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生まれ出(いず)る絆

 やはり今日もその女性から電話が入った。このところ頻繁に「定期便」がある。
 先月、出産を二ヶ月後に控え、ビザもお金も住処もパートナーもなく、妊娠してからまだ一度も診察を受けていない、どうしたらいいかと心細さに時々涙声に曇る相談があった。日本人の元恋人は既婚者で二児があり、この女性と別れた後も新たな女性と暮らしているのだという。在留資格がなく、妊娠中の彼女は当然働くこともできず、今は友人のアパートに身を寄せている。

 相談員はたとえ同国人であっても感情に流されることなく冷静に対応しなければならない。が、あまりにも寄る辺ない相談者の様子に動揺を抑えているようだ。

 ビザ、経済的な問題、住居、出産、と問題は山積みである。しかし最優先されるべきは間近に控えたお産である。5月に出産予定というのはあくまで彼女の「自己申告」であって実際は明日にも子供が生まれてくるのかもしれなのだ。最悪の場合、救急車で担ぎ込まれる可能性もあるし、たとえ経過が順調であっても、血液型も経過も不明の産婦は医療現場にとって怖い存在である。実際の分娩では何が起こるかわからない。とりあえず、市役所に出向いて入院助産制度の適用を受けるよう勧め、また今後のために二つのシェルターを紹介した。

 翌週の電話でも状況に変化はみられなかった。それというのも、市役所に出向いたりすると在留資格のことで問題が起きる、と周囲の人々に牽制されたらしい。確かにそれは彼女にとって死活問題に等しいであろう。また、教えられたシェルターにも連絡してみたというが、どちらの施設からも入所・保護は可能だが自分で入院助産金を申請してくるよう指導されたと言いつつ、彼女はなおも市役所へ赴くことは躊躇している。しかしこれから出産を迎えるからにはまず生まれて来る赤ちゃんと彼女自身の安全を確保することが先決である。彼女の愁眉の的である在留資格と母子の安全の双方を図る方法として、相談員は赤ちゃんの父親が胎児認知をすれば、子供は日本国籍の取得が可能であり、その場合は日本人子弟の養育者として在留特別資格の対象となる可能性があることを伝えた。合わせて、同胞ならではの共感をもって、母親となる責任について説いたようだ。

 果たして、次の電話では彼女はお腹の子供の父親に連絡を取った上、胎児認知を確保したという。今まで具体的な行動を逡巡していた彼女にとっては大きな進捗である。父親であるその男性から経済的な援助を得ることは困難であるにしても、生まれて来る子供が日本国籍を獲得することができれば結果的に日本との縁を繋ぐことが可能になるかもしれない。在留特別許可の取得が実現したら今後、就労、医療、福祉の対象にもなりえる。

 入院助産制度は人道的配慮から、原則としてオーバーステイの外国人にも適用されることになっている。が、どのような理由があるにせよ在留資格のない人にとっては役所へ足を運ぶことがためらわれることには変わりない。しかし、まず赤ちゃんを安全にこの世に送り出すことは親にとって義務であり、子供にとっては権利である。今後もセンターとしては法の遵守と人権の両立に立脚して助言して行きたい。(センター東京:K)


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