空港で新型インフルエンザの物々しい機内検疫が行われていた昨年の春からちょうど1年が過ぎようとしている。あの時の衝撃的な映像を思い起こし、空港と言う場所は実に様々な現実があると同時にそれぞれの目的に応じた思いや感情が交差しているように、今更ながら感じる。


相談電話は空港から始まった。その女性は母国で日本語を学んだ学生で、日本に研修を目的として入国したアジア圏の女性だった。日本語の学習能力を更に深める為にサービス業の現場で行われる実務研修プログラムの一員という説明だった。相談は受け入れ先機関の日本人女性から寄せられた。


入国して半年が過ぎ、地方の実習現場で研修に頑張っていたがストレスがたまったせいか精神科での治療が必要になったという。そして、実務研修先の地域の医療機関で「適応障害」という診断がくだされ、その結果、時期を早め母国へ帰国することになってしまったそうだ。相談電話を受けたその日が帰国当日であり、今まさに空港に到着し、出国手続きを始めようとしたその時だったらしい。空港で突然発作を起こし母国語で大声で叫びながら空港中を走り回り、静まる様子がないという状況だった。同行していた日本人女性のとてもあわてた様子から事態の深刻さが感じられたのはいうまでもない。これから近隣で母国語が通じる医療機関がみつかるというのはかなり可能性が低い話だ。よって母国語が通じたとしても場所が遠くなり移送するのに時間がかかることが予想できる。また、近くであれ遠くであれ直ぐに入院というのは無理な話である。精神科への入院に際しては精神保健福祉法*に定められた手続きをとらなければならない。本人の同意を得て、病院のベッドに空きがあれば任意入院が可能だが、電話の内容だけでは入院の必要な状況にあるのかどうかさえも判断できなかった。コールバックまでの時間に近くの入院施設のある精神科の病院のケースワーカーさんにアドバイスをもらい、地域の保健所に相談することにした。


保健所の担当の方からは任意入院以外にこの時点で考えられる二つの方法について説明を受けた。まずは代理の日本側の受け入れ機関の方が成年後見人として関われるようであれば、市区村長の同意を得て医療保護入院。また、暴れる・物を壊すなど自傷他害のおそれがある場合は、空港内の警察に連絡、精神保健指定2名の診察と知事の同意を得ての措置入院。そこで、母国語の通じる医療機関の入院施設がなく距離もかなり離れていることを説明すると、保健所の担当の方がその後の対応について直接空港にいる代理人と連絡を取ってくださることになった。普段から外国人の場合は言葉の問題のみならずなかなかスムーズに相談する場所や医療機関に結びつかないだけに、とても有難い申し出だった。この間、1時間弱くらいだったろうか。しかし、とても長い時間に感じられた。翌日、保健所の担当の方からは無事病院に受け入れられたと連絡を頂戴した。恐縮するとともにこの場を借りて再度お礼を申し上げたい。


期待と希望に胸を膨らませて入国した彼女が、プログラムの途中で帰国するために空港で発作を起こしたとき、どんな心境だったのだろうか?「故郷に錦を飾る」などと大袈裟なものでなくても胸を張って帰国したかったに違いない。彼女の場合は日本滞在が短い期間であったにもかかわらず、日本側の受け入れ機関が対応したことで当初から治療に結びついていたように思えるが、そうでないケースの方がむしろ多くあるのではないだろうか。


ここ数年の変化を考えても、首都圏近郊のみならず国内の様々な地域に外国人が住むようになり、センターへの相談もそれだけ多くの地域から寄せられるようになった。特に、地方に住む外国人からの電話を受けることも少しずつ増えてきた。その内容も多岐にわたるが、メンタル面での治療を受けたいという相談も多くなった。たまたま、この半年くらいの相談記録を読み返してみると、相談内容の中に精神科や心療内科を希望するケースがかなりあることが分かった。それは、入国間もない時期のホームシックやカルチャーショックのようなものから、不眠症、摂食障害、ADHD、双極性障害、パニック障害、統合失調症等である。メンタル面での相談も日々増えつつある中、カウンセリングや心療内科・精神科の医療機関等の情報提供に至る前に、本人の病状をゆっくり電話で聞く必要がある場合も少なくない。もちろん、専門家が対応できるわけではないが、母国語が通じる電話で話を聞いてもらえるだけで気持ちが軽くなるという人もいると感じる日々である。


*正式には「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」で1950年5月に施行され、入院患者の人権を尊重するために詳細な手続きが定められています。


(センター東京 O)