AMDA国際医療情報センター
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プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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平成30年5月12日土曜

平成30年5月12日土曜

ベトナム人女性81歳、インドシナ難民として日本にやってきて30年近く、言葉がやはり不自由、日本語では難しいことは理解できない。今まで住居の近くで診てもらっていた医療機関が突然廃院になったとのことで来院。こういう人がいて近々にクリニックにやってくるということは月1回来てくれるベトナム人スタッフからきいていたので、あまりあわてなかった。やたらと薬が多く、少し整理をさせてもらった。ジェネリックが処方されていて、こちらでもジェネリックを処方すると薬の名前、シートの色、薬剤の色など異なるかもしれない。するとちがう薬が出ていると心配になる人がいるので、ベトナム人スタッフに電話で通訳してもらった。インドシナ難民といえば、数日前、インドシナ難民として日本にやってきた女性から電話があった。彼女はタイの難民キャンプで生まれて、日本にやってきた時が3歳ぐらいだと思う。近くの市立病院の外科に勤務してインドシナ難民定住促進センターの嘱託医を兼任していた僕が彼女の母親の消化器疾患を診察して以来、ずっとの「つきあい」となった。開業してからは風邪をひいたと言っては姉といっしょに母親に連れられてやってきた。中学校に進学したときも県立高校に進学したときもよく覚えているし、進路の相談をされたこともあった。医療系に進み、病院勤めを始めた時は堅実な道を選んでくれたと喜んだ。数年前に日本人男性と結婚、式の彼女の側の主賓が僕だった。結婚後、体のことで相談を受けたことがあり、僕の紹介で受診した婦人科で卵巣の内視鏡手術を受けたこともあった。妊娠はするが、初期のうちに流産となったことが何回かあることは聞かされて知っていた。彼女も、もうあかちゃんはあきらめようか?と思っていたというが・・・「先生、あかちゃんできました」と聞いたとき、僕もうれしさで感動した。もう妊娠5か月になるそうで、どうして今まで教えてくれなかったの?と訊ねると、また流産してしまったらと思い、安定期に入るまで僕への連絡を控えていたとのことだった。あの目がキラキラしていたDちゃんがお母さんになる、感無量。
  • 2018/5/12 9:00
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