AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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平成29年12月16日土曜

平成29年12月16日土曜

タイ人患者についてはタイのどこの地域出身なのかを訊ねて統計をとっている。あのころはさまざまな疾患だけでなく、さまざまな問題を抱えるタイ人が多かったため、このような情報についての統計を取り始めたしだいだ。開業してからすぐに取り始めればよかったのだが、数年後に帰国に向けてなどこういう情報が必要と思って取り始めたせいで、開業以来のタイ人患者の新患1429人のうち、統計が取れているのが933人となっている。数年で新患が500人近くいたわけで、当時、タイ人患者がいかに多かったかを物語っている。
そして昨日やってきたタイ人女性42歳、看護師がどこから来たの?と訊ねたら、バンコクと答えたと教えてくれた。そのままバンコクと受け取ると統計に正しい情報が反映されないことが多い。僕が直接、タイ語で尋ねてみたら、コンケーンと言うではないか。イサーンと呼ばれる東北タイの県だ。なるほど、イサーンねと話すとにっこり「はい」と返してくれた。看護師に話したのだが・・・もし僕らが海外に行った時に、日本のどこから来たのか?と訊ねられたら、たぶん「東京」とか「横浜」とか答えるだろう、決して大和市とは言わない。なぜかというと大和市と答えてもだれも知らない可能性が極めて高いからだ。こういうデータ、僕自身がタイ語で訊ねなければ正しい情報は得られないとつくづく思った。統計をみると僕のクリニックのタイ人患者の出身地は933人中、東北タイでもっとも大きくコンケーンの北側のウドンタニ県出身者がもっとも多くて247人、ついでバンコク83人、さらにウドンタニのさらに北側でメコン川を挟んでラオスに面しているノンカーイ出身者が75人、コンケーン出身者が61人と圧倒的に東北タイ出身者が多い。もともとがまずしい地域で海外に働きに行かねばならない事情もあったのだろうが、たぶん僕が開業前に公立病院の外科に勤務しながら、インドシナ難民大和定住促進センターでラオス人、カンボジア人難民の医療に携わっていたことが大きいのだろうと思う。もともと東北タイはラオス領で、ラオスとタイが戦争をしたときにラオスが負けて住んでいる人々ごと、タイに編入された地域だからだ。そこで話されている言葉はラオス語に極めて近い言葉で、ラオスに親戚がいる人々もたくさんいる。開業したころはまだラオスが厳しい共産国家で難民としてやってきたラオス人たちは働いても故国の家族にお金を送ることができず、東北タイに住む親せきに送金し、そのお金で不法に働きにくるタイ人が多かった。そういう事情があったのだ。そしてタイでのエイズ感染事情を反映して、僕のクリニックで見つかるエイズ患者も少なくなく、その人数は40人に迫る数だった。いつのころからかぱたっとエイズ感染者もいなくなってしまった。もう15年近くになるだろうか。
  • 2017/12/16 9:00
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