一番後ろにまわされた。夜中まで必死に働いていてなぜこのような扱いを受けるのかが到底理解できなかったし、今でも理解できない。真の意味の平等とは何なのか?どういうことなのか? いつも考えさせられる。もうひとり頭が痛いのがラオス人の若い男性、頭痛の症状がとらえどころがなく、基幹病院の専門医も僕と同じ診断、片頭痛の予防薬といわれるものを処方してもどれを飲んでも眠いといい、眠いから軽作業もできないという。とうとう内服を中止。それでも働けない。片頭痛の場合、たしかにその時はとてもじゃないが働けない。それで仮病とまちがわれることさえある。強く疑っている群発性頭痛については発作がおこると2週間から3週間、毎日頭痛が続くことがあり、たしかに働きにくいが一度発作が治まると、そうそう短期間には再発作はおこらない。これらを考えるとやはり彼の場合、どうして?という疑問符がつきまとう。けっきょく活保護が続いている。専門医から僕のところに戻ってきてしまったのも、僕が甘いからなのかもしれない。幼いころから知っている彼だけに心配になる。
 きょうは午後から県庁でかながわレッドリボン賞の授賞式、夜は診療報酬点数改正説明会。
  • 2012/3/26 10:08
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1714)
きょうになってようやく体調がもとに戻った。きのう、久しぶりにやってきた中国人女性、
息子さんが会社に就職するための健康診断の予約をするためにやってきた。すごく上機嫌で「息子は夫と上海に行き、サウナで夫の足につまずついて転んで骨折した。私は香港に食べに行ってきた」と話す。彼女が帰った後、僕に付いている看護師が「先生、あの人、ひとり親でしょ、たしかそうよ」と言う。カルテを出してみたらたしかに「ひとり親」になっている。「ひとり親」とは父親か母親だけで子供を育てていると費用が優遇される制度だ。うーん、どう考えたらいいのか? 彼女がうっかりしゃべってしまったのか?それともいつもは「夫」だけ中国に残っているのか、あるいは「夫」という名前の親しい人なのか?
どうも最後のパターンではないと思う。なんと言っていいのだろう?
  • 2012/3/25 10:00
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1680)
久しぶりに自分のことを書こう。実はこの二日間、最悪の状態だった。19日の夜にバンコックに行って、21日の朝便でもどってきた。帰りはユナイテッドファーストがフルフラットにしてずっと寝てきたので体調はすごくよかった。次の22日木曜は診療の後、午後から県医師会会長会、その後もうひとつ会があって家に戻ったのは7時ごろ。食事の後、台湾の亡き親友のお兄さんからいただいたカラスミの大きいのを生で1/4ぐらい食べた。食べて30分もしたころから激しい悪寒、戦慄、しばらくすると激しい下痢。感染性腸炎にちがいない。しまったと思ったがもう遅かった。しばらくすると今度は発熱、体が熱い。激しい下痢で体は脱水、つらい夜がすぎて23日金曜の朝、診療できるのか?というぐらいの体力だった。朝、7時にクリニックに行き、点滴500ccを受けた。少し体が楽になり、午前の診療をなんとか乗り切る。12時になり、再び点滴、12時を10分過ぎて生命保険の審査の人が来た。普段ならこれぐらい遅れてきても職員の様子によっては受けてあげることもあるのだが、きのうはお断りした。午後もなんとか診療しきったが、耳が熱くなる。鏡を見ると耳が赤い。夜予定されていた医師会の研究会の責任者に電話してわけを話して欠席させてもらう。そして夜はお粥。9時から朝の6時までこんこんと寝続けて起きたらほとんど治っていた。いわゆる感染性腸炎をひきおこす細菌には2種類ある。人間が食べて胃や腸の中で感染して症状をおこすタイプと菌そのものが毒素を持っていて食べて数十分すると症状が現れるものだ。今回、タイで最後に食事をしたのは火曜の夜の6時、日本時間の8時だ。丸2日も経過してから症状が出るというのはおかしい。やはりからすみにちがいない。
今度は熱を通して食べよう、いや食べずに捨てようか、高価なからすみを。
  • 2012/3/24 9:00
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1588)
ここにきてまたインフルエンザや溶連菌の感染症が増えている。学校が春休みになり、普通なら感染は下火になるのにどういうわけだろう? きのうも僕のほうは外国人患者3人なのに小児科は17人もいた。1週間前にB型インフルエンザと診断したベトナム人の若いお母さんが高熱と喉が痛くて来院。彼女の顔にはありありと疑いの色が。インフルエンザ、治らない、この医者、だいじょうぶだろうかというように見える。のどを開けてもらうと扁桃腺が真っ赤で、たくさん白い「白苔」といわれるようなものがついている。溶連菌にまちがいない。のどからこすって検査をしたところ、ピンポーンだった。これはね、インフルエンザとはちがう。イルフルエンザで体が弱っているところに別の病気が入ったんだよと話すとわかってくれた。ところで・・連れているふたりの子供は喉、痛くないよね?と尋ねると上のお兄ちゃんが痛がっているとのこと、隣の小児科の部屋で診てもらったらお兄ちゃんも溶連菌だった。朝のうち、カンボジア人の72歳の女性来院。いつもは高血圧で拝見しているのだが、右手の指が腫れているという。見るとたしかにひどく腫れているが、赤みはなくて細菌感染ではなさそう。リューマチも疑うべきと内科のリューマチを専門とするクリニックを紹介することにした。そう告げたとたんに泣きだしそうな顔、徒歩で10分ぐらいなのだが、ちゃんと行き着けるか、心配だと言う。スーパーの横を通って、駅のほうに曲がらずに直して・・・・と地図をコピーして教えてあげた。その後、何も言ってこなかったので、無事にたどり着けたのだろう。このように暗に「先生のところで診て」と言われても申し訳ないができない。けっきょくは適切な治療が遅れてしまう。
  • 2012/3/23 15:32
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1666)
 タイのNPOであるTAEMとAMDAの協力覚書の調印式にバンコックを訪れて昨日帰国した。考えてみたら31時間の滞在だった。調印式の行われたラチャウィティー病院まで宿泊していたスークムビット ソイ23のジャスミンスイートまで救急車のような迎えが来てくれた。行ってみたらモノレールのアヌッサワリー駅(勝利記念塔)から至近距離だった。あのあたり、デェンデェーン通りとの交差点だが、少し物価が安いらしい。初めて足を踏み入れるあたりだった。たしかアヌッサワリーの周辺は夜になると東北タイの料理店、屋台がたくさん出るという。今度行ってみよう。調印式はAMDAから僕、タイ側からは責任者のサント教授、病院長の女医先生、そして旧知のパイロート先生が出席、ちょうど同病院で行っていた全国の若手医師、看護師を対象にした救急の研修を受けに来ていた人達も参加したいとのことで大勢の前での調印式となった。そこで僕はタイ語と英語とのチャンポンであいさつをした。タイ語で話し始めると会場がどよめいた。たしかに日本人の医師がタイ語で話すなど想像していなかったにちがいない。といっても全部をタイ語で話せるほどの力がないのが残念だが。でも少しでもその国の言葉で話すとぐっと気持ちが近寄る。若い人たちの顔に書いてあった。あのタイの洪水のころは1万円が4000バーツ寸前だったが、このところの円安で3640バーツになっていた。
 今回はマイルがたくさん余っていたユナイテッドのファーストに乗ってみた。もちろんマイルで。いつもこの数年JALにしか乗っていないので、余計に気がつくことがあった。ユナイテッドの客室乗務員、けっこう高齢な人が少なからず乗務している。帰りもまったく同じ乗務員だった。中一日、休息日なのだろう。すこし親しくなったところで「ユナイテッドは何歳まで働けるの?」と尋ねてみた。すると白髪の彼がにやっと笑って英字新聞を持ってきて見せてくれた。そこには84歳でも元気に働く同社の男性客室乗務員の姿があった。ところでこの白髪の彼は?と思って、年齢を尋ねたら僕とまったく同じ、1949年生まれで僕のほうが半年年上だった。しっかり握手。やはり機内食はいわゆる洋食が多い。行きには和食らしきもののチョイスもあったが、帰りの便は朝食も昼の軽いランチも洋食のみ。やはり食に関しては僕のような和食が好きというタイプにはつらいかもしれない。成田で降りるときに「ミスターコバヤシ、あなたは何歳まで働くのか?」と尋ねられた。死ぬまで・・・と答えたが、その通りになるのかもしれない。どうか、余裕のある人生を送りたいものだ。
 きょうは午後から県医師会会長会。午前中きっと混む。がんばらなくては。
  • 2012/3/22 9:03
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1653)