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怒りを通訳すること

 困惑したようなそして少し興奮気味の若い女性から電話があった。入院中の父と病院との間に誤解が生じているので電話通訳してほしいという依頼だった。看護師への暴力で病院から注意を受けているようだが、意味がよく分からない。父がそんなことをするなんて考えられないので、ぜひ病院側に分かってもらいたいとのこと。父も暴力を振るったことを認めていないという。今病院側に替わるから、と言い憤慨した様子で受話器を相手に渡した。その後、「もしもし」と怪訝そうに男性が電話口に出てこられた。

 病院側がAMDA国際医療情報センターをご存じない場合、センターの電話通訳が外国人患者側の支援者というよりは、中立的な立場であることをまず知ってもらっている。今回の場合も、最初に病院側の担当者と話したときには、まずその点を理解してもらうように気をつけた。知らない者が突然電話を通じて「通訳です」と入って来たとき、説明が不十分であれば警戒されても仕方ないからだ。プライバシーを重視する病院という現場の方なら当然の反応だ。

 電話口の男性は被害を受けた看護師の上司だった。冷静な口調の中にも、部下への暴力を決して許さないという断固とした態度が感じられた。

 話し合いは平行線をたどった。上司からは暴力の揺るぎない証拠になる事実も挙げられた。何人もの目撃者もいた。が、女性の結論は揺るがなかった。父はその看護師に聞きたいことがあるのに看護師がどこかへ行ってしまいそうになったので追いかけただけで、父の手が看護師に当たったかも知れないが、暴力と言えるほどのものではないと主張する。

 文化の違いにより病院は父を誤解しているし、分かろうとしてくれないという。

 異国で二人きり、支え合いながら暮らす父と娘。父を信じ慕う娘を健気にも思うが、私たちの仕事はどちらの立場にも偏ることなく、ただ、忠実に双方の言葉を訳していくことだ。もし何か誤解があるのなら少しでもそれを解くことができるように言葉の壁をとることだけだ。その間、双方から意見を求められても、人間らしい情のある返事を期待されていると分かっていても、通訳中は四角四面の機械人間の様な答えをするしかない場合も多い。

 女性は最後まで父を擁護し続けた。しかし父の行動は病院に迷惑をかけたかもしれないが故意や悪意ではないことを分かってほしい、とわずかに態度の変化が見られた。病院側も、入院中のストレスもあるかもしれないから、お父さんもいつもと変わった行動をしたのではと少し柔らかに女性に声をかけてくれた。今後暴力または暴力と誤解される現象が起きないためにと病院側が挙げたアドバイスに女性は同意した。

 女性は、今まで入院中に医師や看護師がとても良くしてくれたことへの感謝の気持ちをずっと伝えたいと思っていたこと、父の細かい病状で質問したい点があることを最初よりは落ち着いた様子で話し始めた。その日退院予定だった父は、今後もこの病院に定期的に診察に来る予定だ。

 収拾がつかないと思えた会話だったが、どちらからともなく歩み寄り、なんとか物別れにはならなかった。怒りの通訳が、最後には感謝や理解の通訳に変わっていく。怒りを通訳する時、空しさもあるが、怒りを伝えてこそ解決にたどり着くこともある。この会話の応酬の流れの先には理解の海が広がっていればいい。話の流れの舵を取れない黒子の私は、怒りの声の依頼を受ける時いつもそう願う。(センター関西 O) ◆◆◆


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