AMDA国際医療情報センター
ブログ カレンダー
« « 2020 1月 » »
29 30 31 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 1
プロフィール

小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

続きを読む
supporter
login

平成23年11月10日木曜

平成23年11月10日木曜

きのうは朝8時半に僕が生まれ育った夕張郡栗山町の役場の若手が新千歳のホテルまで迎えに来てくれた。7歳で東京に来たものの、夏休み、冬休みは栗山ですごすということが祖父祖母が僕を手放す条件だった。だから大学生まで僕は年に2回は東京と栗山を往復していた。新千歳から由仁町三川に出て北上、由仁本町のすこし北にあるお寺に寄って先祖の墓に手を合わせた。帰ろうとすると建物からお坊様が出てきた。どちらの方で?と尋ねられたので、逆に彼に「あなたのお姉さまですか?、○○さんは?」と尋ねた。はいとおっしゃるので、ああ彼女の弟か、いっしょに遊んだっけと思いだして伝えたが、当時2歳か3歳の彼は覚えていなかったようだ。お母様は健在とのことなのでよろしくお伝えくださいと別れた。再度車に乗って北上、石狩川一の支流、夕張川を渡ると僕の故郷、栗山だ。ここにはいい思い出、いやな思い出、たくさんあるが、景色、山や川は大好きだ。本当に北海道らしく広大なところだ。ここで僕は夏にはトンボを手でつかまえ、セミを手でつかまえ、秋には近くの御大師山でリスを追いかけ、冬は毎日スキーで動物の足跡を見つけては追いかけ、春には時間があればかっこうの声を聞きながら夕張川で魚釣りをしていた。町役場の人が誇るだけあって町立図書館はすばらしかった。ここも経費削減で指定者管理制度でNPOが運営していた。あの柔らかさがいい。ここで館長に昭和35年の栗山町の地図を見せてもらった。当時のお店がみな書きこんであって、たくさんある親戚の家もよくわかった。町役場の前で数人の親戚と幼いころ、かわいがっていた女中さんの息子、たぶん彼もいま55歳ぐらいだろう、彼が待っていてくれた。町長といろいろと話をし、いっしょに食事をし、町役場の敷地内に立っている祖父の銅像の前で写真を撮って帰って来た。母のためにと寄付をさせていただいたが、こんなにしていただいてはこちらが恥ずかしい。かえって役場の人に迷惑をかけてしまったかと心配になった。帰りも若手が新千歳まで送ってくれた。前日の10時ごろ、ホテルにチェックインしてくつろいでいたら携帯にメールが入った。55歳になった例の女中さんの息子からだった。「お帰りなさい」と書いてあった。思わずジーンと胸が熱くなった。
  • 2011/11/10 9:01
  • トラックバック (0)
  • 閲覧 (1500)

トラックバック

トラックバックpingアドレス http://amda-imic.com/modules/blog/tb.php/153