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トップ  >  NO.94 「医療通訳」誰がために論を為す

私的な話から書き始めてしまって恐縮だが、私は来日してから5年目となる日系人である。日本に移住する以前、中米の小さな国である母国で、フリーラ ンスとして観光ガイドや通訳の仕事をしており、日本人の観光客が現地で受診する際に同行したことが何度かあった。それは、動物に咬まれたというハプニング だったり、旅行中に持病が悪化して急きょ手術を受けることになったり、何週間も入院することになったケースなどだった。


もし、過去 に戻って当時の自分の通訳実技を第3者の視点から見ることができるとしたら、それはあまりにも恥ずかしい姿なのではと想像しただけでぞっとする。現在の自 分の通訳スキルもまだまだ磨かねばならないもので反省することが多いが、あの頃の私の通訳は、飾られた表現をすれば「フリースタイル」だったと言えよう。 「医療通訳」という言葉を耳にしたことはなかったし、医療通訳に限らず「通訳」と言う業務に関して学んだこともなかった。通訳を行う際の注意点や倫理につ いて考えたことがなく、本能的に通訳業務をこなしているつもりだった。


私のように医療通訳のために必要とされる知識や技術、行動規 範についての認識がないまま、家族や知人やクライアントのために病院で通訳を行ったことがある人は沢山いるはずだ。そういった人々の存在は貴重なものだと 思う。身近にいる人を助けたいという気持ちは人間社会を支える基本的な要素であると信じているからだ。経験と知識が不十分であった私でさえ、日本語が話せ る人材がなかなか見つからない熱帯の小さな国で、急病となってしまった日本人のためになんらかの形で役に立てたのではないか。しかし、善意は大切だが、そ れだけでは適切な通訳ができるとは限らず、専門用語の誤訳や、個人的な感情や意見を通訳の中に加えてしまうような問題を引き起こす危険性もある。以前参加 したミニシンポジウム[i]にて、医療通訳研究会MEDINTの村松紀子氏が発言した次の言葉が脳裏に甦る。「私たちはボランティアからはじまったが、ボランティアであってもアマチュアであってはならない。」


通 訳のアマチュアであった私は、来日後、とあるきっかけでAMDA国際医療情報センターに勤務するようになり、センター内で行われる研修を通して医療通訳に ついて初めて指導を受けた。様々な組織が企画する医療通訳関連のフォーラムやシンポジウム等に出席するよう心がけ、2014年度に実施された専門医療通訳 者養成コース[ii]を受講する機会にも恵まれた。どんな職業でもそうであるように、通訳者としての勉強には終わりがなく、日々腕を磨いていくことの重要さを念頭に置きながら、身に着けてきた知識や能力をAMDA国際医療情報センターで可能な限り活かそうと自分なりに奮闘している毎日だ。


2020 年に東京オリンピックが開催されることが決定してからというもの、以前に増して、医療通訳に関する議論が様々な場で行われている。医療通訳資格認定制度を 設けるべきか否か、医療通訳の費用負担は誰が担うべきなのか、そもそも医療通訳士をどのように養成すべきか等、課題は少なくない。そういった議論を見聞き する度に考えさせられるのは、まず、こういった議論が議論だけで終わらずに、具体的な結論を提起し実行に移せるようにするには何が必要なのだろうかという 疑問である。


医療通訳を通して経済的利益を得る個人や企業が存在すれば、メディカルツーリズムの看板を掲げるために多言語スタッフ を配置する医療機関もある。来日する多くの観光客に日本の素晴らしさをアピールし、経済的発展につなげるために医療通訳の必要性を唱える声もある。それぞ れ重要だが1次的な目的ではないのではと個人的に考える。根本的に誰のための医療通訳なのか。誰に焦点を当てて医療通訳制度を整えていくべきなのか(焦点 を定めるということは焦点以外の要素を切り捨てることではない)。医療通訳に関わる全ての者(患者、医療従事者、通訳者、通訳者が所属する組織、自治体、 政府)に共通する目的とは、日本にいる全ての人が、出身地や話せる言語に関わらず、生まれながらに持ち得ている権利に基づいて、適切な医療を受けることを 可能にすることであるはずだ。これも数か月前のシンポジウム[iii]で耳にした言葉だが、「(東京オリンピックに向けてではなく、)オリンピックを超えて在日外国人に親和性のある制度が必要だ」という東京都医学総合研究所理事長の前田秀雄氏の明言が強く印象に残っている。


AMDA国際医療情報センターとして今まで行ってきた活動を続けるだけでなく、日本に居る誰もに親和性のある医療通訳制度を目標に、もっとアンテナをはりめぐらし、関連組織とのフィードバックを通して、小さな団体の一員でありながらも貢献できることを見出していきたい。




 [i][iii]第19回日本渡航医学会学術集会(2015.7.25・26)ミニシンポジウム1「言葉と文化の壁をこえる国際交流:医療通訳士が活躍できる環境をどう創るのか?」


 [ii]厚生労働省「外国人患者受入れ環境整備事業」によって作成された医療通訳育成カリキュラムに添って多文化共生センターきょうとが実施した医療通訳研修Ⅰ・Ⅱ(2014年12月13日〜2015年3月15日)

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