AMDA国際医療情報センターに入って、半年が過ぎようとしている。もう半年?まだ半年?ふたつの思いが入り混じる。


 個人的なことだが、前職が広告関係で、頭で考えるより前に身体を動かさなければ仕事が回っていかない世界に身を置いていた私にとって、180度違う世界に飛び込み、必死にもがいて泳いだ半年であったことは確かだ。現在の仕事においても、頭と身体を同時に動かさなければならないことは同じだと思うが、前職以上に頭と心を使うことを求められている気がする。頭の回転のスピードと同時に、思いやりをいかに持つか、ということを考えなければならない。


 私たち事務局は、相談者からの電話を受ける通訳相談員からの情報で動き始める。多くの相談では言葉の通じる医療機関を探すことを求められるが、医療保険についての質問に答えたり、特定の検査や新しい治療法の詳細を調べたり、その他にも健診、入院、出産、HIVの相談や精神問題についてなど、実に多岐にわたる。(相談記録表に記されている相談の種類は、医療関係だけで22種類もある。それぞれにおいて該当する質問がされるかどうかは別として。)


 そんな多種多様な相談の中で、私たちは常にあらゆる先入観を自覚し、それを客観視して、さまざまな国の人たちの心に寄り添う努力も怠ってはならないと思う。


  先日のアイルサンド噴火で欧州の空港が次々と閉鎖し、航空便が相次いで欠航する事態が起きたことは記憶に新しい。最初のうちは対岸の家事のような気持ちでニュースを見ていたが、欠航が数日も続くとセンターに電話がかかってくるようになった。欠航のために母国へ帰れなくなった欧州の人たちが、普段服用している薬が残り少なくなり、日本で手に入れたいということだった。そういう類の相談をしてきた人たちの全員が旅行者であり、保険も個人で入る医療保険があればいい方で、保険は何もないという人もいた。そのような人たちに、日本で処方薬をもらうには医師の診察を受けなければならないこと、母国でもらっている薬と全く同じ薬は手に入らない可能性があるということをまず告げなければならない。高血圧のために服用している薬や、中には臓器移植をしたために免疫用製剤が必要という人もいて、薬の名前も全く聞き慣れないものばかりで、そもそも日本で発売されているものか、それらの薬が医療機関で扱っているかを調べるのに一心不乱になった。更には、支払いの問題もある。欧米では、医療機関でもカード払いができるのが普通だというから、センターに電話をかけてきた相談者も、日本でも医療機関では当然カードがつかえると思っている可能性がある。私たちは、言葉、情報と同時に、文化的な齟齬にも気を配らなければならない。


 相談者が無意識に当然と思い、こちらに言及しないことを、いかに気づいて聞き出すか。通訳相談員と相談者の会話の中から、そういった先入観同士のズレがないかを読み取ろうと、今だ手探りの日々である。


 また、精神的に不安になって電話をしてくる人や、事故に遭って膝を負傷して以来思うように動かず、何件も病院を紹介してもなお専門医を紹介するよう電話してくる人、異状なしとの検査結果に満足できず、セカンドオピニオンを求めできるだけ多くの病院を紹介するよう電話してくる人もいる。私たちは、医療のプロでもカウンセリングのプロでもない。しかし望みを抱いてセンターに電話をかけてくる人の声に応えようと、必死になる。


 電話相談は、声と声だけの触れ合いだ。相談者の悩みに答えようとするとき、私たちは声だけで彼らに応える。しかし同時に、私は手を伸ばそうとしているように感じる。どこまで相談者の悩みに寄り添えるのか、それは手を伸ばしてみなければわからない。腕の長さをはるかに超えることもあろうし、伸ばして探っているうちに届くこともある。だから今日も、どこまで届くかわからないけれど、手を伸ばしていきたいと思う。(センター東京 M)