医療の延長線で

 遠い過去、我が国に滞在あるいは定着した外国人の日本での死去はあくまで家族や周囲の問題であった。しかし、現在センターには在日外国人の死亡に伴う相談がときおり寄せられる。在日外国人の在留期間の長期化や定住化に伴い、「いかに日本でよりよき生活、よりよき未来を築いていくか」という課題に加えて「日本でいかに生涯を終えるか」がQOLの一部となるケースは今後ますます増えていくと思われる。

 相談員を通じて入った問い合わせは「南米出身の父親が危篤状態なのでもしもの場合に備えたい」というものであった。親族の希望としては父親の遺体を国に還したいという。そこで遺体の保全、搬送条件についての情報収集が始まった。日本での埋葬であれば死亡診断書、火葬許可書を当地の役所および領事館に提出するのみであるが遺体の国外輸送となると各航空会社も防腐処置を条件としているため日本ではまだ耳慣れない技術である「エンバーミング(防腐処置)」を施す必要があるからである。

 エンバーミングは正式には「遺体衛生保全」と訳される。古代エジプトのミイラにその端を発し、欧米では95%の死者がこの処置を受けているという。とはいえ火葬を主とする日本ではまだ決して一般的ではない。過程としては、まず遺体の消毒、洗浄ののち主に頸部動脈を切開して防腐剤(ホルムアルデヒド)を注入、同時に静脈から血液を排出する。次に腹腔から鋼管で体液、消化器官の残存物を除去、ここにも防腐剤を注入する。最後に切開部を縫合して損傷・切開箇所の修復を行う、というものである。最後の姿を保たせたいという遺族感情への配慮のほか、遺体を通じての感染症や伝染病を防ぐというメリットがある。

  後日入った情報ではこの方は間もなく子供達の見守る中臨終を迎え、予定どおりの処置を受けたのち母国に還り、かの地で盛大な葬儀をもって見送られた。現地では芸術家として多大な尊敬を受けていた彼に相応しい野辺送りであったという。確かに家族には大きな負担であったに違いないが、自国の習わしに沿って弔うことができたのは遺族にとっては満足であったと思う。

 この相談と前後して日本で幼い子を亡くしたムスリムの女性から、宗教の掟に沿って日本で埋葬したい旨相談を受けた。そこで、まずイスラム教寺院を探し、独自の墓苑が日本にあることが判ったので諸情報について伝えると相談者から丁重な感謝の言葉を受けた。日本語を解さない上日本のイスラム教共同体を知らず、不幸にして異郷で我が子を失ったこの母親の、自分の宗教に則った埋葬をしてやりたいという気持ちは切実なものであったと察する。それが叶うことが彼女にとってこれからの長い悲しみを癒していく第一歩となったことを願う。

 どこの国の人であってもその生涯の締めくくりとして故人の習俗、慣習、宗教を尊重した扱いを受けられるように配慮を受けることはその人権の一部でもある。外国人の宗教観はとりわけ日本人の感覚ではわかりにくいものだが在日外国人の間では宗教的共同体も多く、日本での生活の適応や連帯に大きな役割を果たしている。

 病院の地階には必ず霊安室が設けられる。センターとしても医療情報の延長として「最後の通過儀礼」に関する情報を提供することはかれらが日本での「よりよき生活」を完結するために大切な要素であることを実感した。(センター関西 O) ◆◆◆