帰国という選択

 タイ人医療相談業務を担当し、早7年の月日が過ぎようとしている。時には「帰国」もひとつの選択肢になることがある。その多くはHIV感染者やAIDS患者であり、帰国を希望しながらも命あるうちに帰国を果たせなかった人もいる。勿論、病状や在留資格・医療費の問題等が要因ではあるが一番のウェートを占めているのは本人の「帰国への意思」である。また、タイの医療事情や保険制度が好転する中でそれまでの帰国支援と違い、希望の持てる「帰国」に繋げられる様になったようにも思う。

 今回は「死」を意識せざるを得ない病状での入院治療から帰国を果たすことが出来た男性のケースを紹介したい。この男性は、タイ東北部のある田舎町の出身。偽造パスポートで入国し、既に十数年の年月が流れていた。その間は働いては仕送りをするだけの生活を繰り返していたという。「数ヶ月前から体調がおもわしくない」と本人からの相談電話が入った。すぐに診療所に来院し、私が通訳として対応した。この時には抗生物質が効かない肺炎と思われる症状で、歩行困難なほどの状態になっていた。この数ヶ月の働けない状況と病気への不安感から本人はこの時点で既に「帰国」を考えていた。このようなケースでは、田舎に錦を飾りたいという意識をそう簡単に変えないだけに、『生きて故郷に帰りたい』と口にする彼の置かれた状況は相当なものだったと思う。その為、翌日には入管へ出頭すると同時に大使館へ連絡を入れた。しかし、この数日の間に彼の病状は更に悪化。結果的に大きな病院での治療を余儀なくされ、なんとか受け入れ先の病院に連絡を取り入院した。しかし、日々病状は悪化。高熱と頭痛・腹部リンパ節の腫れ・胸の痛み・胸水・意識の混濁・・・。あっという間に帰国が危惧されるまでになってしまった。そばで見ている私は、正直不安をぬぐえなかった。

 当初彼の病状からは結核を伴うAIDSが疑われたが、最終的に病名は*非定型抗酸菌症(簡単に述べると、結核のような症状で人から人へはうつらないとされている肺疾患)と診断された。胸椎は溶けている状態だったそうだ。しかし、治療が徐々に効果を発揮し、やがて話が出来るまでに回復していった。更に「タイへ帰国する為にはどうしたら良いか」と口にするまでになった。それまで、私は「帰国という選択」で少しでも本人を元気づけたい程度に考えていたが、本人の強い帰国への思いは「生きる希望」になっていることを強く感じた。
 そこで、
   1. 体力をつける為に病院の食事をちゃんとする
   2. 体力を回復する為に運動をする
 という提案をした。すると、体調が良い時に股関節の激しい痛みに耐えて、歩行練習に取り組むようにまでなっていった。それは病院のスタッフが驚くほどではあったが、同時に痛々しくさえ感じられた。その上、彼の場合は偽造パスポートの為に本人確認に多くの時間が必要となった。その間に本人の知人からもタイの家族への連絡を入れてもらうことにした。治療について病院側との相談では入院治療開始から1ヶ月を目安に帰国を考えていたが、結果的に2ヶ月弱の時間を要する事になった。帰国の手続きと本人の病状が合うタイミングでなければ帰国は叶えられない。スムーズに帰国にまで辿り着けるほうが難しいと頭では分かりながらも、実に歯がゆい毎日だった。本人が痛々しく努力する姿を見るにつけ胸が痛んだ。しかし、様々な面で病院の側の協力が得られたことが幸運だった。そして、彼は無事帰国の途に就くことが出来たのである。日本が梅雨入りする頃、病院から直接空港へ向かったのだった。彼は、今故郷の町で安心し、のんびりと治療の日々送っているそうだ。

 彼らのような立場の外国人が病気になってもなかなか医療機関に行かない理由はいくつか考えられる。確かに言葉や文化の違いもあるだろう。外国人として感じる「分け隔てられる心」も時には感じるのかもしれない。だからこそ、一人で悩まずに相談してもらえたらと思う。その為には「あそこへ連絡したら相談が出来る」という情報をこちらからも積極的に出していく必要性を更に強く感じている日々である。(エイズプロジェクト担当:M)