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トップ  >  NO.93 オープンマインド -視野をひろげる-

 当センターの通訳相談員からこんな話を聞いた。南米出身の女性が、都内の病院で上部消化管内視鏡検査、つまり胃カメラの検査を受けた後、通訳者に次のように言ったという。「以前、母国でも胃カメラの検査を受けたことがあったけれど、たいていの先生は胃カメラの画像を見ている間も、『大丈夫ですよ』などと微笑みながら時々私の方に振り向いて、安心させてくれていた。でも、今回の日本人の先生は黙ったままずっと画面に見入っていて目も合わせてくれないから、何か深刻な病状でも見つけたのではないかとびくびくして仕方がなかった。」


 なるほどと思わされた。特に医師が冷淡な態度をとったのではないだろうし、特別な対応を必要とするような心理的状態に患者が陥っていたのでもないだろう。お互い、感情表現やコミュニケーションの取り方において文化的に大きな差異があったということだ。こういったミスコミュニケーションは国籍の異なる人同士だけで起きることではない。同じ家庭で育った兄弟の間でさえ起こりうることだ。ただ、生まれ育った環境や社会が離れていれば離れているほど、それぞれが「常識」や「当たり前」としている考え方や物事の受け止め方に大きな違いが生じやすいと言えるのではないかと思う。


 上記の検査を担当した医師は、特に問題がない限り、いつも黙って画面を注意深く見つめていることが多いらしい。つまり、この医師が黙っているということは「大丈夫」ということなのだ。もしかしたら、医師がむやみに親切な言葉を連発すると逆に不安になってしまう患者もいるかも知れない。人それぞれ、受け止め方が違うということを、医師、患者、そして通訳者、つまりコミュニケーションに関わる全ての者が認識するのが大切だ。そして、ステレオタイプに基づいた思考に陥らないように気を付けることだ。「日本人は皆、いつも冷静で必要最低限の発言しかしない」なんて断言できないし、「南米の人は全て、とにかく明るくて賑やかな性格だ」とも決めつけられない。言うまでもないことだが、国や地域の間の習慣や文化の違いだけでなく、ひとりひとりの個性による違いも忘れてはならない。


 当センターで対応している相談電話で、「日本人ではない人と相談したい」と言われることもあれば、「海外出身の医師でなく、外国語が話せる日本人医師を紹介してほしい」と言われることもある。それぞれ理由があるのだろうからできる限り要望を尊重すべきだが、相談者と共通した文化的背景を持つ相談員や医療従事者が必ずしもいつもみつかるとは限らない。もう少し広い視野を持って「日本人だから~だ」「外国人だから~に決まっている」という考え方を乗り越えることができれば、選択肢や解決策が増えて便利なこともあるだろう。


 度々、テレビなどマスコミの情報の単純さに呆れてしまうことがある。理解しにくいことを避けているためなのだろうが、「世界で最も親切な国の番付」など、客観性に欠ける解釈や単純計算にしか基づいていないような、偏見に拍車をかける情報が溢れているように感じる。ただし、こんなことを書いている自分だって偏見から免れた人間ではない。そもそも、完全に中立的な世界観を持つのは不可能かも知れない。それでも、自分が「常識」と考えているものが他の人にとっては必ずしもそうではないことを認識し、人それぞれの個性や文化を尊重する姿勢を持つことに重要な意味があるのだと信じている。(センター東京K)

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