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エイズプロジェクトから
今回は、エイズを発症、結婚を約束した日本人男性に置き去りにされてしまい、生きる希望も失いかけたタイ人女性のケースを紹介する。親切な日本人夫婦から当センターに連絡があり、タイ人エイズプロジェクト担当のMさんが本人と会い、話をするうちに帰国する希望が湧いてきたという。その後他の支援グループの助けを借り、7月初めに家族の待つタイへ帰国した。

 2002年6月27日、センター経由でタイ人女性の件でT県の日本人男性より電話が入った。この日本人男性Kさんが経営する会社の従業員と社員寮で同居していたタイ人女性Aさん、36才がひとりで社員寮に置き去りにされているという。彼女はHIVに感染していて、近くの病院に通院しているものの、歩くのもままならない状態だとのこと。同居していた日本人男性Cさんは6月中旬に行方不明になり、会社も解雇された。AさんはCさんが帰ってくると信じて社員寮に残っていたが、病状は思わしくなく、Kさん夫婦に世話になりながら治療していた。しかし、オーバーステイで保険もなく、今後のことを心配してKさんはセンターに相談してきた。

 私はAさんに会うために7月1日にT県に出かけた。午後1時頃社員寮に着いた。Aさんはすっかり痩せて寝ており、起きあがるとめまいがすると言って、しばらく休んだまま話を聴いた。他の症状は、胸部痛、頭痛、咳があり立ち上がれない状態。食事も殆ど食べられず、衰弱していた。彼女の話では12年前にタイ人の夫と離婚して、子供を残して来日。スナックを転々としていたが、3年前にCさん、38才と同棲し、結婚する段取りまでした。ところが、Aさんの調子が急に悪くなり、入院してしまい、その際の検査でHIV感染が分かり、結婚は中止となった。しかし、その後も同居していた。治療はしていなく、今年6月頃に、カリニ肺炎にかかった。それと同じくしてCさんは行方不明となった。

 Aさんは「彼は行方不明になってしまったし、病気も悪化して治らない。このままここで死ぬ覚悟をしている。夜になると誰もいない寂しさと切なさで自殺を考えたこともあった。Kさん夫婦に色々助けてもらって感謝しています。」と語った。私はAさんに早く帰国して治療するように勧めた。タイの病院を紹介し、福祉の援助があることを説明すると、希望が見えたらしく、帰国する決心をしてくれた。帰国手続き及びパスポート発行に必要な書類を集めタイ大使館に連絡した。実際の帰国手続きはKさんがしてくれた。問題はAさんの家族が彼女を受け入れるかどうかだった。まず、タイの兄の家族に連絡したが連絡が取れず、20才になる彼女の娘に連絡を取ったところ、娘のアパートで同居してくれる事になった。もう一つの問題は体が衰弱していたため回復するまでに時間がかかることだった。衰弱しすぎていてすぐに飛行機には乗せられないため、病院で暫く治療してから帰国させるより仕方がない。T県の病院で治療を続けるか、帰国準備を進める間都心の病院に入院するか、又はどこかの宿泊施設にお願いするなど他団体のスタッフと検討していたところ、Kさんより都内の病院に入院することになったと連絡がはいった。タイ大使館が関東にあるボランティア団体に協力を求め、そこのスタッフが入院の手配や医療費についても引き受けてくれるということだった。Kさんは最初、センターが手配してくれたと思っており、こちらでは何があったのか分からず少々困惑したが、Aさんは都内の病院に2週間ほど入院し、無事帰国することが出来た。その後、タイのチェンマイにあるシェルターで援助を受けるようだとタイ大使館から連絡があった。

 今回のケースでは、途中までしか関わることが出来ず、心残りであり、他団体と協力しながら活動することも必要だと思った。また、Aさんの場合は、何とか会うことが出来たが、もっと遠いところに住んでいるタイ人には直接会うことが出来ず、援助が難しくなると感じた。◆◆◆(プロジェクト担当:M)


タイ人エイズプロジェクトは日本、タイ両国にまたがるプロジェクトであり、ケースによってはセンターだけで解決に向けて努力していくのが困難です。幸い、現駐日タイ王国大使がこのようなプロジェクトに好意的でもあることから今後は協力を密にし、願わくばタイ国内の医療機関、厚生省ともより緊密に連絡がとれればと思います。
理事長 小林米幸
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