AMDA国際医療情報センター
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小林米幸: AMDA国際医療情報センター理事長

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理事長 Dr.小林米幸の独り言カテゴリのエントリ

ブラジル人の女性が生後5か月のお嬢さんを連れてやってきた。横浜市の神奈川区から日本人のご主人に運転してもらってきたらしい。この女性、ブラジルの日系人とのことだが、言葉も容姿も全くの日本人、しかし生活習慣には色濃くブラジルのものが残っているようだ。というのも生後5カ月のお嬢さんにピアスをあけたくて、いくつかの医療機関に連絡するもすべて断られ、当クリニックに数日前に電話で問い合わせが来たからだ。ピアスをあける技術はごく簡単なのだが、あかちゃんは暴れようとするし、外で泣き声を聞いてしまった母親が涙を漏らす場面にも何度も遭遇しているのであまり「やりたい」とは積極的に思わないのだが・・・・このケース、日本人のご主人はピアスをあけることに反対らしいとスタッフに聞いた。その直後に診察室に入ってきたご主人とお子さんとあかちゃん、ご主人は一番後ろに立っていて、僕と目が合うのだが、一言も発せず、顔が笑っていない。別に僕がピアスをあけると決めたわけではないのに・・・欧米人のように明らかに日本人と外見も言葉もちがえば、「いろいろ」がちがうとすぐに理解できるだろうが、外見も日本人、日本語も全く我々の日本語と同じという場合、生活習慣のちがいがあるとははじめはなかなか気がつかないのだろう。国際結婚はかのごとくむずかしいのだろうと思った。フィリピン人男性61歳、会社でけんかの末に突き飛ばされて臀部を打撲したと県内西部からやってきた。たしかに臀部が青紫になっており、受傷後3日とのことだった。けんかの原因は知る由もないが、おとなが酒も入らずにこういう怪我をするようなケンカを職場でするなんて・・・もし外国人技能実習生がもっと増えていくと・・いや外国人技能実習生に限らないが・・・こういうトラブルも増えるのだろうか? 警察への診断書を書いた。昼休みに医療通訳を研究テーマにしている国立大学の学生がインタビューに来院。実践の舞台にいるわけではないので、机上の空論的部分があるのはいたしかたないとして、質問の内容など聞いているとよく考えていると思った。
  • 2018/10/23 9:00
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20日分のブログにフィリピン人女性がフィリピンに残したこどもを日本に引き取った場合の問題の多さを書いたばかりなのに・・・フィリピン人男性18歳、隣のZ市から初めて来院。付いてきた母親40歳は診たことがある。この男性、3月に日本に来たばかりだそうで、もちろん日本語は理解できない。めまい、耳鳴り、頭痛、食欲不振など体調の悪さを訴えていてメニエール等、考えるのだが、どうも話していて気になるのは彼が積極的に話をしないことだ。今、何をしているの?と尋ねると、工場で働いていると母親が答えた。日本語をちゃんと勉強したほうがいい、ボランティアの日本語教室も地域にあるからと話したのだが、「通っていたけど、やめてしまった」そうだ。二つ年下の妹もいっしょに日本にやってきたそうで、これはもう移民と呼ぶべきだろう。フィリピン人女性が日本人と結婚して来日、少なくないのは永住許可をもらったころに離婚、もしかしたら永住許可をもらうまで離婚せずにがまんしていたのかもしれないが・・・そのがまんにもご主人の暴力などに耐えている場合と、はじめから永住許可がもらえるまでの「結婚」とわりきっている「なんちゃって結婚」とがあるようだ。いずれにしても日本語もわからず、学校にも行かず、底辺をさまよう生活が待っているのではないかと心配になる。彼の病もどうやらそういう背景があってのことではないかと思った。
  • 2018/10/22 9:00
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フィリピン人女性18歳、頻尿で来院、尿検査では白血球もあまり出ていなかったが・・・とりあえず抗生物質を5日間処方した。半年前に右の下腹部痛で来院したのだが、そんなに痛くはないが、ずっと痛みが続いていると言うので、場合によっては婦人科を受診してもらうか、CT等で腹腔内の精査をしてもらったほうがいいかもと話した。彼女の場合は両親がフィリピン人、どういう具体的な理由かは知らないが、母親が日本にやってきて日本人と結婚、フィリピンの祖父母が育てていた彼女を日本に引き取ったそうだ。こういうケースは珍しくはない。ただし、いくつかの問題はある。まず、母親が日本人と結婚するに際してフィリピンでの結婚はどうなっているのかだ。結婚相手が亡くなっている場合は全く問題がないが、フィリピンでありがちな「姿をくらませて連絡が取れない」場合などはフィリピンに結婚相手がいて、日本にも結婚相手がいる、すなわち国際的重婚となってしまうからだ。またカソリック教徒が圧倒的に多いフィリピンでは離婚が法的に認められておらず、少なくとも、「こどもがいる」ということは過去にフィリピン人のパートナーがいるということになる。というかなるはずというべきか、事実婚の「夫婦」も多いからだ。いずれにしても事情は複雑だ。つぎの問題はこどもたちが日本にいる母親に呼ばれて来日してからのことだ。高校生ぐらいでやってくると日本語がなかなか上手にならない。また進学に際しては落ちこぼれてしまうことが圧倒的に多い。小学生のうちに来ないとうまく日本社会の中で暮らしていけない気がしてならない。このお嬢さんは本人の努力もあったのだろう、中学になってから来日、日本語の発音にはまだフィリピン訛りがあるが、昨日は大学のAO入試の発表で「合格してた」と嬉しそうに話してくれた。こうして4年生の大学まで親に行かせてもらえる子はとても少ない。本人の努力だけでなく、親がしっかりしてるのだろう。
  • 2018/10/20 9:00
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ベルー人男性52歳、日系人なので顔も日本人と「同じ」、国籍も日本に変更したそうだ。日本語にもあまり訛りがなく、ついベル―出身ということを忘れそうになる。特定健診の結果を日本語で話していたら、彼の理解が乏しいことに途中で気がついた。仕事関係や日常の日本語は理解できても、医療関係の日本語は日本人以上に理解できていない。こういう、ケース、ほかの国からの人でもよくある。あまりにも日本語が上手なので、つい日本語だけで説明していくと・・肝心のところがわかっていなかったなどということだ。やはり理解できているか、いないのか、相手に確認してから次に進まないと、「落とし穴」に落ちてしまいかねない。タイ人男性59歳、高血圧の治療。前回やってきたときにタイに一時帰国すると話していたが、「せんせい、ラオス行ってきた」と教えてくれた。彼の出身地ウドンタニ県はタイでも最も大きい面積を誇り、イサーンと呼ばれる東北タイにあり、ラオス国境のノンカーイまで車で1時間、そこからメコン河を車や鉄道で渡ると、そこはもうラオスの首都ビエンチャンである。もともとイサーンはラオス領であったが、タイとラオスが戦争をしたときにラオスが負けて、領土としてタイに組み込まれたものと聞いたことがある。人々は今でもイサーン語と呼ばれるラオス語そっくりの言葉を話し、風俗や習慣もラオ族のものが色濃く残っている。彼にとっては「外国」という感じではないのだろう。フィリピン人女性47歳、疲れてめまいがして・・・ととらえどころのない症状、いつもと同じだ。夜、働いてお酒も飲んでいることが影響しているということは本人も自覚はしているのだが、それで生活費を稼いでいるので、こちらもやめろとは言えない。肝機能は念のために調べておいた。
  • 2018/10/19 9:00
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ペルー人女性49歳、受診した「ついでに」ドクトール、ちょっと聞いてもいいですか?と。いいよというと父親のことで・・と話し出した。市内の医療機関で大腸内視鏡検査を受けたところ、ポリープが二つあって、一つはがんだと言われたと。紙をとりだして見せてくれたが、それは病理の検査結果で、一個はすでにがんであると書かれていた。それなのに、怖いのと、仕事が忙しいからと放置していたらしい。病院から電話があり、まだ行く決心がつかないと話すと「叱られた」とのこと。叱られたというより、そのままではいけないときつく言われたのだろう。不審に思って電話してくれた医師に二重丸だ。そう、話したら、納得したようで、父親にきちんと話して病院に行ってもらうと言ってくれた。フィリピン人男性55歳、仲間にB型肝炎の人がいたそうで、心配だから調べてほしいと来院したのが先週、結果はHBs抗原が強陽性だった。根治療法希望のため、近くの公立病院の消化器科を紹介した。中国人女性44歳、特定健診の結果を聞きにやってきた。大きな問題はないのだが、HDLコレステロールだけが31と極めて低い。両親、祖父も祖母もみな心筋梗塞でなくなっているそうで・・運動療法を勧めた。きのうは第一回の日本医師会外国人医療対策会議。全国からやってきた委員は僕を入れて17人、活発な話し合いが行われた。すでに二回目、三回目の会議日程が決まっていて、残念なことに木曜日の午後2時からで僕の診察日にあたっているが、これは欠席できないだろう。
昨日は北海道の田舎で幼少期からいっしょにすごした弟のような存在が大病を乗り越えて、奥様といっしょにやってきたので朝、ホテルまで迎えに行った。この日は彼のためにずっと何も用事を入れてなったのだが、上記の日本医師会の会議が3週間前に入ってしまったので、途中中座させてもらって、夕方からまた会って夕食を共にし、音楽を聞きに久しぶりに六本木に行った。昔とまったく変わらない彼を見つけてうれしかった。
  • 2018/10/18 9:00
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昨日、早朝にフィリピン人から受付に電話があったらしい。話の内容は友達のフィリピン人女性がご主人に殴られて家を出てきて行き場がないとのことだった。たまたま午前中、フィリピン人のスタッフが休みで、それを伝えると「午後から連れていく」と言って電話は切れたということだった。午後になり、内視鏡を行ったり、臀部の膿瘍を切開したり、外傷を診ていてすっかりこの件は忘れていたが、4時をすぎるころ、それらしき二人連れが現れたと受付から連絡があった。診察室に入ってきたのは見たことがあるフィリピン人女性ともうひとり、初めて見るフィリピン人女性49歳だった。カルテを見ると、初めてやってきた彼女は住所が都内になっていた。夜中に日本人のご主人にあごのあたりを殴られて、明るくなるのを待って飛び出してきたので、お金も持ってきていない、いわば着の身着のままに近い状態だった。あごのあたりに熱感があるというのだが、触ってもよくわからない。とりあえず、診断書を書いたが、外観からは殴られたということはよくわからず、彼女の申告ではと断り書きを入れて注意深くしたためた。シェルターに入るための手続きは役所を通さなければならない。役所の当該課に連絡すると、すでにクリニックに来る前に一度訪ねたらしく、「そのときに応対に出た人がすでに帰ってしまい、わからない」と言う。なんで4時50分でもう帰ってしまったのか、気にはなったが、いろいろあるのだろう、文句は言うまいと心に決めた。いずれにしても今晩から行くところがないのでなんとかしてほしいと頼んだところ、すぐに来てほしいということだったのでまかせた。診断書を書くのは僕の仕事だが、その後のシェルター等の手配はもちろん僕の仕事ではない。ところが、この手の類の相談、ごくまれだが、クリニックに持ち込まれる。
  • 2018/10/16 9:05
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13日の土曜日、なぜかに日本人患者も外国人患者も少なく、「まったり」とすごした。クリニック全体で外国人患者は11人、フィリピン人4人、ベル―人3人、カンボジア、ベトナム、ブラジル、韓国人各々1人ずつ。管理栄養士が来てくれる日で、12日に検査結果で糖尿病と判明したパキスタン人男性と同じくパキスタン人のその奥様に栄養指導をしてもらった。午後1時に終わって、そのまま母校の看護医療学部の大学院の講義へ。大学院の学生のうち、二人が中国人と聞いたのでわかりやすい日本語で話すよう、心がけた。二人の日本語能力も高く、講義の内容についてもきちんと理解してもらったようだ。最後に医療界の一部や産業界の一部、そして官庁の一部にも期待感のあるメディカル・ツーリズムについて彼女たちに質問してみた。ある医療法人では県内にメディカル・ツーリズムに特化した自費診療だけの100床の病院を開設する計画があると最近知った。メディカル・ツーリズムといえば真っ先に思い浮かぶのは中国の富裕層なのだが・・彼女たちが言うには、美容整形なら韓国に行く、歯の美容と治療ならタイへ行く、体全体に関してはシンガポールへ行く、そして日本に来るのはいわゆる「有名」「高名」で名医と紹介されている教授などに手術をしてもらえるとわかったときだけ・・・これが中国人社会で今、ひろまっていることと教えてくれた。するとさきほどのメディカル・ツーリズム専門の病院など経営がやっていけるのかどうか、疑問符がついてしまうのだが、どうなんだろう。
  • 2018/10/15 9:00
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スリランカ人女性41歳、昨日より39度の熱と体の痛み、そしてつばも飲み込めないほどののどが痛いと訴えて来院。のど覗くとやや赤みがあるという程度だったが、溶連菌検査で陽性、抗生剤を処方した。フィリピン人男児12歳、一週間ほど前から左足の母指を痛がるということで来院。前日、小学校の教員より連絡があった。診ると巻き爪に感染をおこし、感染性の肉芽が爪の上にはみ出している。こういう場合は伝達麻酔下で爪を楔上に切除してあげるしか感染を終わらせる方法がない。伝達麻酔を行うときの注射もおとなが顔をしかめるほど痛いのだが・・・よくがまんした。手術そのものは数分で終わり。フィリピン人男性50歳、身のこなしからバクラとすぐにわかったが・・学校に勤務するための健康診断を受けるために遠方からやってきた。無事に終わって帰って行ったが・・・こんなことで遠方までやってくるなんてなんだか気の毒になった。ベル―人男性56歳、前日、下痢と腹痛で感染性腸炎と診断してビフィズス菌の製剤を処方、そのときに「こういうときには一般的に下痢止めと呼ばれる薬は使わない、消化を助ける薬でゆっくりと治すのでしばらく下痢は続くかもしれない」と話し、わかったと帰ったのだが・・・「まだ下痢が続いている」とやってきた。昨日はわかってもらったと思ったのだが、僕の下手なスペイン語では理解ができなかったらしい。ゆっくりと顔を見ながら説明、「ああ、そうなんだ」と言って帰っていった。パキスタン人男性42歳、脂質代謝と父親が糖尿病ということで血液検査希望でやってきたのが昨日、空腹時の採血であることを確認したが、血糖値は300を超えていて中性脂肪も300近かった。すぐに携帯で連絡、奥様ともども来ていただいた。病状を説明、食事療法の話をし、専門医を紹介することにした。チョコレートが大好きなのだそうで、やめるように説得した。
  • 2018/10/13 9:00
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11日は木曜日だったというのに、朝からひっきりなしに外国人患者がやってきた。午前中に僕のほうだけで48人の患者を診てうち12人が外国人患者、午後にさらに3人の外国人患者、計15人だったが、これは僕のほうだけ。小児科を入れると20人は軽く超えているだろう。そういえば6日の土曜も4時間の診療時間内にクリニックとして拝見した外国人は23人だった。僕が昨日拝見した15人の国籍はベル―人6人、フィリピン人5人、ブラジル人2人、ベトナム人1人、パキスタン人1人だった。ブラジル人のご夫婦、奥様のほうは片言日本語を話すが、ご主人のほうは全く話せないし、英語も通じない。さいわい、スペイン語を理解してくれるので、薬の説明等僕のつたないスペイン語でなんとか乗り切っている。きのう、マスコミでは政府がある技能を持っている外国人を対象に新たな在留資格を作り、この新たな在留資格は実質的に永住を許可するものだと報じていた。夜になって明日の母校の看護医療学部の大学院で講義する資料の最終チェックを行ったが、この1年、在留カードを所持する、すなわち住民基本台帳に掲載された外国人の数は30万人も増えているということを知った。大和市の人口が23万数千人なので、その数の多さに驚く。外国人に対する適切な医療を提供するにはどうしたらよいのか、またそのために日本の医療機関に何を支援したらいいのか、もう待ったがないだろう。17日に日本医師会の外国人医療対策委員会が開催される。その席上、僕が訴えたいのはAMDA国際医療情報センターの活用と支援だ。外国人にも外国人患者を受け入れる医療機関にとっても3つの支援がきわめて重要である。言葉の支援としての通訳、通訳以外のさまざまな疑問、相談に答えてくれる支援、そして海外に特有な疾患に対する診療支援だ。最初の二つは開設以来、AMDA国際医療情報センターが行ってきたことだ。ワンストップの相談機関として唯一、名乗りをあげることができるのが私たちだと思う。
  • 2018/10/12 9:00
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ベルー人女性38歳、障害をもつ方、風邪をひいて来院。車いすを押してきたのがベル―人と思われる若い女性。診察の後、彼女に患者とどういう関係なのか、尋ねてみたところ、「だんなさんのお父さんの妹」と答えた。日本語で「義理のお父さんの妹、だから義理のおばさんていうのだよ」と教えてあげた。もうひとり、車いすに乗って診察にやってくる外国人はブラジル人女性、たしか80歳をとうに超えていた。彼女がやってくるときは必ず息子さんか、ベル―人の息子さんのお嫁さんが車椅子を押してくる。僕の目からみると、ファミリアの結束が極めて高いようにみえる。遠い異国にいて、固いファミリアの結束があるからこそ、いろいろと乗り越えてきたからなのだろうか? 6日に診察した外国人は小児科を合わせて22人、9日は僕のほうだけで5人だった。きのうの夜は厚木医師会に招いていただいて外国人患者を受け入れるにあたっての注意事項や解決法などお話しさせていただいた。医師や医療機関の事務系スタッフに聴いていただけるのはありがたい。開業して28年と10カ月、この間、外国人医療の講演や講義をさせていただいたのは108回、そのうち、医師会に呼んでいただいたのはわずかに4回しかない。こういう話、あまり学問的な話ではなく、興味も薄いのかと思っていた。個人的な話になるが、昨晩、司会をしてくださった公的病院の院長先生と講演の前に控室で話をしていたら・・・実は高校が僕と同じとおっしゃる。といっても学年もちがうし、1学年870人もいたマンモス校なので、ほんとになにげなく「僕はワンダーフォーゲル部に入っていたけど、先生は何をなさっていましたか、クラブは?」と訊ねたら、呆然とした顔で僕の顔を見つめて「えっ、私もワンダーフォーゲル部ですが」とおっしゃる。なんと部活の後輩だった。14年も下になるとこちらも気がつかないが、山に登ったりテントで寝泊まりした仲間は家族も同然、強いきずなでむすばれている。彼には失礼かもしれないが、突然、弟がひとり、できた気がした。
  • 2018/10/11 9:00
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