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AIDSプロジェクトから

 センターでは、1996年10月より、タイ語によるエイズ相談及びタイ人看護婦派遣事業をエイズ予防財団の招へい事業により開始した。1999年からは神奈川県の委託を受け「外国籍県民エイズ相談事業」を実施している。今回は、タイ人女性Aさんの来日からエイズで亡くなるまでの12年間、そして残された家族の抱える問題について99年からプロジェクト担当をしているMさんに報告してもらった。

 Aさんは20代半ばに、タイの自分の母親に5歳になる息子を託し、日本で接客業に就くために来日した。しかし、実際彼女に課せられた仕事は売春であり、パスポートを取り上げられ、外にも出られず地獄の様な3年間を送った。その後50代のBさん(後に正式に婚姻)と知り合った。Aさんは店に通ってくるこの男性が自分を好きになってくれないかと願っていたそうだ。自分を地獄から救い出してくれる救世主と思っていたのかもしれない。しばらくして男性が150万円を店に支払い彼女は自由の身となり、同棲を始めた。Bさんは会社員として、Aさんも工場で働きながら幸せに暮らしていた。Bさんには2人の連れ子がいるが、その子供達にも慕われ、近隣にも受け入れられかわいがられていた。同棲を始めてからの5年間が彼女にとって一番幸せな時期であったようだ。

 しかし、同棲を始めてから5年後、帯状疱疹にかかり、その際受けた検査でHIV感染が判明した。(この時、病院の担当医よりセンターに通訳派遣の依頼が入り、センターがAさんの存在を知ることとなった。)BさんはAさんとの正式な婚姻手続きを開始した。高額になるHIV治療のため保険に加入する必要があり、そのためには正式に婚姻し、彼女のビザを取得しなければならなかったからである。しかし、オーバーステイとなっていた彼女の手続きには時間がかかり、実際にビザを取得できるまでに3年の月日が経過していた。

 ビザを取得したことで、Aさんは10年ぶりに本国に帰国することができ、15歳になった息子との再会も果たせた。亡くなるまで3回ほど帰国し、病気を抱えながらも優しい夫と日本の子供2人と幸せに暮らしていたようだ。センターから前任者が通訳として派遣されたのは1回だけであったが、私が本プロジェクト担当になる以前から彼女の事は知っていて、プライベートで相談を受けたり、字が書けない彼女の代わりに本国への送金の手伝いなどをしたことがあった。

 しかし、Aさんは亡くなった年の2月頃から体調を崩し、外出も出来ない状態になった。薬をきちんと飲んでいたのかは今となってははっきりしないが、病院にも行かず病状を悪化させてしまったようだ。8月21日に入院したときは、髄膜炎にかかっており、脳症により意識も正常ではなくなっていた。Bさんは以前がんの手術を受けていたが、再発し10月20日に亡くなった。Aさんは夫の死も分からなかった。そして、彼女は危篤状態のまま12月14日に亡くなった。入院してから亡くなるまで、Bさんの連れ子のFさん兄弟が本当に献身的に看病してくれていた。Fさん達はAさんが自分の父親に対して本当に良くしてくれたからだと語っていた。

 私が、Aさんの体調が悪くなったのを知ったのは、8月に入院してからだった。1年ほど連絡がなかったため、変わりなく暮らしているものと思っていた。もう少し早く知っていたら、もっと力になれたかもしれない、こんな状況にならなかったかもしれないと悔やんでいる。

 知らせが来てから亡くなるまで、そして亡くなってからもFさんから様々な相談が入り、国際結婚の抱える難しさ、法律の違いや誤解にぶつかり頭を悩ませている。まず、Aさんの病状が悪くなったため、何とか亡くなる前にタイに残してきた息子さんに会わせたいと思い、Fさん兄弟の好意で入国の申請を始めたが、Aさんの意思確認ができないため、担当医に状況説明の文書をお願いし、タイ領事館にも掛け合い話を進めていたが、間に合わなかった。葬儀はFさん兄弟がきちんと執り行い、お骨にしていつでもタイに届けられるようにしている。

 二つ目として、治療費の問題。現在百万円余りの未払いがある。その前にFさんが既に数十万円の医療費を支払っているが、ここで大きな問題が発生した。AさんがBさんと正式に結婚した際、Bさんの連れ子となるFさん兄弟とAさんが養子縁組をしていなかったため、国民健康保険課にFさん兄弟が高額療養費の申請が出来ず、もし申請をしても高額療養費として戻ってくるお金はタイの息子のものになると説明を受けたのだ。また、この日本の息子達には医療費の支払い義務は生じない、請求はタイの家族に行くと国民健康保険課の人から説明を受けた。Fさん兄弟は自分たちの生活も厳しいが、未払い医療費はきちんと払いたいと思っている。しかし、その分についても同じ様に高額療養費の戻りはタイの息子に行くことになる。そして、もしタイの息子が「医療費が払えないので日本の息子に支払いを依頼する。その代わり高額療養費の戻りも請求しない」という委任状を出せば、Fさん兄弟は高額療養費の申請が可能になるというのだ。

 三つ目として遺産相続の問題。医療費のことなどを伝えるために私がタイのまだ未成年の子供の後見人(Aさんの姉たち)に電話したところ、Aさんの遺産がないか聞いてきたため、衣類などが段ボールに数箱あると伝えた。しかし、後見人達は私が間に入ってお金を貰っているのではないかと誤解し、大変不愉快な思いをした。多分、日本で暮らしていたのだからもっとお金が残っているのではないか、自分たちが貰える分もだまされて貰えなくなるのではないかと思っているのかもしれない。そのため、医療費が高額になっていること、自分たちに支払いの請求が来るかもしれないということまでは伝えられなかった。タイ領事館に相談したところ、領事館では、やはり本国人の事を思い、タイの遺族に相続出来る権利があるのであれば、法律的にきちんと請求をさせたいと話していたが、彼女の状況を説明したところ、今の所、領事館から連絡はきていない。

 Fさんは「衣類などの荷物は本国に送る予定。お骨も届けたいが、タイの家族が取りに来ると言っているため、そのままになっている。」と話していた。法律的な問題もあり、一度両者を合わせて話し合いをしてもらうのが妥当だと思い、その方向に向け努力している。医療費の事も、少しずつ手紙を書いて説明していけば、タイにいる遺族も分かってくれるのではないかと思い、手紙を書き始めている。◆◆◆(プロジェクト担当:M)
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