AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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平成29年7月15日土曜

平成29年7月15日土曜

フィリピン人女性いや、日本人の父親から生まれたことが証明されて日本国籍となった81歳女性、フィリピンで生まれ、長くフィリピンで暮らしてきたので日本語は話せない。大和市から電車で1時間もかかるところから通って来てくれて、もう10年近くになるだろうか。初めにやってきたときには暗い感じがしたが、最近、とても明るくなってきて、僕が水を向けると、少しずつ笑顔で話してくれるようになってきた。アメリカ人男性69歳、高血圧で通院中、彼がやってきたときにはあまり患者がいなかったので、いろいろと質問されたり、話したりしてくれた。皮膚疾患の話をしていて「ベトナム」という単語が出てきたので、質問してもいいかどうかを確認してから、ベトナム戦争に行ったのか?と尋ねた。やはり行ったそうだ。年齢が僕の一つ上だから、ともに同じ時代を過ごしたわけだ。帰国したあと、仲間の一人は自殺してしまい、一人は社会からドロップアウトしてしまったと話してくれた。ほかにもいろいろと話したが、ここには書くまい。大変な時代をすごしたわけだ。すると、彼から質問を受けた。このクリニックにベトナム人がやってくるのはなぜか?と。ああ知らないのだなあと思い、日本政府が1万人を限ってインドシナ難民を定住目的に合法的に受け入れたこと、政府が3つの受け入れ機関を国内につくり、そのひとつが大和市内にあったこと、僕が大和市立病院の外科に勤務しながら、ボランティァでその大和市内の機関・・・インドシナ難民大和定住促進センターの嘱託医を務めていたこと、ゆえにインドシナ難民とくにカンボジア人、ラオス人にとって日本で出会った最初の医師が僕である可能性が高かったこと、そういう流れでベトナム人、カンボジア人、ラオス人の患者が多いことを話した。しばらく彼は僕の目を見ていたが、いい仕事してるねと手を握ってくれた。
  • 2017/7/15 9:00
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