AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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平成29年10月27日金曜

平成29年10月27日金曜

昨日26日はタイの前国王ラマ9世の葬儀、夜の10時(日本時間の深夜0時)には火葬の儀が行われることになっていた。午前中にやってきたタイ人女性47歳も午後からやってきたタイ人女性63歳も喪服でやってきた。午後にやってきた女性はタイでは少数派のイスラム教徒なのだが・・・彼女の友達は朝から皆、東京のタイ大使館に行っているそうだ。彼女もこれから行くと話していた。儀式は朝から深夜まで続く。きっと彼女たちもずっと大使館の中か近くにいるのだろう。夜、県医師会の会長会があり、帰宅してからニュースを見ると、王宮前広場から中華街に至るまで、ものすごい数の喪服の人たちに埋め尽くされているとのことだった。王宮前広場からヤワラーと呼ばれる中華街まではそれなりの距離があり、あの距離を埋め尽くすとは・・・深夜になり、facebookを見たら、バンコク病院の旧知の看護師たちが喪服で会場にいるのが写っていた。写真は昼間で、ランチのごはんまで写っていたので、早い時間から「場所取り」したのだろう。70年代、タイの隣国ラオスやカンボジアに共産革命がおこり、数百万人の難民が生まれた。ベトナムでもベトナム戦争の終結、共産化でおびただしい数の人々が難民となって国外に逃れた。僕はそんな難民のうち、日本政府が合法的に受け入れた10000人を引き受け、日本語と日本の生活習慣を勉強してもらうインドシナ難民大和定住促進センターの嘱託医を兼務し、彼らを診察してきた。今でも彼らの多くの人たちが僕のクリニックを頼って来てくれる。きっと僕も時代の生き証人の一人にちがいない。苦労して日本に救われて日本に定住した彼らの歩んだ道もさらなる苦労の連続だった。タイでも当時、隣国の影響で学生、知識人の間に急進的共産主義が浸透しつつあった。ラマ9世が人々のことを考え、地方に出かけて身を粉にして国のことを考えたおかげでタイでは共産主義革命は成功しなかった。タイの人たちはもちろん共産主義を逃れてタイ領内に逃げ込んだラオス難民、カンボジア難民を見て、そのあわれさを知っていた。もし、ラマ9世がわが身の栄華だけを考えるような人物だったら、自分たちもあのようになったにちがいない。そういう思いが、王宮前広場から中華街まで埋め尽くす喪服の人々となったのだろう。
  • 2017/10/27 9:00
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