病気を治すぜいたく

 病院のケースワーカーからの電話があった。今目の前に、日本語を話せない女性が来ているが、病院に来た目的から確認したいので電話通訳をたのみたい、ということだった。

 来院の目的を確認すると、慢性の病気を持っており、疲れやすくふらふらするので、その症状を抑えるための薬が欲しいということだった。そして堰を切ったように話しだした。

 彼女は仕事をしていたが、勤務先から常に解雇されるかもしれないという不安を持っていた。いつも社長の顔色をうかがい、怒られないように気を使っているという。入社時の健康診断の問診で疲れやすいと答えただけで、会社側からは帰国してゆっくり病気を治したらどうか、と解雇をほのめかされたこともあったらしい。病院に行ったのが会社に見つかって契約を切られたら、母国にいる家族や近所の人に顔向け出来ないとのこと。彼女は日本で働くために、いろいろな犠牲を払ってきていて、今の仕事を失ったらなにもかも失うことになるという悲壮感を持っていた。もう若くないし、このチャンスを逃したくない。今の会社で問題なく働いていれば正社員になれる。そうしたら将来もずっと今の会社で働こうと思っている。しかし今のままでは病気のために安心して働けないし注意力が低下しているので、会社に知られずに病気を治してしっかり働きたいのだという。

 そして医師の診察のとき再度通訳を行うと、今の症状が彼女の持病からではなく、精神的な問題や不安から来ていると診断された。仕事に体がついて行かないというストレスが大きいので、まず環境を改善することが大切とも言われた。

 そういえば、最初に本人も日本に来てから仕事やホームシックでストレスがあると言っていたし、一方来日前に行った検査では、持病については完治に近い状態だと診断されたと言っていた。しかし本人は持病が原因と信じており、ストレスが関係しているという診断には納得をしなかった。 彼女は保険証を持っておらず、会社には健康保険について訊きにくいので自費で払いたいという希望だった。自費で受診し、とにかく今出ている症状を抑える薬を出してもらうことになった。彼女は、これからもこの病院に通って薬をもらえるならとても有り難い、これで仕事が思い切りできる、と喜んで帰って行った。ケースワーカーにはお世話になったので個人的に御礼を渡したいと相談もされた。(ケースワーカーからは丁重にお断りされたが。)

 相談の多くは、病気そのものに関連したこと、病院、制度等についてである。どこの医療機関が相談者の希望に添っているか、条件に合っているか、場所等が便利か。数件の医療機関情報を提供して本人に選んでもらう。

 そうではなく、たまに今回の相談者のように自覚症状を抱えているにも関わらず、病気を治す段階にたどり着くのに大きな障害がある場合がある。彼女の場合も、会社との関係や追いつめられた状況が健康に影響することは理解しているはずであるが、今はそれ以上に大事なことがある。出来れば病気は後回しにしたい、今が仕事の正念場なので体に少し無理をさせても仕事を優先したい、という気持ちが先行して病気の治療がなかなか最優先にならないようだった。

 病気を治すことは、もちろん贅沢なことなどではないはずだ。病院に行くことを隠さなくてはならない状況で働き続けることは、彼女にとって病気を治すことよりも大切なことなのか。家族に顔向け出来ないというが、何も知らずに母国で待っている家族は彼女が体の不調を知りつつも慣れない仕事に打ち込んでいることを知ったら何と言うだろうか。もちろん何を優先するかは、本人の人生の選択である。センターの立場としては、健康が一番大事ですよ、と言うぐらいしかできない。

 今日もまた一日が終わった。彼女の一日ももう終わっただろうか。症状は悪化していないだろうか。無事正社員になって、いつか家族に日本を見せ、ゆっくり観光できする日が来るのだろうか。そうでなくても、ただ体調を壊さず心も体も健康な生活が続きますように。彼女からの便りのないのが、元気な証拠であることを願う。(センター関西 O ) ◆◆◆