仲夏の晴れた朝

仲夏の晴れた朝、今日は火曜日、センターのシフトは午後1時から。朝食後のんびり洗濯しながらゆっくりお風呂に入りました。その時電話のベルが鳴りました。センターからです。都内A病院の産婦人科にお腹の大きい中国人女性が救急車で運び込まれた。今にも生まれそうな状態で既に分娩室に入ったが、日本語が全く通じず困っており、病院が通訳を探しているとのこと。ことが急なので、急いで髪が濡れたままの状態でタクシーに飛び乗り病院に向かいました。

 病院に着くと受付の方が玄関前で待っていました。そして2階の産婦人科に入ると、既に赤ちゃんは生まれていました。中国人のお母さんの横に、白い産着を着たやや小さめの色白の男の子が寝ています。事情を聞くと、彼女は一昨年12月に来日。今まで50代の日本人男性のところにいましたが、その男性は普段はやさしいが、お酒を飲むと暴力を振るい、お腹まで蹴るとのこと。今朝その男性のもとから逃げだし、道中で生まれそうになったところを通行人か誰かが救急車を呼んで、こちらに運び込まれたそうです。さらに聞くと、赤ちゃんは同居していたその日本人男性の子供ではなく、中国にいる夫との間にできた子供だと言います。来日するときには既に妊娠していたが、気付かなかったのだそうです。中国には12才を頭に4人の子供がおり、その内の1人は他人にあげたとのこと。今度の赤ちゃんもいらないので、誰かにあげますと言う。入院・出産のお金もなく、体は丈夫だから、直ぐ病院から出ていきたい、一番の心配事は警察に捕まると送還されるのではないかということだと言います。看護婦さんがあわてて、「日本は非情な国ではないから、お産したばかりのあなたは送還されません。安心して休んで下さい、通報はしないから」と彼女に言い、病院から逃げ出して、何かあったらどうしよう、と、とても心配し始めました。

 まもなくケースワーカーさんも急いでやってきました。「役所に連絡しますから、費用も心配しないで下さい」と彼女に伝えました。そして2日後に役所の方を呼んでもう一度彼女と話をする約束をしました。その時の通訳を依頼されました。しかし病院を後にしてから気が付きました。2日後は木曜日、私は木曜日は都合が悪い。すぐにケースワーカーさんに時間変更できないかと電話をかけました。しばらくして連絡が来て、役所は時間の変更ができないのだが、別の通訳が都合良く来てくれることになった。私が行かなくとも大丈夫になったとのこと。

 その後も、何となくあの親子のことがずっと頭を離れないです。時々、あのお母さんは頼る人もいないし、言葉もわからない、どうなっているのだろう?と心配になります。きっと仲間や助けてくれる人がいて大丈夫だろうと自分なりに心配する気持ちを押さえつけようとします。その後あの親子の消息を訊ねることはなかなかできません。自分の無力と情けなさを痛感しています。
(中国語通訳相談員M)


 今回は病院からの緊急の通訳依頼に、人道的な立場から、特別なケースとして、通訳相談員のMさんに個人的にやっていただけるかどうか打診しました。通常のセンターの業務では起こり得ないケースですので、センターとしてMさんが抱えこんでしまった気持ちや感情に、残念ながらきめ細かなフォローをすることができませんでした。
 今回は、通訳相談員に対する事務局のありかたについても深く考えさせられるケースだったと思います。
(事務局Y)

所長コメント
 このケースは「かわいそうなケース」と単純に呼ぶには抵抗があります。今、現在の状態が「かわいそう」であっても、なぜそうなったのかと考えていくと本人の責任があまりにも大きいからです。たとえ経済格差からこのような境遇に追い込まれたとしても、それでは故国の同じ境遇の人が皆このような道をたどるのかといえばそうではないのですから。 相談業務を行う組織というのは常に受け身になりやすいのですが、問題が発生してからでは解決できないことの方が多いのです。このケースは結局は相談者が自己の利益のためにはたとえ周囲の人に迷惑をかけてもいいというその生き方を変えてくれない限り、形を変えて続くでしょう。


(AMDA国際医療情報センター NEWSLETTER NO.31より)