AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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理事長 Dr.小林米幸の独り言カテゴリのエントリ

大阪市は橋下氏が市長に就任して、早くも無駄な経費の洗い出しをしているらしい。基本的にはけっこうなことだ。しかしNPOいじめにならないようにしてほしい。NPOと言ってもほとんど行政でしょと言いたくなるような財団もある。そういうところには市の職員が天下りしていることが多い。課長や部長の席が少ないからと早期退職させてそういうところに天下りさせ、そこに予算をつけるというやりかただ。財団をつくったあたりから当初の狙いは自分たちのポストづくりかというような感じさえする。それに対して純粋にNPOでやってきた団体は血がにじむような会計努力をし、ただでもいいよと言ってくれる貴重な人たちの志によって会社組織なら考えられないような安価な費用で運営している。こういう団体がいまや行政の隙間を埋めているわけだが、そういう大切な部分を任され、いまや社会になくてはならない組織と言われながら、一方では実態はワーキングプアであり、言わばワークシェアで働きたいという人たちの最終ネットにもなっている。こういうところにお金が流れれば隙間がうまるだけでなく、社会の安定にもつながると思うしだいだ。
  • 2012/1/24 14:30
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やはりインフルエンザが確実に増えてきた。専門家の話によると今年のA型の流行の中心はこの2年騒がれてきたいわゆる新型インフルエンザではなく、香港型らしい。5年ぶりとかでとくに5歳以下のお子さんには免疫がないらしく、こども中心の流行となるだろうということだった。気をつけよう。フィリピン人男性、お弁当屋さんで働いているが、下痢をおこし、他院での便培養でサルモネラが出てしまった。こうなると症状がおさまり、次回の便培養でサルモネラ陰性になるまで仕事場に出てはいけないが、同じフィリピン人の奥さんに休まないで仕事に行くように言われて来院。経済的なこともあるのだろうが、このケースは働いてはいけない。なぜ働いていけないのかをよく話したらわかってくれた。この奥さん、風邪をひいたから薬と言われたが、カルテを見ると高血圧で昨年の1月に降圧剤を処方している。勝手に休薬してしまい、今に至っている。フィリピンから降圧剤を送ってもらって内服しているからやってこないのかと思ったら、まったく内服していないとのこと、ときどき頭痛があるらしい。しばらく話したが、薬が欲しいという雰囲気ではなかったので、そこで話を打ち切った。午後の最初にやってきたガーナ人男性、高血圧のチェックをしていると何か話しかけてくる。耳に聴診器がはまっているので聞こえない。血圧測定してからよく聞くと、ガーナにいる姉が心筋が痛くていい薬が日本にあるなら欲しい、送ってあげたいという。まずは彼のカルテすなわち社会保険を使って処方することはできないこと、心臓の薬といってもいろいろな病気があり、お姉さんを心配する気持ちはよくわかるが、状況がわからないとむしろ害になる薬もあるかもしれないので、お姉さんのためにはむしろ処方しないほうがいいと話しておいた。
  • 2012/1/23 16:25
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きのう、1時に仕事を終えてから朝のうちに予約をしていた美容室に行ってカットしてもらってきた。もう1か月半、カットしていなかったので髪も長くなり、うっとおしくてしょうがなかった。若いころ・・といっても外科医としてスタートして数年後、あの頃、長髪が流行していて僕の髪も長かった。静岡の日赤に勤務していたころ、僕の髪を短くしようと上司がありとあらゆる悪意なき圧力をかけてきたが、受け付けなかった。あの頃が懐かしい。いつもの美容室はおばあちゃん、おばあちゃんの兄弟、そのこどもさん、お孫さんまで患者で来てくれる。ついイスでうたた寝してしまう。カットが終わり、すっきりしてから遅い昼ごはんを駅前のカレーハウスで済ませた。オーダーして待っている間、朝刊を読ませてもらった。昨年の来日観光客、激減とあった。東日本大震災の影響と書いてあったが、その後の円高で観光客は戻ってきていないとも書いてあった。たしかに1ドル=70円台ではそうだろう。この大和の隣には厚木の米軍キャンプがある。というか実際には大和市に隣接していて地域に密着している。軍人やその家族がキャンプの外に出てくるのでキャンプの周辺の彼ら目当ての飲食店はいま大変らしい。そろそろみな、観光客が病院にやってきて山ほどお金を落としてくれるなどというメディカルツーリズムの幻想から目を覚ましたほうがいいのではないか。このところ、昨年1月1日から12月31日までのセンター東京の電話相談の日誌のデーター整理をしている。仕事の合間にしているのでまだ4月分までしか終わってはいないが、毎月20数件、医療機関のソーシャルワーカー、医師、看護師、薬剤師などから電話通訳を含めた電話がある。年間ベースに直すとおそらく昨年の総相談件数1779件中、少なくても240件はそういう医療機関からの電話がある。医療機関は首都圏が多いが、日本全国に及ぶ。特徴があるとしたら個人の医療機関というより、地域の中心的医療機関が圧倒的に多い。ソーシャルワーカーが勤務している規模の病院だ。たぶん僕自身がソーシャルワーカーの学会や地域の研究会で話をさせていただいていることから彼らの中でAMDA国際医療情報センターの情報が浸透しているのだろう。相談内容をみると医療費にからんで在留資格や制度についての問い合わせが多く、通訳では中国語、スペイン語、タイ語などが多い。通訳内容では病状の説明、会計の説明などがめだつ。エイズの治療について通訳なども少ながらずあり、こういうケースは電話通訳も含めた通訳がいなければ患者が困るだけではなく、医師や看護師、ソーシャルワーカーなど日本の医療機関側の人たちも困ってしまう。相手とコミュニケーションが取れない状態での医療など恐ろしくてできやしない。と言って患者をほおっておくわけにもいかず、良心的な医療機関、医療従事者ほどこういう無理な状況に直面して悩むことになる。彼らがこのような思いをすることなく、医療に専念できるようにAMDA国際医療情報センターは支援したい。僕自身、医師として医療にかかわってきて38年、大げさに言えば、自分の仕事仲間が困り果てているのを放置してはおけない。こういう外国人患者のほとんどは地域に住んでいる人たちだ。皆さんの家の周りにも住んでいる人たちだ。すなわち外国人医療は地域医療。ここがポイントだ。いま、AMDA国際医療情報センターがもしも対応できなくなったら、外国人だけでなく、医療機関での診療にも大きな影響を与えるかもしれない。だからこそ安定経営が求められる。NPOと言えども経営なのである。
  • 2012/1/23 9:52
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きのうの夕方、久しぶりに唸った。ペルー人女性、数年前に市内のある病院で胆嚢結石で内視鏡手術を受けている。昨年の後半になり、右の上腹部に痛みがあり、来院。血液検査ではγ-GTPやAL-Pが上昇していて、直接ビリルビンも上昇していて胆管内圧が上昇している所見であったので、総胆管内の遺残結石を疑って、近くの総合病院に紹介状を書いた。
手術をしてくれた病院ではすでに医師が転勤していて何度受診しても何もしてくれない?から僕のところにやってきたということだったと記憶している。最近退院したらしく、紹介した総合病院からの返事を持ってきた。肝内胆管にも総胆管にも石はないが、砂があったとのことで、それを洗い流して退院となったようだ。書類の最後に「今後は貴院にて診てください」と書いてあった。それから彼女と息子さんの質問の嵐。どうしてこんなことになるのだろう? 本人に尋ねてみたら、詳しいことは僕のクリニックで説明してもらってくれと言われたとのこと、そう、たぶん主治医は僕に返事を書いてその通りに僕から患者に話してもらいたいと思ったようだ。そちらのほうが楽なのだろう。まあ悪いとは言わないが、自分の患者なのだからなんとか自分で説明する努力はしてほしい。たまたま雪で患者が少なくゆっくり話ができたので、ついでに静脈瘤のことや手の指のヘバーデン結節の質問までされて説明した。とりあえずにこにこして「わかりました」と帰ってくれてよかった。
  • 2012/1/23 9:51
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あああ、久しぶりの雪、喜んでいるのはクリニックのフィリピン人スタッフぐらい。先週から続きのペルー人のA型肝炎陽性だった男性患者、HA IgM抗体は陰性だった。ということはA型肝炎に感染したのは今ではなくてずいぶん前の話だろう。幸い、S-GPTもγ-GTPも前回よりは下がっているが、まだ相当高い。肝機能庇護剤を処方しながら来月また採血して経過をみることにした。フィリピン人患者、風邪ひき、かわいそうに声が出なくなっている。2日もすれば出るだろう。外国人患者のことではないが、最近会社の健診などでピロリ菌の検査を受け、陽性でやってくる人が少なくない。ご丁寧に会社からも依頼状みたいなものと医療機関からの返事をほしい旨、書かれた文書を持ってくる。はっきりいうとこれが迷惑千万、ぜひ会社の社医または保健室または人間ドックなど行っている機関でご本人に説明しておいてほしい。ピロリ菌が陽性であった場合、医療機関に受検者がやってくるのはもちろんそのピロリ除菌の相談である。現在、社会保険、国民健康保険などの保険診療のもとにピロリ菌の除菌療法を受けるには「胃潰瘍または胃潰瘍ハンコン、十二指腸潰瘍または十二指腸ハンコン」という病名があることが条件である。ハンコンとは治癒した痕のことである。かんたんに言うとこれは保険診療に関する法律での決まりごとである。だから何も検査せずに、または内視鏡など検査を行ってもこれらの病名がつくことがなければピロリ菌の除菌に関しては保険外の自由診療となり、保険点数10割でも1万円程度にはなるだろう。ここまで話すと不満顔の方がいらっしゃるが、これはまちがいのない事実である。僕がいやみを言ったり、いじわるをしているのではなく、保険診療上のルールなのである。ゆえに医療機関にて険悪な雰囲気にならぬよう、ピロリ菌の検査を健診などで行うのなら、陽性の場合、除菌療法はこうなりますという保険診療上のルールは会社や人間ドックなどの健診施設のほうでよく説明をしておいてほしい。どうも最近の健診、人間ドックはさらっと説明して終わるか、郵送して異常項目は医者に相談に行けなどと「やりっぱなし」に近い印象を受ける。消化器関係の学会が胃炎でのピロリ菌除菌も保険適用になるように厚労省に働きかけていると聞くが、今は「胃炎」でも「胃がん」でも「胃ポリープ」でも、もちろん「異常なし」の場合も保険適用にはならない。
  • 2012/1/20 15:31
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 インド人女性、風邪ひき。ひとつひとつ薬について説明するとそのたびに、イエスとか言いながら首を振る。うーん、振るというかテレビでみるインド舞踊の一場面みたい、左右に器用にくねくねとする。はじめてインド人女性を診察した時にこれを見たとき、こりゃいったい何なのだ? 納得しているのか、いやがっているのか、どういう意味を表現しているのだろう?と思ったが。ずいぶんとインド人女性を診察したが、相当高率にこのしぐさをする。決して男性はしない。あれは「そうなのね」とか「わかりました」というしぐさらしい。なにより証拠にこのしぐさをした後には質問が来ない。きょうも見ることができた。
 きのうは隣の海老名市医師会の新年会に来賓として出席した。余興としてオペラ歌手が出てきて例の「わたしのお墓の前で泣かないでください・・・」という歌を歌った。テーブル席に座って僕はその時、考え事をしていた。ちょっと前にあいさつされた方に関連してあることを考えていたのだが・・顔をあげたら向かいに座っている方の顔が変。目が真っ赤、泣いている。あの歌の歌詞に感動しているのだろう。僕はいたって泣き上戸だ。テレビを見ていても映画でちょっとジーンと来るシーンがあると涙が出てくる。よく子供たちに笑われた。一番困ったのは娘の小学校の卒業式。当時校長先生に頼まれてPTA の会長を務めていたものだから、卒業式も父兄席ではなく、校長先生の隣。ここって父兄席から丸見え。ひとりずつ子供たちが校長先生の前まで歩いて来て「わたしは将来、○○になります」とか言う。人のこどもでも涙が出そうになる。娘が歩いてきたらもうハンカチが離せなくなった。自分では父兄席からわからぬように拭っていたつもりだが、後で親しい父兄から「小林さん、ずいぶん泣いていたねえ」と言われて恥ずかしい思いをした。向かいの方を見ていると不思議なもので、いや不謹慎なことにこっけいに見えてきた。きっとあのころ、父兄の皆さんはこんな気持ちで僕を見ていたのかしら。まだインフルエンザは流行っていない。
  • 2012/1/19 13:58
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先生、おはようございますとタイ人通訳が僕の部屋に入って来た、と次の瞬間、やはり先日バンコックで買ってきた仏様やお坊様の写真にワイというタイ式のあいさつをした。彼女が来たら説明してあげようと思ったのに、彼女のほうが反応が早かった。1枚の仏さまの写真を見つめながら、この仏様は手がどうこうして足がこうなっているから・・・なんとかですという。なんとかって言われてもこちらはわからない。よくよく尋ねてみると曜日によって敬う仏様が異なるというか、仏さまの姿が異なるということであった。だからあのスタイルの仏様は月曜日、こちらの仏様は手をこうしているから火曜日、あちらの仏様は足を組んでいるから水曜日とかそういうことだ。タイ人はみな自分が何曜日に生まれたかを知っている。とても重要なことなのだ。月曜、火曜、水曜・・・日曜と産まれた曜日によって色が決まっている。現在の王様、ラマ9世は月曜に生まれたので黄色、現在の女性首相の実兄、例のタクシン元首相は日曜に生まれたので赤というわけだ。昨年はじめのあのバンコックのデモ騒ぎのとき、タクシン派が着たり、頭に巻いたりしていたのはタクシン元首相の誕生日の色、赤であったのは記憶に新しい。反タクシンが使っていたのは黄色、現国王ラマ9世を表している。なぜ反タクシンが国王を表す黄色を使っていたかというと、タクシンの言動から彼が王政を廃止するのではないかと強く疑っていたからだ。タクシンを支持する人の中にも当時の政府は嫌いだが、王政は支持するという人が少なからずいる。
タクシンは古い利権政治の改革者のようにとくに貧しい人たちに思われているらしいが、実像はちがう。首相時代にバンコックの広大な国有地を自分のIT関連会社や家族の会社に払い下げ、巨額の富を手にいれている。新興勢力として富を築く中で、古くから政権と癒着していた守旧派の財閥と利権争いでぶつかってしまったというのがあのトラブルの真相だ。ただタクシンには味方があまりいなかった。そこで頭のいい彼はいなかに住んでいる人たちの税金を安くする政策を実施した。それで都会ではなく、いなかでは圧倒的な支持を得るにいたったわけである。それまでの政権の中に力が弱い人たち、いなかの農村部の人たちのことを考える政権はなかった。あわてた反タクシンの前政権は相続税導入を検討すると発表した。タイには相続税はなく、金持ちの家系はずっと金持ち、貧乏人の家系はずっと貧乏人で、なかなかそれをひっくり帰すチャンスが世の中になかったのである。ただ相続税を導入するという反タクシンの前政権のお約束は政権の崩壊とともに消えてなくなってしまった。為政者が本当の意味で賢くないと民衆は大変だ。どこかの国のことと似ていないだろうか。
  • 2012/1/17 14:36
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みんな風邪をひいている。フィリピン人、カンボジア人、ベトナム人、ペルー人、韓国人、オーストラリア人そして日本人たくさん。韓国人女性、冬場になると両手の指先が真っ白になるとのこと、喫煙歴あり。バージャー病かレイノー病か? ユベラ・ニコチネートを処方してみたが、あまり効果がないかもしれない。調理でカニやほっけを冷たい水で洗うというので、そうかそういう韓国料理店なんだと思い込んでいたが、よくよく聞くと葬儀のときの仕出し料理を調理しているとのこと。こういうところまで外国人が働いて支えているのね、いまの日本はといまさらながら思った。昼休み直前、ペルー人の女性があわてた顔でクリニックのドアをあけて入って来た。ちょうど、やれやれ午前の部が終わったかとトイレに行った帰りだった。左の前胸部が苦しい、おばあちゃんもお母さんも狭心症があるとのことであわててやってきたというわけだが・・・苦しいという割には元気そう、心電図も胸部レントゲン写真もまったく異常がなく、フォローアップとした。それにしても寒い一日。
  • 2012/1/16 16:17
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先週土曜に横須賀からやってきてクラミジアの検査を受けたアメリカ人、先週はお金が足りずに帰ったのだが、きょうちゃんとお金を持ってきた。結果も聞きたかったのだろうが、当初結果は電話で聞きたいと話していたので、未収金を踏み倒すつもりは初めからなかったのだろう。するとどういうことなのか? 要するに悪意がなく、「そういう人だ」ということだ。ほっとはしたけど、こういうスタイルでは日本社会に溶け込むのはむずかしいだろう。結果はIg G が陽性で、IgAは陰性、すなわち過去には感染したことがあるが、現在はありませんということ。たぶん治療歴があるのだろう。結果説明をしたが、淡々と話を聞いて結果を持って帰った。きょうは夕方から歯科医師会の新年会に招待されているのだが、11時ごろから光がまぶしくなって見つめにくくなり、ああ片頭痛がくるなと思ってイミグランの点鼻薬を使った。片頭痛発作は昔、若い時ほどひどくはないが、軽い頭痛がする。年とってよかったと思うのはこれぐらいだ。自分が患者でもあるので、僕のクリニックには片頭痛の患者が多い。
  • 2012/1/16 9:31
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なんとも不思議な話ってあるものだ。きょうは外国人医療を離れて個人的なことを書かせていただく。昨日夕方、北海道新聞の記者から電話があった。僕の故郷、栗山町の担当だという。何事かと思ったら僕が11月に母を偲んで故郷の栗山町の町立図書館に母の名前のついた児童文庫をつくってもらおうと寄付した件であった。「小林さん、昨日、お母様の名前のついた児童文庫が開設されてこどもたちがとても喜んでいて、電話取材をさせてください」。これには絶句した。きのうからみて「昨日」の1月12日は母の命日だからだ。今回の寄付にあたり、町の側には母の命日を伝えた覚えがない。偶然にしてはすごい偶然だ。もっと驚いたのはこの記者が僕を栗山町出身とは知らずに、過去の北海道新聞の記事のデーターベースの中から探したことだ。たしかにもう15年近く前に外国人医療のことで北海道新聞の取材を受けたことがあった。この年になって、いつまでも亡くなった母のことを書くのは恥ずかしいので、このあたりで止めておこう。
  • 2012/1/16 9:29
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