AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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理事長 Dr.小林米幸の独り言カテゴリのエントリ

フィリピン人女性18歳、貧血にて来院、両親はフィリピン人、母親が日本で再婚し、13歳のときに母親に引き取られて日本にやってきたそうだ。すっかり「普通」の女子高生になっている。4月から大学に進学するそうで、僕もほっとした。こういうケース、13歳にもなって日本にやってくると、日本語の学習、学校での勉強についていけなくなり、ドロップアウトしてしまうこどもたちを随分見てきた。この子にはかなりの能力があるのか環境がよかったのだろう。フィリピンではカソリック教徒が多数を占めるため、離婚は認められず・・・したがって日本で再婚したというフィリピン人女性の中にはさまざまな理由で法的には国際重婚になってしまう人が少なくなかった。配偶者が亡くなってしまったという場合は全く問題がないが、配偶者が逃亡してしまい、行方不明とか、中には配偶者や親族と示し合わせて「再婚」という出稼ぎにくる人もいなかったわけではない。こういう負の部分がなかったのだろう。ベトナム人男性67歳、きょうベトナム人スタッフがやってくる日だというのに、わざわざ前日にベトナム人の奥さんが薬を取りにやってきた。ご主人が精神科の薬を内服している事情もあってか、奥さんはいやいややってきたようで・・・僕の前で話をしているときにも携帯の着信音がして・・・覗き込んで「あっ、○○さんだ」とだんなさんの名前を呼び、「うるさいね、つかれちゃう、切っちゃう」と携帯に出ずにそのまま切ってしまった。前日にわざわざ奥さんに薬を取りに来させたというのは、明らかにベトナム人スタッフと会いたくはないという意志の表れだと思う。決してベトナム人スタッフが悪いのではなく、僕が生活指導をするとそれをそのまま翻訳して伝えるからだ。こうるさく感じるのだろう。こういうところが難しい。
  • 2018/9/1 9:00
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ペルー人女性48歳、以前はいつも暗い表情で、診察しても捉えどころがないような症状で尽きることもないような話を聞くことになっていたが・・・久しぶりにやってきたら、少しほがらかになっていてほっとした。「足が大きい」というので診ると、両下腿に相当な浮腫、おまけに以前から太ってはいたが、なんだかすごい太り方になっていた。とりあえずスピロノラクトン50ミリを処方、幸い、何も食べて来てはいないというので、採血を行った。このままでは膝が体重を支えきれなくなるのは目に見えているようなもので・・体重を減らすように厳しく話した。アメリカ人女性57歳、精神疾患あって専門病院で治療を受けている。午前中、本人からフィリピン人スタッフに電話があり、お酒をやめたいので、専門治療の病院を紹介してほしいとのこと、ちょうど内視鏡検査の最中だったので、小声でフィリピン人スタッフに横須賀にある以前は国立療養所であった専門医療機関を教えてあげるようにと話したのだが・・・話してすぐにこの医療機関を受診するには情報提供書が必要であることを思い出し、クリニックを受診してくれるように頼んだ。その直後にご主人から電話があり、奥様がお酒を飲みすぎていて治療の専門病院を探してほしいと言われたので、先程本人から電話があった旨を伝えると驚いたようなようすだった。午後になって本人が外来にやってきてカルテが机に並んだ。10分もしないうちに順番となり、呼んでもらってもだれも入って来ない。受付に確認すると「さっき出て行ってしまった」とのこと。診察を進めていると15分ぐらいして「戻ってきた」と連絡があった。そして本人が診察室に入ってきたが・・おなかのことを話すばかりで、お酒の病院の話にならない。そこで「きょう、午前中にお酒をやめたいので病院を紹介してほしいと電話してきたそうだけど、まちがいないのね」と訊ねた。返事が全く返ってこない。目つきがおかしい。ときどきだが、精神科疾患の治療がうまくいっていないとき・・要するに処方薬を指示されたとおりに内服していない時の顔つきだ。けっきょくそのまま帰って行った。フィリピン人男性39歳、健診の結果を受けて食事療法を行い、数日前に採血した結果、HDLコレステロールが28、中性脂肪が669と両方とも健診時より悪化している。相当に太っているので体重を減らすことと運動療法を再度指示、ベザフィブラートを開始した。
  • 2018/8/31 9:00
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ベトナム人女性25歳、初診。技能研修生らしい。数日前から喉が痛く、咳と痰があるという。僕の知っている数少ないベトナム語であるダオコー(喉が痛い)、痰(ダン)と話すと、少し驚いた顔をしていたが・・・驚くようなすごいことじゃない。コーは喉頭のコー、ダンは痰の濁音。もともとベトナムも漢字の文化圏だったので、同じ漢字文化圏の日本とは共通の、あるいは似通った単語がある。ベトナムと日本は近くはないが、中国を真ん中にして互いに中国からの距離を考えたら当たり前といえば当たり前だ。航空会社の「航空」という文字、北京語では「ハンコン」と呼ぶが、ベトナム語も同じ「ハンコン」である。昼休み直前、ペルー人女性50歳が駆け込んできた。頭痛がひどいと、顔をゆがめている。もともと片頭痛があったはず。頭痛の程度など尋ねようにも、もうどうにもならないようす。奥のベッドの部屋に運び、部屋を暗くしたまま、イミグラン注を行って寝てもらった。午後3時過ぎに頭痛がよくなったと起きてきた。聞きたいことがあるというので診察室に入ってもらったところ、右の季肋部痛があると訴える。内視鏡による手術痕があるので尋ねたら、2か月前に近くの公立病院で胆石の手術を受けたとのこと、まだ痛いので超音波で診てほしいと言う。触診すると、たしかに触っただけで痛みが強いようす、ただ、発熱はなし。術後の超音波の診断はむずかしい。手術に関係した痛みということも否定はできないので、早い機会に手術をしてくれた医師の外来を訪ねるようにと話して、情報提供書を書いた。きのうは水曜は休診日、朝からクリニックにやってきて日本医師会雑誌の3月号外国人医療の特集号に依頼された原稿を書き始めた。およそのめどがついたので午後3時に引き上げた。締切は10月末だが、この分ならあと1週間ぐらいでとりあえずなんとかなるだろうと思う。
  • 2018/8/30 9:00
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朝から外国人患者が続々やってきた。その多くがクリニックの夏季休暇に気がつかずに「○○日前に薬が終わっちゃった」という人たち。アルゼンチン男性57歳、高血圧で降圧剤処方中だが・・・18日土曜の午後2時半にクリニックにやってきたが、もうしまっていたとのこと。土曜は午後1時で終了なので当たり前といえば当たり前。飲み忘れなどあり、24日の金曜までは薬があったが、この2日は内服していないと話す。血圧は178/100、いつもの診察時には130前後なので明らかに高い。彼のように一か月に一回、診療にやってくる人たちには日本人も含めて次回の診察日、来月の休診情報など必ずお知らせして小さな紙に書いて渡すことを開業以来行っているのだが・・・それとどうしても理由があって2か月分の処方を望む人たちには再来月の診療情報をお知らせするのがむずかしい。もともと忙しくて・・という人が多くて、次回の診察については「おまかせ」するしかないからなのだが。やはりいい加減になりやすいし、途中で症状が変り、内服薬の変更を余儀なくされたときなど、大量の薬が無駄になってしまう。フィリピン人女性54歳、特定健診の結果を話した。中性脂肪が347、5年前が140、3年前が217、この時点で食事療法の話をしたのに・・・はちきれんばかりに太ってしまった結果がこれだ。チョコを毎日一個食べているという。肉はあまり食べないとのこと。まずはチョコを食べないように話し、今回はベザフィブラートを処方して、涼しくなったころに再度空腹時で採血することとした。
  • 2018/8/28 9:00
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昨日、夏季休暇で1週間すごしたバンコクから帰国。滞在中に無二の親友の葬儀に出席、次の日は遺体を遺灰にする儀式に出席、この日の儀式の最後に彼の一生をまとめた写真入りの立派な本と仏教の教えが書いてある本が各一冊ずつ、すべての参列者に配られた。立派な本の中をみると、幼い時からの彼の写真と彼の業績、そして関係者から追悼の言葉が印刷されていた。写真を見て行くと、若いころの彼と僕の写真を発見、さらに僕といっしょに写っている写真が3枚もあった。追悼の文の中に彼の元の部下に頼まれて、大急ぎで書いた僕の英語の文も載っていたが、英語で書いてあったのは僕だけだった。このように僕を扱ってくれたご家族に感謝。次の日に空軍病院で偲ぶ会があり、早朝、6時半に宿泊先まで黒塗りの車が迎えに来てくれて驚いた。36年来の親友で、日頃は冗談を言い合ったり、ちょっと食事をして「またね」と別れるような・・家族のような付き合いだったが、たくさんの人が彼を慕っていてくれるのを見て、彼の人間性のすばらしさを改めて知った旅だった。
  • 2018/8/27 9:00
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ラオス人男性22歳、会社の健診でひっかかったと来院。何がひっかかったのかはわかっていないようす。民間業者の健診結果を読んだら、軽度の貧血、そして中性脂肪が高かった。朝ごはんは食べたというので時間を訊ねると、ほぼ6時間前だったので、参考になると思い、中性脂肪もチェックした。この「中性脂肪」という単語に該当するタイ語が思い浮かばず、「カイマン」すなわち体の脂肪と話したが、わかったようだった。ラオス人のすべてがタイ語を理解するわけではないが、僕の経験では9割以上の人が理解してくれる。単語もほぼ同じなのだろう。フィリピン人女性54歳、なかなかのインテリなのだが・・・朝の9時過ぎに特定健診を予約していたのに・・連絡があってこれからいいか?と言われたのが11時、こういうことがあると「フィリピン人は・・・」となりかねないので実に残念だ。本人にもそう伝えたが、どこまで真剣に理解してくれたか・・時間が正確な日本にあってはこういう「自分のスタイル」を貫こうとすると、住みにくい国となるだろう。体重を測ると68.5キロ、2年前に同じ特定健診を受けた時が63キロ、5年前に受けた時は58キロ、本人は「何も食べすぎてはいない」と言うが、もっと訊ねてみると「ラーメン餃子にごはん」とか、明らかにカロリーオーバーだ。これではいつか膝が悲鳴をあげるだろう。5時の診察終了30分前に受付から連絡あり、タイ人男性の奥様の日本人から電話があって、これからご主人を診てほしいとのこと、受けていいか?とのことだった。夜の研究会や会議の予定もなかったので受けたところ、20分ぐらいでそれらしいカップルが現れた。すると・・・ご主人はタイ人ではなく、台湾人。タイ人と台湾人、たしかに似てはいるが、日本人の奥様が発音したのだからまちがえようがない。そのたびに注意はするのだが、受付事務が正確に電話の主の名前や役所の名称をまちがえるのは少し問題だ。あわてる必要はないのだから・・
きょうの午後から一週間夏休み。
  • 2018/8/20 9:00
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外国人患者が多かった一日。僕のほうだけで新患が3人、再診患者が6人。以下新しい患者を紹介。スリランカ人男性48歳、体の不調を訴え来院、なんとか英語で話し合えた。たぶん熱中症のための脱水だろうと考え、点滴を行った。幸い、帰るころには症状は消失していた。名前からしてイスラム教、ということはスリランカでの多数派である仏教徒のシンハリ人ではなく、少数派のヒンズー教が多いタミール人だろうと思って訊ねてみたら、やはりタミール人だった。ヒンズー教には厳格なカースト制度がある。身分制度である。カースト制度で一番下とされる身分の人やアウトカーストと呼ばれるカースト制度にも入れない人はヒンズー教徒でいる限り、この身分制度にしばられて苦しむ。そういう人たちの中に集団でイスラム教に改宗する人が多いというわけだ。アメリカ人男性21歳、都内から来院、遠方からやってくる人には戸惑う。医療は1回では終わらないことが圧倒的に多いからだ。彼の英語はよくわかった。この2か月続く腹痛と下痢、同期間にストレスを抱えているとのこと、さらに腹痛が「あっちもこっちも痛くて」波があるようだと言われたら、過敏性腸症候群しかないだろう。トリメブチンとビオスリーを処方し、食事指導を行った。スリランカ人男性42歳、最初の人と同じ隣のA市からやってきた。でも最初の人のことは知らなかった。あの地域、スリランカ人が多く住んでいる理由があるのだろうか?
頸部から頭の痛さを訴えていた。下を向いてなにかの仕事をしていると言っていたが、聞き取れなかった。英語はまったく話せず、日本語もほんの少し、連れてきたスリランカ人男性が日本語の通訳をしてくれた。話を聞いたあと血圧など測定しても異状なく、症状に合わせて筋肉を軟らかくする薬と鎮痛剤を処方してようすをみることにした。それにしても3人の新患、全員日本の公的保険に加入していた。
  • 2018/8/17 9:00
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14日のブログに書いた日系ペルー人の女性の続きだが、僕は少し怒っている。この88歳の女性、日系ペルー人ではなく、日系ブラジル人で息子のお嫁さんが日系ペルー人だった。市内の施設にショートスティしていて食欲がなく、発熱もあり具合が悪くなったと施設から息子さんに連絡があり、そのまま息子さんが僕のクリニックに車イスで連れてきたのが13日の午後3時すぎ。とりあえず点滴をしようとしたら暴力的に抵抗し、言葉も暴力的、顔つきがいつもの彼女ではない。施設からの情報提供書を読んでみると、おかしなことに気がついた。8月9日にすでに37度の発熱があり、入浴サービスを中止しているというのに、次に体温の記載があるのが13日の37度、この間はどうだったのだろう?と施設に電話してみたら、書いたであろう看護師はいなくて責任者らしい男性が電話に出てきたが、記録を調べながらこの間の検温はしていないと教えてくれた。排便についても8月9日に中等量ありと書いてあるが、ほかの日には何も書いてない。要するに項目を決めてその項目について継時的に書いてあるのではなく、なんだか思いついたようにスポット的にものごとが書いてある。おまけに・・いつもは笑顔を絶やさないこの利用者がきのうは見たこともないように暴力的で・・それについて訊ねると、「日頃からそういうところがある」と答える。医師としての勘では熱中症で脱水をおこし、意識ももうろうとして別人格のようになっているのではないかと疑ったのだが・・・息子に尋ねても家でもそんな暴力的になることはないと言う。昨日はけっきょく点滴ができなかったので、息子にはOS1など飲ませてあげるようにと話して帰宅してもらった。そして14日の午前、息子に連れられて車イスでやってきた彼女、いつもの笑顔に戻っている。聞けば昨晩、ずっとOS1を飲んでいて、朝起きたら「いつもの状態」に戻っていたのだとのこと、コーヒーにパンを食べたそうだ。本人に尋ねてもコーヒーとパンの方が日本食より食べやすいのだそうだ。体温も下がっていた。熱中症を見逃した、症状のチェックも甘い、食欲がないとき、何なら食べられるのか?と考える志向性がない、外国人の場合、自分の食べなれたものなら食べるということがしばしばある。彼女にとっても長く親しんだブラジルの食生活のほうが合うのだろう。この施設には二つのことが欠けている。利用者のことを真剣に考えること、そして自分の組織の危機管理を考えること。今回、結果がよかったからいいようなもので、なにかあったら訴訟につながりかねない。そして同じ専門職の他人の目でチェックされることのない記録・・・医療と介護は連携して人のケアに当たらなければならないというのに、連携する組織としてはいい加減すぎる。
  • 2018/8/16 9:00
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ベトナム人男性28歳、南隣のF市から来院。はじめ、何をしてほしくてやってきたのかがわからなかったが、必死に聞いているうちに理解できた。行った検査は問題なく、それを理解して帰って行った。以前はベトナム人患者といえば、インドシナ難民として70年代後半からやってきた人たちがすべてだったのに・・・いまはこの首都の郊外に該当するであろうところにあるクリニックにも研修生、留学生のベトナム人がやってくる。この難民として日本にやってきたベトナム人は約8000人、ところが国の近々の統計では在留ベトナム人は14万人に達している。数字は急増しているし、明らかに目に見えてベトナム人は増えている。フィリピン人女性43歳、北隣のS市の医療機関を受診していたようだが、降圧剤を内服していても血圧が150/100ぐらいで不安になり、やってきたとのこと。ちょうど内服薬を飲みきったところだったので、イルべサルタンとアムロジピンの合剤をまずは一週間処方して経過を見ることにした。カンボジア人男性44歳、ほんとに久しぶりに来院。中学生のころ、いわれなきいじめにあって心が折れてやってきたのが初めての出会いだった。その後、十二指腸潰瘍となり、内服治療で乗り切ったことが数回。今回は「いつも」と同じく空腹時に胃のあたりに痛みが来るそうで・・食事もしてきたそうなのでまずはオメプラゾールを処方した。流ちょうな英語を話す中国人男性35歳、中国にいたころから下痢、腹痛を繰り返していて、日本にやってきてからは一段とひどくなったと訴える。症状やその期間を考えると過敏性大腸だろうと推察した。下痢止めを薬局で買って内服しはじめていたので、やめてもらい、トリメブチンとビオスリーを処方し、どうしても痛い時にはとスコポラミンを処方した。食事に対しての注意も行った。たくさんの質問を抱えていて、最後まで答えるのに30分ぐらいかかった。日系ペルー人女性88歳、ショートスティしていた施設より食事を全く摂らず、36.9度の熱があると息子さんに連絡があり、息子さんが午後から連れてきた。いつもあまり話さない温和な方なのだが・・熱中症を疑って点滴の指示を出したら・・しばらくして看護師がやってきて、叩こうとしたり、激しい拒否をするとのこと、ベッドに行ってみて説得を試みたが、全く聞く耳をを持たないし・・目がいつもの目ではなく敵意に満ちている。けっきょく無理やり点滴をすることは危険だし、なにより本人の意志に反するのでできないと息子さんに話して、帰ってもらった。その後、施設の担当者に電話して確認したところ、36.9度は先週の木曜からで金曜、土曜は検温しなかったとのこと。対応に疑問が残った。
  • 2018/8/14 9:00
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フィリピン人男性63歳、高血圧で通院中、仕事の関係で千葉県に引っ越したというので、通院にはあまりにも遠いし、近くの医療機関に情報提供書を書いてあげようかと「提案」をしたのだが、一蹴された。知っているところのほうがいいのだそうだ。うれしくありかだくもあるが、通院し続けることができるか心配。隣のF市に住むペルー人の夫婦、まだ40台で若い。二人とも高血圧のほかはとりたてて大きい疾患はない。生活保護の医療券を出すための申請書類が来るたびに、仕事についての欄に力仕事を含めた通常の勤務ができると書いているのだが、一向に働いてはいない様子だ。ご主人のほうは日本語にやや難点があるが、奥様のほうはほぼパーフェクトに話す。自転車で頻回に江ノ島などの海岸に行くと楽しそうに話してくれるのだが・・・こちらは楽しくはならない。なにかがおかしい。カンボジア人女性67歳、二人の娘が付いてきた。この二人、はじめて僕が見たのはインドシナ難民大和定住促進センターの中で、たぶん3歳か4歳のころだと思う中学、高校、専門学校、就職とずっと見てきた。ふたりとも日本人男性と結婚し、妹のほうは何回か流産して、もうこどもはできないか?と思っていた矢先に妊娠した。今回も流産するかと寝られないほど心配し、安定期に入ってもうだいじょうぶと初めて僕に知らせの電話をしてきた。そして同時期に姉も妊娠、大きなおなかを抱えた二人と記念撮影。妹のほうが「せんせい、ほら、おじいちゃんになるんだよ」と僕の手をおなかに押し当てた。そう、彼女たちにとって僕は日本の父親。
  • 2018/8/13 9:00
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